スポーツとビジネスを語ろう

優勝を目指しつつ、長期的視点で選手たちの成長をサポートする

マイナビフットボールクラブ 代表取締役社長 粟井俊介氏

2021年12月10日

ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる本連載。今回は、2021 年に開幕した日本女子プロサッカーリーグ(WE リーグ)に所属するマイナビ仙台レディースを、その運営会社であるマイナビフットボールクラブの代表取締役社長として引っ張る粟井俊介氏にインタビュー。「長期的な見地で人を育てる」という経営方針のもと、「選手の成長」をコンテンツとして発信し、観客や若手選手に魅力を伝えようとしている。
聞き手=佐藤邦彦(本誌編集長)


―まずは、マイナビ仙台レディースについて教えてください。

当クラブはもともと、Jリーグに加盟しているベガルタ仙台が運営する女子サッカーチームのベガルタ仙台レディースでしたが、2020年にマイナビに経営権が譲渡され、マイナビ仙台レディースと名を変え再出発しました。そして、新たに誕生した日本女子プロサッカーリーグ(以下「WEリーグ」)への加盟が認められ、初年度である2021年シーズンから参戦しています。

―ベガルタ仙台からマイナビに経営権が移った際には、どのような経緯があったのでしょうか。

マイナビは昔から、スポンサーとして多くのスポーツを支えてきました。ベガルタ仙台レディースについても、2014年からスポンサーを務めていたのです。しかし、スポンサーにできることは金銭的な支援などに限られ、チームやリーグに深く関わって改革を進めたり競技そのものを発展させたりするのは難しく、もどかしさを感じていました。そうしたときにベガルタ仙台から経営権譲渡の話が持ち込まれ、これはマイナビが主体性を発揮して女子サッカー界を盛り上げる好機と判断し、参入を決断したわけです。

―経営権獲得と同時に、粟井さんが代表に就任したのですね。

そうです。当時の私はマイナビの社長室に所属し、スポーツ関連の広告・宣伝業務に携わっていました。そして、ベガルタ仙台レディースに関する取材などに対応するうち、私の名前と取材コメントがセットとなってさまざまな媒体で広まっていったのです。また質問に答えるうち、私のなかでもクラブの運営方針や未来像が徐々に具現化されていきました。そこでマイナビフットボールクラブの代表を決める際、社内で自然と「この件に関しては粟井が適任だ」ということになったのです。

―粟井さんはサッカーや仙台に関わりがあったのですか。

サッカーについては、時おり日本代表戦を見るくらいの関心度でしたし、仙台との関わりもありませんでした。そんな私が仙台を本拠地とする女子サッカークラブの代表を務めることになり、最初は戸惑いましたね。そこで、多くの方に話を聞いて女子サッカーの魅力とは何かを自分なりにつかもうとしました。たとえば、WEリーグチェア(代表理事)で日本サッカー協会の副会長も務める岡島喜久子さんから「サッカーでは各選手に役割があり、全員がつながることではじめて点が取れたり守れたりする」というお話を伺ったときには、サッカーとビジネスの共通点に気づかされ、心に残りました。

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育成ブランドの確立でチーム力と経営力を強化

―マイナビは、女子サッカークラブの運営を通じて何を実現しようとしているのでしょうか。

目指すのは、当クラブが女子サッカーをメジャースポーツに押し上げる原動力となることです。そのためには、3つの目標の実現を目指しています。1つ目は、WEリーグで優勝してクラブの知名度や魅力を高めること。2つ目は、日本女子代表選手を輩出し、女子サッカーの復権に寄与すること。そして3つ目が、事業がしっかりと回り続けるように経営基盤を固めることです。

―そうした目標をかなえるためには何が必要なのでしょうか。

私は、「育成ブランドの確立」だと考えています。女子サッカーの世界には横のつながりがあり、異なるクラブに所属する選手同士がよく情報交換をしているのです。選手たちの間で当クラブなら成長できるという認識が広まれば、優秀な選手を集めやすくなりますし、当クラブの下部組織にも有望な中学生・高校生が入ってくるはずです。それが長期的なチームの強化につながるのです。

―マイナビは人材の採用や教育を事業領域としていますが、マイナビ仙台レディースもその知見を生かし、人材育成をしているのですね。

その通りです。私たちの基本コンセプトは、「『日本でいちばん、“ ひと”が育つクラブ』へ」ですが、これは人々に成長のきっかけを与えるというマイナビの企業理念にも合致しています。

―育成ブランドの確立がチーム強化に役立つことはわかりましたが、ほかにメリットはありますか。

クラブの経営基盤強化にも効果があるはずです。当クラブは公式YouTubeチャンネルなどを通じて練習や試合に臨む選手たちの姿を紹介することで、選手たちがプレー面で上達したり、プロとして精神的に強くなったりする成長過程を伝えようとしています。そうすることで、選手やクラブに興味を持つ人を増やしたいのです。
プロスポーツクラブの収入源は、入場料やグッズ販売などサポーターから得られる収入、スポンサー料、テレビ放映権料の3つに大別されますが、日本では、プロ野球やJリーグなど人気があり経営基盤のしっかりしたクラブほど、サポーターからの収入の比率が高くなっています。そこで、選手の成長過程というコンテンツを充実させ、選手などに興味を持つ人をスタジアムに呼び込むことで、入場料収入の増加、財務健全化の実現を目指しています。

―実績ある選手を獲得するのではなく、時間をかけて選手を育成し、その過程を伝えることで、選手やクラブを愛する人を増やす狙いなのですね。そうして生まれたサポーターは、短期的な勝ち負けに左右されず、長く応援してくれそうです。

アスリートが魅力的に映るのは、壁と向き合い、必死に乗り越えようとする姿に感動を覚えるからだと思うのです。ですから、勝利の歓喜や感動の涙だけでなく、その裏側にある苦悩や努力も生々しく伝えていきたいと模索しているところです。

w169_sports_02.jpgマイナビ仙台レディースはWEリーグのクラブとしては珍しく、トップチーム所属の全26選手とプロ契約を締結。選手にプロとしての自覚を促し、同時に、サッカーに集中させることが狙いだ。
Photo=マイナビ仙台提供

長期的見地で選手たちと向き合い成長を促す

―人材育成は、長期的なスパンで考えるべき課題です。しかし現実として、単年契約を結んでいる選手は多いでしょうし、チームには毎年成果を出すことが求められます。そこにギャップは感じませんか。

確かにそうした側面はあります。現在、当クラブには26人の選手が所属していますが、来年もまったく同じ陣容にはならないでしょう。ただ、移籍や引退でクラブを離れた選手にも、ここで学んだことを財産にし、次の段階に進んでほしいです。
引退選手のセカンドキャリアとしては、指導者、クラブスタッフ、一般企業への就職や起業などの道がありますが、当クラブではどんな希望に対してもきちんとサポートしたいと思います。全選手に、サッカー指導者の基礎的資格であるC級コーチのライセンスを取るよう指導していますし、2020年に引退した選手のうち数名を、下部組織のコーチとして採用しました。こういった部分には、人を育てるという当クラブらしさが出ていると思います。

―粟井さんご自身が選手に直接アドバイスする機会はあるのですか。

はい。私はマイナビに在籍していた時代、人材育成に関わっていましたし、階層別研修の講師を務めたこともありました。そうした経験を生かし、選手に対して学び続けることが人としての成長につながることを伝えています。また、組織開発と言うと大げさですが、一人ひとりの成長を加速させる関わりを積み重ねることで、強いチームの基盤を作ろうとしています。

クラブを強くすることで女子サッカー界に貢献を

―ビジネス界とスポーツ界で大きく異なることはありましたか。

最も戸惑ったのは、年間予算を立てる際に、選手の年俸などクラブ運営に必要な支出から先に決まることでした。まずは出ていく金額が決まり、それを補うために収入計画を立てるやり方は、普通のビジネスとは順番が逆で違和感がありましたし、経営者としては怖さも感じました。
ただ、サッカー界の慣習に対して違和感を覚えられるのは、異業界からやってきたからこその長所だと感じています。サッカー界で長く働いてきた人にとってはごく当たり前のことも、「このやり方って本当に正しいのだろうか?」と自問自答することで新たな施策に導けるのです。

―やはり、苦労はあるのですね。

もちろん、一般のビジネスでは経験しない苦労はあります。私は実名と顔をさらけ出していますから、チームの成績が悪くなったらサポーターからお叱りを受ける可能性もあります。ただ、それも含めて、めったにできない経験をさせてもらっていることに楽しさを感じています。

―日本女子代表は、東京オリンピックで残念な結果に終わりました。こうしたなか、粟井さんは女子サッカー界にどう貢献したいですか。

なでしこジャパンがワールドカップで優勝したのは2011年でした。あれからヨーロッパの代表チームが強くなったのに対し、日本女子代表は苦戦が続いています。でも、マイナビ仙台レディースをはじめとするWEリーグが盛り上がり、そのなかで選手たちが実力を磨けば、もう一度世界で戦えるようになると思うのです。私もクラブを強化することで、その一翼を担いたいと考えています。

―いいですね。私もWEリーグや日本女子代表の動きに注目していきたいと思います。

w169_sports_03.jpg下部組織が良い選手を輩出することはチーム強化に大いに役立つ。そこでマイナビ仙台レディースでは、チームスタッフの増員などでユース(高校生世代)やジュニアユース(中学生世代)の育成体制整備に取り組んでいる。
Photo=マイナビ仙台提供

Text=白谷輝英 Photo=平山 諭

After Interview

本連載は、もともと競技経験者であるなど、スポーツとのつながりや思い入れがある人のビジネス界からの転身を取り上げてきた。しかし、今回の粟井氏とサッカーとのつながりはほぼなかった。そんな粟井氏をサッカークラブの代表に抜擢した理由はどこにあるのか。取材で見えてきたキーワードは理念だ。人のキャリアや育成に関わる事業を多く運営し、人々に成長のきっかけを与えるというマイナビの企業理念を、クラブ運営にインストールする挑戦といえそうだ。チーム作りには完成された人材を集める方法と、たとえその時点では能力が足りなくても時間をかけて育成する方法があるが、SNSなどを利用した情報発信でファンとの距離を身近にすることが主流になるなか、選手の努力や成長をコンテンツ化する取り組みは、企業理念を体現したマイナビ生え抜きの粟井氏ならではの戦略だ。近い将来、サッカー界の人材輩出チームと評価されることが、勝利の先にある粟井氏の真のゴールかもしれない。

粟井俊介氏
マイナビフットボールクラブ 代表取締役社長

Awai Shunsuke 大学卒業後の2003年、毎日コミュニケーションズ(現・マイナビ)に入社。主に新卒採用に関わる業務を担当し、2017年に就職情報事業本部総合企画営業統括本部長に就任。2020年に社長室室長補佐に転じ、同年12月、ベガルタスポーツクラブ(現・マイナビフットボールクラブ)の代表取締役社長に就任した。