労働市場政策100年目のターニングポイント―「三者構成原則」のままでよいのか?― 中村天江
1-1 他分野と異なる労働法制
労働法がどのように決められているのか、皆さんは考えたことがおありだろうか(筆者はこの仕事につくまで深く考えたことはなかった)。社会の教科書に出てきた「三権分立」を思い出すと、立法権は国会、行政権は内閣、司法権は裁判所がもっているので、法律は国会で政治家が審議して決定していることになる。
確かにその通りなのだが、こと労働分野の立法に限っては、もう1つ大きな特徴がある。それは、政労使もしくは公労使という「三者構成」での審議が原則になっているということだ。ここでいう「労」とは労働者、「使」とは使用者、「政」とは政府関係者、「公」とは学識者など公益を担う者のことである。
実際、国会に提出する法律案をつくる、厚生労働省の労働政策審議会のホームページには、次のような記述がある 。
労働現場のルールは、現場を熟知した当事者である労使が参加して決めることが重要となります。国際労働機関(ILO)の諸条約においても、雇用政策について、労使同数参加の審議会を通じて政策決定を行うべき旨が規定されるなど、数多くの分野で、公労使三者構成の原則をとるように規定されています。
そのために、労働分野の法律改正等については、労働政策審議会(公労使三者構成)において建議、法律案要綱等の諮問・答申を行っています。
1-2 「働く」の当事者
「働く」のルールは、労働者と使用者、そして公益の三者構成による審議を経て、政治家が国会で審議するのは、変化や混乱を最小限におさえながら問題を解決し、より良いルールをつくっていくには、当事者の意向や実践が必要不可欠だからだ。
日本には今、約6700万人の就業者と約600万の事業所が存在する(※1)。働き方は、産業や職業、地域や企業や職場、個人の就業形態などによって随分と違う。大企業では通用しても中小企業には難しいことも、ある労働者にとっては理想的でも他の労働者にとっては受け入れがたい環境もあるだろう。究極的には、働く人の数だけ、職場の数だけ、働き方は存在する。
しかも、「働く」は、労働者にとっては生活の糧であり、使用者にとっては事業活動の基盤である。労働者を守るために、現実離れした強い規制を使用者にかければ、企業は事業運営に支障をきたし、下手をすれば倒産し、雇用機会を提供することも、賃金を払うこともできなくなる。一方で、営利企業が利潤だけを追求していくと、情報量や交渉力の乏しい労働者は、劣悪な労働環境や労働条件に追い込まれ、最悪、命の危険にさえさらされかねない。「働く」は、このように労働者と使用者双方のニーズの均衡点でしか成立しない。
極めて多様な働き方において、より良い現実的な働き方のルールをつくっていくには、当事者である労働者や使用者が、検討過程に参加することが欠かせないのである。
1-3 「三者構成」は国際的な原則
法律の検討に労働者や使用者の代表が参加する「三者構成原則」は、国連の専門組織であるILO(International Labour Organization)の条約によっても定められている。
ILOは第一次世界大戦後に労働環境や生活水準の向上を目的に設立された組織で、現在、日本を含む187の国が加盟している。加盟国は、ILOで採択された条約を批准するかどうか決め、批准する場合は、国内法をILO条約に準拠するように整備しなければならない。
ILOの190の条約のうち、日本がこれまでに批准した条約は49である(表1)(※2) 。例えば、2019年のILO総会では、職場での暴力やハラスメントを禁じる第190号条約が採択された。しかし、業務指導をハラスメントだとみなされ、円滑に事業運営ができなくなるとの使用者側の懸念などから、日本は第190号条約を批准しない可能性があるといわれている。他にも、中核的労働基準の1つであり、加盟国の9割以上が批准している、雇用及び職業についての差別待遇に関する第111号条約も、日本は批准していない。
悪質なパワハラやセクハラの事件が、たびたび世間の耳目を集め、性別や国籍にもとづく待遇差別の根深さも周知の事実になっているにもかかわらず、日本はこれらのILO条約を批准していない。これらの条約を日本が批准していないのは、条約の趣旨に反対というよりは、趣旨の大枠には賛同していても、局所的な異論や、他の法律と整合的な法整備が困難なことによる。
逆にいえば、批准している49のILO条約に関しては、条約の趣旨の重要性が国内で広く認識され、それにのっとった運用がなされている証左といえるだろう。先の労働政策の決定における三者構成についても、ILOが1976年に第144号条約を採択し、日本も2002年に批准している。
表1 日本が批准しているILO条約
2-1 当事者は、労働者と使用者だけか?
現在、厚生労働省の労働政策審議会には、領域ごとに7つの分科会と16の部会が設置されている(図1)。
大本の労働政策審議会は、連合などの労働者代表10名、経団連などの使用者代表10名、学識者などの公益代表10名の30名で組織されている。7つの分科会のうちの6つ、労働条件分科会、安全衛生分科会、職業安定分科会、雇用環境・均等分科会、勤労者生活分科会、人材開発分科会も、労働者代表委員・使用者代表委員・公益代表委員で構成されている(※3)。
ところが、1つだけ、三者構成をとっていない分科会がある。それは、障害者雇用分科会である。障害者雇用分科会だけは、労働者代表委員・使用者代表委員・公益代表委員に加えて、障害者代表委員が入る「四者構成」となっている。
障害者雇用分科会が四者構成なのは、障害者の直面している課題や、それを解決するために必要な支援、どのような制度だったらよいのかを、健常者だけでは判断できないからだ。1952年に設置された身体障害者雇用促進中央協議会には、公労使に加えて障害者委員も入っており、障害者雇用政策の決定における四者構成の歴史は古い。
働き方の現実的なルールは、やはり、当事者不在ではつくれないのである。
図1 労働政策審議会の分科会・部会の構成
2-2 四者構成をとるべきもう1つの領域
労働政策の推進にあたってもう1つ四者構成をとるべき領域があると、筆者は考えている。それは、労働力需給制度部会や同一労働同一賃金部会などを配下にもつ、雇用安定の領域である(※4)。
職業安定分科会の配下の労働力需給制度部会や同一労働同一賃金部会では、労働者派遣事業や官民の職業紹介事業に関する法制度を審議する。「働く」は、労働者の就労ニーズと使用者の人材ニーズの均衡点で成立するため、労働のルールの決定には労働者と使用者が参加することが重要だと先に述べた。だが、派遣労働では、当事者が、派遣労働者と派遣先事業者、派遣元事業者の3つになる。職業紹介も、当事者が、労働者(求職者)と使用者に加えて、職業紹介事業者の3つである(図2)。
当事者に公益委員を加えるという構成原則に立つのであれば、労働市場の需給調整機能に関する審議には、派遣事業者や職業紹介事業者を代表する委員も入れるべきである。
図2 雇用安定領域における当事者
筆者が、雇用安定領域の審議において四者構成を提案するにいたった理由は2つある。1つは、労働者派遣制度において直感的に正しくみえる政策を推進した結果、労働者の益に資すのではなく、むしろ労働者の保護を損なうような問題が起きているからだ。
もう1つは、労働政策において、労働者と使用者とは異なる当事者が増えた場合の審議のあり方については、これまで正面から検討されていないようにみえるからだ。それは民間の職業仲介事業者の位置づけが原則禁止から積極容認に転換されて、ようやく20年たったこととも無縁ではないように思われる。
3-1 専門26業務派遣適正化プラン
三者構成のもとで推進してきた労働者派遣制度の整備において、どのような問題が起きてきたのかをまとめておこう。
2008年、リーマンショックをきっかけに製造業を中心に雇用調整が発生し、「派遣切り」や「年越し派遣村」が大きな社会問題になった。派遣労働者は、いわゆる「非正規」労働者の1割にも満たないが、派遣労働こそが非正規雇用問題の根源とみなされようになっていた(※5)。そのようななか、民主党は登録型派遣の禁止、製造業派遣の禁止、日雇い派遣の禁止…を含む、実質的に労働者派遣制度の全否定ともいえるマニフェストを掲げ、2009年、政権の座につく。
そして、民主党政権は、労働者派遣制度における「専門26業務派遣適正化プラン」を行った。当時の労働者派遣法では、専門26業務とそれ以外の自由化業務では、業務としてできることや派遣期間の上限が異なっていた。特定の業務のために受け入れている専門26業務の派遣労働者に、職場にかかってきた電話をとったり、課の活動に参加させたりといった、専門業務からはみ出す雑用をさせずに、業務を適正化するよう指導・監督に入ったのである。
ところが、職場で専門26業務の派遣労働者だけ厳密に業務の境界を線引きすることは、業務の遂行に支障をきたす。何より問題だったのは、現実味のない厳密性を求めた結果、派遣先と派遣元は法律を守ろうにもOKとNGの境界を判断できなかっただけでなく、行政指導においても担当者によって基準がバラバラになってしまったのである。
このときの様子を、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎所長は、「この年の2月に当時の長妻厚労相が突然『専門26業務派遣適正化プラン』を発表し、派遣業界に大きな影響を与えたことは周知の通りです。この時の経験が、それまでだましだましやってきた専門26業務という虚構をもはや維持できないと見極めをつけさせたきっかけになったと言えるかもしれません」と振り返っている(※6)。
専門26業務派遣適正化プランは、法律通りの働き方を追求したものであり、正しい政策にみえる。ところが、現実には、労働者の労働条件を向上させるよりも、働く現場に混乱を引き起こし、法制度の不備を露呈させた。法制度に不備があるのなら、むやみに当事者たちを巻き込むことなく、見直しに着手するのが政策推進のあるべき姿だろう。
3-2 日雇い派遣の原則禁止
労働者を守るという本来の目的を逸脱するどころか、もともと困窮している人たちをさらなる窮地に追い込むという本末転倒な結果を引き起こしたのが、2012年の派遣法改正における日雇い派遣の原則禁止である。
不安定雇用の代名詞になっている派遣に、「日雇い」がつく日雇い派遣は、不安定極まりない働き方のように感じられる。実際、日雇い派遣労働者は、他の就業形態で働く者や、他の派遣労働者よりも、収入は少なく、雇用が細切れであることが、調査でも明らかになっていた(※7)。さらに、当時、大手の派遣元事業者がデータ装備費と称し、過剰に中間マージンをとっていたことも、日雇い派遣を禁止すべきという論調に拍車をかけた。
2012年の派遣法改正により、日雇い派遣は原則禁止となり、日雇い派遣労働には生業収入や世帯収入が500万円以上ある者や、就業機会の少ない60歳以上といった例外条件に該当する場合だけしか、つくことができなくなった。
しかし、よく考えてみてほしい。そもそも日雇い派遣労働者は10万人もいなかった(※8)。日雇い派遣労働が劣悪だというなら、なぜ労働者は6000万件以上ある他の働き方に転じずに、その働き方を続けたのか。日雇い派遣労働だから働けた、日雇い派遣労働でしか働けない事情が労働者にはあったのだ(※9)。
日雇い派遣の原則禁止後、労働者から不満の声があがっていることは、日本生産技能労務協会の理事をつとめたヒューコムエンジニアリングの出井智将氏のブログからも確認できる。出井氏は2014年から「派遣 500万」というキーワードでTwitterを検索し、その結果を紹介しているのだ(※10)。
「派遣 500万」でのTwitter検索のまとめ
・やってけないというか、それくらいしないと貯金も保険の支払いもままならん。副業しようにも日雇い派遣は年収500万無いと無理だし。馬鹿なのか。
・お金がないから副業したいのに日雇派遣は年収500万以上じゃないとできないっていう
・ 年収500万以上ある人じゃないと単発の仕事出来ないって法律が出来てるらしいけど年収500万以上ある人は派遣の単発は入らんと思うんです
・ 引き続き、日雇い派遣禁止の例外条件に、副業なら自分の年収が500万以上か、世帯の年収が500万以上か、60歳以上。ニートがまず一日働いて社会復帰しようとしても、無理ということ。期間労働者を護るつもりが、困る人を増やしてる。
・振り返れば昔は休みが多い月は単発派遣で働いて穴埋めしてたけど、旧民主党が世帯年収500万未満の人の単発派遣禁止してくれたおかげで手軽に仕事探せなくなって死ぬ目にあったからなぁ。絶許。10連休やるなら世帯主が非正規の家には食糧配給ぐらいやれやって思うよ。
・今回の10連休GWだが、富裕層が海外旅行に行く反面
非正規雇用の貧困層たちは少しでも仕事が休みになって給料が減った分バイトで補填しようとする
短期の直接雇用は応募殺到しあぶれる人が続出
日雇いの派遣バイトは年収500万以上じゃないとできない
年収200万のフリーター達には地獄のような連休だ
・正規雇用を自ら望んでないのですが
政府は正規雇用で働けという状態に追い込んでる気がします
正規で働きたい人もいるからでしょうが
自分のスタイルで働きたい人もいることを知ってもらいたい
大体、単発派遣で働く条件
生業年収500万以上って何?
それだけあれば単発派遣なんかしないでしょう普通
現行の日雇い派遣の制度は、仕事や収入を必要とする労働者のニーズに反しているとのつぶやきばかりだ。馬鹿、地獄、死ぬ…といった激烈な言葉も散見される。上記は紹介されているものの一部で、しかも「派遣 500万」の紹介記事は2019年9月時点で19回目となっている。
日雇い派遣労働で発生する問題は、①日雇い労働の問題、②派遣元・派遣先事業者の問題、③派遣制度の問題の重なりで発生する。例えば、低賃金や劣悪な労働環境は、直接雇用の日雇い労働でも古くから指摘されており、派遣労働だけを禁止しても抜本的な解決にはならない(※11)。労働者を守るために悪質な派遣元・派遣先事業者を是正・排除することは必要だが、代替策を講じずに就労するための制度そのものを禁じては、労働者の就業機会を奪うことになる。
2019年、政府の規制改革推進会議は、副業容認の流れを受け日雇い派遣制度の規制を見直すことを提言した(※12)。すでに労働政策審議会の労働力需給制度部会でも、日雇い派遣制度の見直しについて議論が行われている。しかし、収入の増加を求めて副業している日雇い派遣労働者が一定数存在することは、2012年の派遣法改正の前に明らかになっていた(※13)。つまり、実態を十分に考慮しない、政策判断がなされてしまったのである。
紙幅の制約があるため詳細は割愛するが、派遣制度は、政策課題として事実にもとづき是々非々が議論されているというよりも、政争の具として広く国民受けする政治的判断に傾く傾向がある(※14)。だが、派遣労働者は雇用者の3%もおらず(※15)、国民の多くは真の当事者ではない。
真の当事者が少数派の場合、多数派の意見が表層的な認識にもとづく印象論に留まり、真の当事者の望みとは異なることが構造的に起こりえる。十分に精査せずに多数派の意見をそのまま政策に反映すると、本来の目的とは逆の結果を招きかねないことを認識しておく必要がある(※16)。
3-3 同一労働同一賃金
一見適切だと思われる政策が、派遣労働にはうまくはまらない、という事態は、2020年4月から施行される同一労働同一賃金の検討過程でも発生した。
政府の働き方改革における最重点政策として、同一労働同一賃金の法整備が行われたのはご承知の通りだ。2016年1月、安倍総理大臣が施政方針演説で「同一労働同一賃金の実現に踏み込む」と表明し、2016年3月に厚生労働省と内閣官房共管の「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」が、2016年9月には、安倍総理大臣を議長とする「働き方改革実現会議」が設置された。それらの報告をふまえ、2017年4月には労働政策審議会のもとに新たに設置された「同一労働同一賃金部会」で審議が始まり、2017年9月に労政審から厚労大臣に法律案要綱の答申がなされ、2018年6月、働き方改革関連法が国会で成立した(※17)。
連合などの労働者代表、経団連などの使用者代表、学識者らの公益委員の三者構成で審議される労政審「同一労働同一賃金部会」の前に、専門家だけを集めて論点をまとめる場が「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」であり、筆者はその委員をつとめていた。労政審に向けて検討会や研究会を設置し、方向性や論点を整理することはよくあるのである。
ただし、政府の最重点政策であった同一労働同一賃金は、検討会や実現会議が設置される前から政府には青写真があり、「同一労働同一賃金のガイドライン」を提示することが実質的に決まっていた。2016年12月に公表された「同一労働同一賃金ガイドライン案」では、派遣労働者に関して次のように記述されている。
同一労働同一賃金ガイドライン案(一部抜粋)
3.派遣労働者
派遣元事業者は、派遣先の労働者と職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情が同一である派遣労働者に対し、その派遣先の労働者と同一の賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。また、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情に一定の違いがある場合において、その相違に応じた賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。
ここでは、派遣労働者の待遇は、派遣先の労働者と揃えるよう規定されている。ところが、最終的な法律では派遣労働者に関しては、「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」の2種類から選択することになった。つまり、検討の途上で、政府原案とは異なる方式が付加されたのである。
派遣先均等・均衡方式は、直接雇用の有期社員やパート社員と正社員の同一労働同一賃金を派遣労働者にも適用するもので、直感的にわかりやすい。ジョブ型の労働市場が形成されている欧州では、派遣先との均等も規定されている(※18)。それにもかかわらず、他の方式が出てきたのは、日本の雇用慣行や労働市場は海外とは異なるからだ。
まず、日本企業では基本給以外の手当や福利厚生の種類や割合が多く、賃金制度が複雑である(※19)。加えて、ジョブ型の労働市場が形成されていないので、企業を移るごとに賃金の絶対額も賃金制度も変動する。このようななかで派遣先均等・均衡方式を推進すると、賃金の細目ごとに派遣先と派遣元のズレを確認し、待遇を設定しなければならない。確認に手間取り、派遣制度の利点である「スピード」を損なうのでは、迅速に仕事をみつけたい労働者の就労ニーズとも、機動的に人材を確保したい企業の人材ニーズとも不整合を起こす(※20)。
また、派遣労働者に関しては、派遣法制定以来の抜本改正となった2015年改正で、複雑すぎて守ることも使うことも難しい法律から当事者が理解できる法律になり、派遣労働者のキャリア形成を目指す仕組みになったばかりだ。派遣労働者のキャリア形成を支えるために、有給の教育訓練の実施やキャリアカウンセリングの導入など、派遣元事業者への責任も強化された。そのようななかで待遇の決定要因が派遣先の待遇だけになると、派遣労働者のキャリア形成の足かせになる。
さらに、内部労働市場が発達している日本においてジョブ型の労働市場を形成している派遣労働で、派遣先の内部労働市場における均等・均衡を優先することは、企業横断的なジョブ型の労働市場の仕組みを瓦解させることにもつながる。円滑に労働移動できる環境が求められているなかで、中長期的な労働市場の整備の方向性とも逆行するだろう(※21)。
そこで生み出されたのが、労働市場の平均賃金以上の待遇かつ能力や経験を待遇に反映することと、派遣元事業者内で労使協定を結ぶことを前提とする、労使協定方式である。派遣先の賃金制度ではなく、労働市場の相場をベースに、派遣労働者の待遇改善を目指すものである。現時点では、労使協定方式を採用する派遣元事業者の方が多いといわれている(※22) 。
政府の原案にはなかった方式を設けるには、関係者の多大な尽力があった。労働者・使用者の二者関係においては有効な待遇改善の方法が、派遣労働者・派遣先事業者・派遣元事業者の三者関係では、不整合を引き起こしうることを検討会で論じるだけでも非常に苦労したし、労政審以降の具体的な制度設計では、統計データや賃金表さえも十分に整備されていないなかで、運用に乗る仕組みをつくるために膨大な作業が発生したと聞いている(※23)。
もしも原案を決定する前の段階で、派遣労働の実態や派遣制度の変遷に通じた者の意見を聞いていれば、ここまで苦労しなかったはずだ。しかし実際は、「同一労働同一賃金ガイドライン案」を公表するにあたり、事務方がすりあわせに回った主要団体に派遣事業の団体は含まれていなかった。
筆者は派遣先均等・均衡方式を主張する検討会委員に、「職種別労働市場を形成している派遣に関しては、海外と同じように企業横断的な同一労働同一賃金を目指すことも考えられる。どちらがいいか、どうやって決めるのか」と尋ねたときに、「検討会で決める」と言われて驚愕したことがある (※24)。なぜなら同一労働同一賃金の方針決定において、派遣労働特有の事情は十分に検討されていなかったからだ。実態理解をつくさず、当事者の意向も確認しないまま、賃金という労働条件の根幹かつ経済活動の基盤を決めることなどできるのだろうか。
3-4 わかりやすい政策が正しいとは限らない
専門26業務派遣適正化プラン、日雇い派遣労働の原則禁止、派遣の同一労働同一賃金はいずれも、労働者の労働条件や労働環境を改善するための、一見正しく共感しやすい政策だったにもかかわらず、意図とは反対の結果を招くという点で共通している。
これは、労働者・使用者との二者関係とは異なる構造的な難しさが、派遣労働者・派遣先事業者・派遣元事業者の三者関係には存在するためである。本稿では深耕しないが、類似の構造は、労働者(求職者)・使用者・職業紹介事業者に関する法整備でも観察される(※25)。
労働者と使用者の二者関係では、案件ごとに利害のトレードオフを決めていけば、全体の均衡点をみつけられる。しかし、派遣元や職業紹介の事業者も入る三者関係で同じように労働者と使用者が均衡点を動かすと、労働者と事業者、使用者と事業者の均衡が崩れ、制度全体の機能が損なわれてしまう。三者関係では、二者関係よりも、明示的に三方良しを目指さなければならないのだ。
また、法律を決定する政治家は選挙で選ばれるため、より多くの有権者から支持される政策を好む。自身に問題意識のないテーマであれば、「少数派の課題は解決するがその他の多数派から支持されない政策」と「多数の有権者から支持されるが少数派の課題を解決しない政策」なら後者を選ぶだろう。だからこそ、国会で審議される前の段階で、当事者それぞれの意向と実態を反映した、建設的な案をつくることが重要なのだ。そのためには、当事者が何らかの形で検討過程に参加することが必要となる。
4-1 100年前は存在が否定されていた
ここまで当事者の意向や実態をふまえた政策決定が重要なことをみてきた。もう1つ、ILO条約に立ち戻って、雇用安定領域における四者構成について考えておく。
今から100年前の1919年、ILOの第1回総会で失業に関する第2号条約と第1号勧告が採択された。当時は営利を目的とした事業者による人身売買や強制労働、中間搾取などが横行していたため、第2号条約は「国の管理下にある無料の職業紹介所の設置」、第1号勧告は「民営の有料職業紹介所の禁止」を求めるものだった。つまり、100年前は、職業仲介事業は国家が独占的に行うものであり、民間事業者が行うことは禁止されていたのである(※26)。
しかし、有料職業紹介や労働者派遣などの民間の職業仲介事業が社会に浸透していくにつれ、条約を破棄する国が出てきた。そこで1997年、ILOは、民間職業仲介事業者は労働市場で重要な役割を果たすとした上で、労働者を保護するための第181号条約を採択した。
第181号条約によって、民間職業仲介事業者は、それまでの労働者にとって害を与える否定的な存在から、労働力の需給調整において重要な役割を果たす肯定的な存在に抜本的に転換されたのである。
4-2 積極活用になって20年
日本は1999年に、ILO第181号条約を批准し、労働者派遣法と職業安定法を改正した。それまで26業務に限定されていた派遣可能職種は原則自由化され、また、それまで特別の技術などを必要とする職業で例外的に認められていた職業紹介事業も原則自由化された。
その後、日本では、民間の職業仲介事業者を介して労働移動する人が増えた。入職経路の分布は、1999年は公営(安定所)21.4%、民営(広告)32.6%、縁故25.5%だったが、2017年には公営(安定所とハローワークインターネットサービス)20.2%、民営(民営職業紹介所と広告)が38.5%、縁故21.3%となっている(※27)。
職業仲介事業者の位置づけの変化は、政府の方針からも確認できる。2013年、政府の規制改革会議雇用ワーキング・グループは、「『失業なき円滑な労働移動』を実現するには、有料職業紹介事業や労働者派遣制度の在り方・位置づけの根本的な見直しを行うべきである。(中略)ハローワークと民間人材ビジネスの補完関係に留意しつつ、両者の連携・協力関係を強化するなかで、有料職業紹介事業が最大限その役割を発揮できるような規制改革を進めていくべきである」との報告をまとめている。
現在は、社会に職業仲介事業が浸透し、円滑な労働移動の実現に向けさらなる発展が期待される段階にある。しかし、労働者派遣法や職業安定法の改正は、他の労働法と同様に三者構成のもとで議論されている。使用者とも労働者とも役割が異なる民間職業仲介事業者に関して、労働者と使用者が実態を把握し、意見を代弁し、現実的かつ発展的な制度を検討するには限界がある。
職業仲介事業者の可能性を引き出すために、職業仲介事業の代表も審議に参加するように変えるべきである。
4-3 事業者と労働者との違い
労働のルールは当事者参加のもとで決めるべきであり、職業仲介事業の定着にともない、労働市場政策の検討には、労働者代表、使用者代表、公益代表に加えて、職業仲介事業者代表も含めるべきというのが筆者の主張である。
公労使の三者構成では当事者の意向や実態を十分反映できない障害者雇用分科会では、以前から四者構成になっていることからも、当事者が増えたのであれば、構成原則を見直すのは当然といえるだろう。
実は2015年の派遣法改正を審議した労働力需給制度部会では、委員としてではないものの、職業仲介事業の団体の者が陪席していた(日本人材派遣協会、日本生産技能労務協会)。だが、2018年の派遣法改正では労使と同じタイミングでは職業仲介事業は意見を確認されていない。この事実から推察されるのは、政策決定における当事者としての職業仲介事業者の位置づけは定まっておらず、審議のテーマや担当者の考えによって対応が揺れているということだ。
しかし、今や職業仲介事業は労働市場に根付き、制度設計の構造的な難しさをも明らかになっている。労働市場政策に関しては職業仲介事業も当事者として関与するように変えていく方が発展的である。
その際、同じ当事者といえども、障害者は保護される対象で、職業仲介事業者は規制される対象であるため、同列とはいえず、むしろ職業仲介事業者が不始末を起こせば排除し、規制を強化できる権限を政府側がもつべきだという意見もあるかもしれない。しかし、労働者を保護するという観点では、同じように規制される立場である使用者は協議に参加している。加えて、「悪質な職業仲介事業者が存在するから、職業仲介事業そのものを認めない」というのはILO第181号条約前のパラダイムである。第181号条約後のパラダイムは、「職業仲介事業は労働市場において重要な役割を果たす。労働者保護の観点から環境の整備をはかる」である。つまり、個別の事業者の問題と、制度全体の是非を切り分けて論じることが、今日では求められているのだ。制度全体と個別の事業者の問題をひとまとめにし続ける限り、良質な事業者をも排除し、労働者にとっての利便性や雇用機会を損ない、政策の質を引き下げてしまう。
逆に、職業仲介事業者は、使用者に含めればよいという意見もあるかもしれない。しかし、障害者が労働者と完全に同じではないのと同様に、職業仲介事業者と使用者にも異なるところがある。例えば、実際よりも恵まれた労働条件を提示して人材を募集する「求人詐欺」に対応するための、2017年の職業安定法の改正議論では、求人情報の内容責任を、労働者を雇用する使用者(求人者)がもつのか、その情報を掲載した職業紹介事業者がもつのかの切り分けが論点になった。職業仲介事業者と使用者を同列に考えると、問題の真因が曖昧になってしまうのである。
4-4 現実味のあるルールをつくる
2019年は、ILOで民間職業仲介事業が禁止されてから100年、日本で民間職業仲介事業者の位置づけを抜本的に転換してから20年の節目の年だ。
今後、個人のライフスタイルの多様化や人材マネジメントの複雑化により、労働者と使用者のニーズを結びつけることは一層難しくなっていく。実態に即した政策立案の重要性は、ますます高まっていくだろう。
現実的で建設的な「働く」のルールをつくっていくためには、とりわけ実態の把握、方向性の検討、制度の実施の3つの場面において、当事者の適切な関与が必要不可欠である。労働市場政策の審議における構成原則を、三者構成から四者構成に変えることを考えるタイミングに来ている。
中村天江
※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。
(※1)総務省統計局「労働力調査」「経済センサス」
(※2)3つの条約は批准後に廃止または撤回されている。
(※3)厚生労働省「労働政策審議会委員名簿」「労働政策審議会分科会等委員名簿」
(※4)同一労働同一賃金部会は複数の分科会にまたがる部会である。
(※5)日雇い派遣村に集まった人の内訳は、「派遣切りにあった人」20.6%、「日雇い派遣で仕事が無くなった人」16.1%、「派遣ではないが不景気の煽りで仕事がなくなった人」19.8%、「以前からの野宿の人」9.3%、「生活保護を打ち切られた人」2.5%、「無回答」2.5%、「未分類」21.5%であった。遠藤公嗣(2009)「年越し派遣村の大成功」『経営論集』56巻第3・4号
(※6)濱口桂一郎(2016)「2015年派遣法改正で残された課題 ―日雇派遣の矛盾」『WEB労政時報』
(※7)大竹文雄・奥平寛子・久米功一・鶴光太郎(2011)「派遣労働者の生活と就業 ―RIETI アンケート調査から」
(※8)2011年の日雇い派遣労働者数は64,119人(厚生労働省「労働者派遣事業報告(6月1日現在の状況)」)
(※9)中村天江(2011)「なぜ『短期派遣』のまま働いているのか?」第41回日本労務学会、中村天江(2012)「なぜ短期派遣に滞留するのか?」第42回日本労務学会
(※10)出井智将「雇用維新 派遣?請負?アウトシーシング?民法と事業法の狭間でもがく社長の愚痴ログ」https://ameblo.jp/monozukuri-service/entry-12451350036.html から抜粋。
(※11) 濱口桂一郎(2016)「2015年派遣法改正で残された課題 ―日雇派遣の矛盾」『WEB労政時報』
(※12)規制改革推進会議(2019)「規制改革推進に関する第5次答申 ~平成から令和へ~多様化が切り拓く未来~」
(※13)厚生労働省(2007)「日雇い派遣労働者の実態に関する調査及び住居喪失不安定就労者の実態に関する調査の概要」では調査対象の25.5%が、リクルートワークス研究所(2011)「第2回日雇い・短期派遣労働者の就業実態調査」では日雇い・短期派遣で働く者の約4割が副業であった。
(※14)2016年時点で、雇用者に占める「非正規」労働者は37%、派遣労働者は2.4%だったが、国会で「非正規労働」が言及された回数は777件、「派遣労働」が言及された回数は900件である(国会会議録検索システム第147回<2000年>通常国会~192回国会<2016年12月17日>)。派遣制度は非常に政治的なイシューになっている。
(※15)派遣労働者が雇用者に占める割合は2.3%(厚生労働省<2018>「労働力調査」)。
(※16)中村天江(2010)「登録型派遣労働者の再就業に関する実証分析 ―派遣会社の介在価値はどこにあるのか?―」『Works Review』vol.5
(※17)水町勇一郎(2018)『「同一労働同一賃金」のすべて』有斐閣
(※18)濱口桂一郎(2017)『EUの労働法政策』労働政策研究・研修機構
(※19)笹島芳雄(2008)『最新 アメリカの賃金・評価制度: 日米比較から学ぶもの』日本経団連事業サービス
(※20)厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」の平成6年調査と平成26年調査を比較すると、人材確保の機動性に関する項目の値が増加している。
(※21)中村天江(2016)「専門的見地からの意見」『同一労働同一賃金の実現に向けた検討会 中間報告参考資料』
(※22)「派遣先事業者は派遣先の正社員との均等・均衡待遇を求める『派遣先均等・均衡方式』か、派遣元の『労使協定方式』のいずれかの仕組みを選択する必要がある。しかし現実には『派遣先均等・均衡方式』を嫌がる派遣先企業が多いという」と、溝上憲文(2019)「『局長通達』で非正規社員の退職金支給が加速する!?」『WEB労政時報』は述べる。
(※23)厚生労働省(2019)「同一労働同一賃金の実現に向けた導入促進事業」等、https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077386_00001.html
(※24)当時はまだ派遣先均等・均衡方式と労使協定方式という名称はなかった。
(※25)ただし、雇用契約の成立を支援するだけの職業紹介事業よりも、雇用責任ももつ派遣事業の方が、複雑で込み入った議論になりやすい。
(※26)日本がILO第2号条約を批准したのは1922年。その後ILOでは、1933年には有料職業紹介所の原則廃止を定めた第34号条約、1949年には有料職業紹介所の原則禁止または規制措置を定めた第96号条約が採択された。
(※27)厚生労働省(2017)「雇用動向調査」