スポーツとビジネスを語ろう
お客さまからお金をいただくため「対価に見合った価値」の提供にこだわる
V・ファーレン長崎 代表取締役社長 長崎ヴェルカ 代表取締役社長 岩下英樹氏
ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる本連載。今回話を聞いたのは、J リーグ所属のプロサッカークラブV・ファーレン長崎とB リーグ所属のプロバスケットボールクラブ長崎ヴェルカで代表取締役社長を務める岩下英樹氏だ。両クラブの経営に加え、両クラブのグッズやスクール、チアの企画・運営会社の代表を務める岩下氏の根底には、ジャパネットグループで学んだ「顧客への価値提供に徹底してこだわる」という姿勢があった。
聞き手=佐藤邦彦(本誌編集長)
―岩下さんは現在、プロサッカークラブV・ファーレン長崎(以下V・ファーレン)とプロバスケットボールクラブ長崎ヴェルカ(以下ヴェルカ)の両クラブで代表取締役社長を務めていらっしゃるのですね。
はい。加えて、両クラブのグッズやスクール、チアの企画・運営会社の代表も務めています。
―ジャパネットたかた入社以降のご経歴を教えてください。
入社当時はクリエイターとしてウェブサイト制作に携わり、2013年からはウェブマーケティングの仕事を担当しました。続いて、放送媒体や紙媒体も含めたマーケティングを担う部署で部長職を担当。その後、グループ内で立ち上がり、当時は苦戦していた設置事業の立て直しを任され、なんとかやり遂げました。そして2020年、ジャパネットグループが取り組んでいる長崎の地域創生プロジェクトに加わり、さらに、ヴェルカとV・ファーレンの代表に就任した、という流れです。
―設置事業を立て直すため、どんな手を打ったのですか。
いくつかありますが、効果が大きかったのは接客の質の向上です。その事業は、ジャパネットたかたが販売した家電製品の設置などを手がけていました。作業は各地の職人さんにお願いするのですが、当時の職人さんは当社の社名が入った制服を着たがらないし、玄関先で靴下をはき替えることも面倒くさく感じていたようでした。しかし、ジャパネットグループにとって商品設置は重要な顧客接点です。そこで、各地の代理店に粘り強く働きかけたり、技術レベルを競う全国大会を開いて職人さんたちのモチベーションアップを図ったりして、ジャパネット流の接客が広まるように努めました。売り上げが伸びたのは、それらが功を奏したのだと思います。
サッカーとバスケを兼務することで合理化の効果が
―V・ファーレンとヴェルカのそれぞれで、岩下さんはどんな役割を果たしていますか。
V・ファーレンでは竹村栄哉テクニカルダイレクターや松田浩監督、ヴェルカでは伊藤拓摩ゼネラルマネージャーといったプロにある程度チーム運営を任せ、私はできるだけ経営に専念するようにしています。
―V・ファーレンとヴェルカ、そして、長崎駅徒歩10分の場所にサッカースタジアムやバスケットボールなどに使えるアリーナ、オフィスなどの複合施設などを作る計画の「長崎スタジアムシティプロジェクト」は、ジャパネットグループのなかでどのよ
うに位置づけられているのでしょうか。
組織を束ねているのは、グループ全体の戦略づくりやグループ会社のバックオフィス業務を手がけるジャパネットホールディングスです。そのなかに「スポーツカンパニー」と「地域創生カンパニー」があり、V・ファーレンとヴェルカはスポーツカンパニー、スタジアムシティプロジェクトを進めるリージョナルクリエーション長崎は地域創生カンパニーに属しています。
―3つの仕事を兼任するのは、大変ではありませんか。
それほどとは感じていません。これらは別々の仕事ではなく、地域創生というひとくくりの仕事だと思っていますので。ただ、仕事のなかで求められるアウトプットはそれぞれ異なる部分があります。
私はこの世界に入ってから、サッカーとバスケットボールでは違う部分がたくさんあると学びました。たとえば、サッカーは1点の重みが大きく試合から目が離せないため、集客イベントなどをキックオフ前に済ませて試合中はピッチに集中できるようにします。一方、バスケットボールは試合全体を流れとして楽しむので、チアリーディングなどを充実させて試合を楽しく演出することが大切です。このように、観客を楽しませること1つをとっても最終的なアウトプットの形は異なります。ただ、その土台となるクラブ運営については共通点が多いですね。
―岩下さんがサッカークラブとバスケットボールクラブを兼務していることで、どのような利点が生じているのでしょうか。
そうですね、クラブ運営の面では大きな利点があります。V・ファーレンとヴェルカでは定期的に「いいとこ取り相談会」を開き、スポンサー営業やグッズ戦略、現場設営など幅広い分野で互いのよいやり方を共有しています。そうした取り組みの結果、業務効率はかなり高まったと思います。
―成功事例やノウハウの共有で合理化を進める手法には、ビジネス界での経験が役立っていますね。
そう思います。スポーツ界で働く人のなかには、強いチームを作りたい、地域に愛されるクラブにしたいといった「理想のクラブ像」を抱く人がたくさんいます。もちろん、それらは素晴らしい理想なのですが、一足飛びに実現はできません。まずは地道に業務改善を重ね、クラブ経営の土台を固めることが大切です。その際、ビジネス界での経験は、とても役立つと感じています。
提供できる価値と対価のバランス考え商品を設計
―ビジネス界からスポーツ界に入って驚いたことはありますか。
驚きというか、違和感を覚えたことは何度もあります。特に感じたのは、顧客満足度に対する意識をもっと高められるのではという点です。
クラブはスポンサー企業に対し、どのような価値を提供するのか明らかにしないままで「とにかくお金を出してください」と頼んでしまいがちです。でも私は、そうしたやり方は避けなければと考えています。
―どういうことでしょうか。
私はジャパネットたかたで、商品を仕入れる仕事に携わった経験があります。このとき、お金を出す側として、「納得できる条件が提示されない限り契約は結べない」と常に感じていました。スポーツ界では、勝つこと、いい試合をすることだけが価値であるととらえる人が少なくありませんが、スポンサー企業の立場でいえば、それでは価値として不十分です。私たちのクラブをサポートしてもらうには、スポンサー料に見合った価値とは何か、それをどうやって提供するかという課題にしっかり向き合わなければなりません。
―するとスポンサー料を設定するときは、提供できる価値と対価のバランスを考え抜いたのですね。
その通りです。ヴェルカの立ち上げ時には、「B3 所属チームだからこのくらいの値段でいいだろう」といった安易な値付けはしませんでした。将来B1リーグに昇格できたらこれくらいの観客がアリーナに訪れ、これくらいの露出効果が得られる。だからB1昇格後のスポンサー料は1年あたりいくらと決めたのです。そしてB2所属時はその8割、B3所属時は5割と格差をつけ、各企業と複数年契約を結ぶ仕組みにしました。
―なるほど。「先のことはわからないけれど、とにかく今年だけでもお願いします」ではなく、将来を見据えて商品設計を行ったのですね。
この仕組みだと、契約後もスポンサー企業の満足度を定期的に測定する必要があります。その分大変ですが、顧客満足度については常に意識していきたいと思っています。
「負けたがまた来たい」と感じさせるのが経営の役割
―来場客については、どのような取り組みをしていますか。
お客さまに対しても、顧客満足度を意識した取り組みをしています。チケット代や会場での飲食代に見合った楽しみを与えられなければ、お客さまは二度と会場に足を運んでくれません。ですから試合会場に行くと、お客さまの困りごとが気になりますし、試合以外にも楽しませる余地がないか常に考えます。
―顧客満足度に強いこだわりを持っている背景には、ジャパネットたかたでの経験があるのでしょうか。
そう思います。入社直後の研修では、コールセンターでお客さまと直接触れあい、お話をきちんと聞くことの大切さを学びました。また、設置事業では単に商品を販売するだけでなく、設置、そしてアフターフォローまでセットで提供することでお客さまに喜んでいただけることを知りました。お客さまのお話をきちんと聞き、喜んでいただくために最善を尽くすという感覚は、ジャパネットたかたでの仕事を通じて磨いてきたのだと思います。
―岩下さんは今後も、顧客満足度にこだわって仕事をされますか。
はい。勝負の世界ですから、時には負けることもあります。今後、クラブがトップカテゴリーに昇格すれば、さらに負けることも増えるでしょう。ただ、そんなときでもお客さまに満足していただけるよう工夫することが、経営側の役割だと思うのです。スタジアムやアリーナにアミューズメントパーク的な楽しさを増やし、来るだけで満足できるような取り組みを進める。そして、負けても楽しいし、勝ったらさらに楽しい、という状況にしたいですね。
―その意味で、スタジアムシティの完成は、顧客満足度の向上に大いに役立ちそうですね。
そう期待しています。JR長崎駅という長崎の中心部からほど近いエリアでサッカーやバスケットボールを気軽に観戦できるスタジアムシティは、私たちが顧客満足度を高めるうえで切り札のような存在になっています。さらに、ここで飲食や買い物もできるようになれば、長崎も大いに盛り上がるのではないでしょうか。
Text=白谷輝英 Photo=平山 諭
After Interview
岩下氏のプロフィールを確認して、大変な役割を3つも兼任していることに驚いた。その基盤は、長崎を盛り上げるための再開発計画「長崎スタジアムシティ」で、そこに集まるお客さまに楽しんでいただくための主要コンテンツが、サッカーとバスケットボールというわけだ。岩下氏が力を入れているのは、ジャパネットたかたで培ったお客さま目線を軸にスタジアムで提供するサービスの価値を向上させること。そのために必要なサッカーやバスケットボールの現場マネジメントは、その道のプロフェッショナルを招聘して権限委譲している。
ファンは当然、チームの勝敗に一喜一憂するが、岩下氏は、たとえ負けた日があったとしても、スタジアムシティを訪れたことそのものを楽しい体験として持ち帰ってもらい、また遊びに来たいと思ってもらうことを目指している。この徹底したお客さま目線は、長崎から全国区に成長したジャパネットたかたの成長の源泉であり、長崎のスポーツの発展にも寄与するだろう。
岩下英樹氏
V・ファーレン長崎 代表取締役社長
長崎ヴェルカ 代表取締役社長
Iwashita Hideki 大学卒業後はゲーム開発会社に入り、2006 年、24 歳のときにジャパネットたかたに入社。当初はウェブサイトの制作業務を担当していたが、マネジメント能力を見込まれインターネット部門やプロモーション部門で責任者を務めるようになる。2020 年、ジャパネットグループで長崎の地域創生事業を担うリージョナルクリエーション長崎の取締役と、プロバスケットボールクラブである長崎ヴェルカ(2022 年5 月時点でB3リーグ所属)の代表取締役社長に就任。2022 年には、プロサッカークラブV・ファーレン長崎(同J2リーグ所属)の代表取締役社長に就任した。