スポーツとビジネスを語ろう
「ストーリーづくり」と「土着化」がプロクラブ経営を軌道に乗せるカギ
静岡ブルーレヴズ 代表取締役社長 山谷拓志氏
ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる本連載。今回お話を聞いたのは、バスケットボールクラブの創設や再建に携わった「クラブ立ち上げのプロ」として知られ、2021年にプロラグビークラブ・静岡ブルーレヴズの代表取締役社長に就任した山谷拓志氏だ。親会社から独立して新リーグ「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」に挑むブルーレヴズを、山谷氏はどのようなスキルと経験を生かして引っ張っているのだろうか。
聞き手=佐藤邦彦(本誌編集長)
―静岡ブルーレヴズ(以下ブルーレヴズ)は元々、ヤマハ発動機の社会人ラグビー部だったのですね。
はい。以前はヤマハ発動機ジュビロというチーム名で、実業団ラグビーチームが集まる「トップリーグ」で戦っていました。そして、2022年に開幕する新リーグのJAPAN RUGBYLEAGUE ONE(以下リーグワン)に参入。このとき、ヤマハ発動機のみに頼るアマチュアクラブから、興行収入などで自ら稼ぐプロクラブへの脱却を模索していたのです。私は過去に、2つのバスケットボールクラブで経営を経験していました。また、リンクアンドモチベーション時代にはコンサルタントとしてヤマハ発動機ラグビー部(当時)を訪れたこともありましたから、その縁で「プロクラブの運営について聞きたい」と連絡を受けて話をうかがったのです。ところが、話が進むうちに「あなたに社長を頼みたい」ということになりました。
―リーグワン加盟クラブの多くは、従来通り企業主体のアマチュアクラブとして活動しています。そうしたなか、プロ化を目指す話を聞いたときはどう感じられましたか。
無理だと思いました。ラグビーはバスケットボールより選手数が多く人件費がかかる一方、リーグワンのディビジョン1(※)は1シーズン16試合制で入場料収入には限界があります。こうした状況で独立しプロ化しても、採算が取れないと思ったのです。ところが何度も話を聞くうち、ヤマハ発動機ジュビロ側の本気さが伝わってきました。親会社に頼っているほうがきっと楽なのに、あえて独立して世界一のラグビークラブを目指す。そのチャレンジ精神に感銘を受け、社長職を引き受けたのです。
―「世界一」とは、具体的にはどのようなものでしょうか。
2032年までに、年間売上高 40億円以上の達成を目指しています。
サッカーのFCバルセロナ、野球のニューヨーク・ヤンキースは年間の売上高が数百億円以上で、日本のクラブがこの水準に達するのは夢物語です。ところがラグビー界では、世界一のクラブでも売上高は40億〜50億円程度。我々はプロ化前に親会社から一定の予算を与えられていましたから、ここに新たな売り上げを積み重ねれば、事業規模が世界一のクラブになれる可能性があります。世界一を目指せる機会などそうそうありませんから、これは挑戦しがいがあると感じました。
(※)リーグワンはディビジョン1~3の3部制。ブルーレヴズは2022年シーズン時点で、最上位のディビジョン1に所属している。
スポンサー開拓のため「オール静岡」をアピール
―社長就任からまだ数カ月ですが、手応えはいかがですか。
予想よりはるかにいいですね。
就任後、最初に力を入れたのは地元スポンサー企業との関係構築だったのですが、多くの企業が前向きな態度を見せてくれています。背景にあるのが、2019年ラグビーワールドカップの盛り上がりです。静岡県のエコパスタジアムで日本代表が優勝候補だったアイルランド代表を打ち破ったのですが、あの名勝負を見た静岡の企業経営者がたくさんいたのです。営業に出向くと、「あの試合は感動したよね」と話が弾みます。
ヤマハ発動機以外から 1億 5000万円のスポンサー収入を得ることが、初年度の目標の1つでした。しかし、わずか半年で 3億円を達成するペースで営業活動が進行中です。
―W杯という追い風があるとはいえ、新クラブのスポンサー獲得は簡単ではないはずです。営業時に心がけていることはありますか。
“All for Shizuoka”というスローガンを前面に打ち出すことです。
静岡県は東西に長く、しかも天竜川などの大きな川で分かれているため、地域ごとに文化の違いが大きいとされています。対抗意識も強く、たとえば Jリーグでは県西部のジュビロ磐田と県東部にある清水エスパルスが互いにしのぎを削っている状況です。ところが我々は、「川で隔てられても源流は皆同じ。ラグビーは地域にこだわらず、オール静岡で盛り上がりましょう」と訴え、他競技との差別化を図っています。
―なるほど。オール静岡という響きは、地元の人々にとって新鮮だったのかもしれませんね。
そう思います。ブルーレヴズはリーグワン公式戦で、IAIスタジアム日本平でも試合を開催する予定です。ここは、Jリーグ・ジュビロ磐田のライバルである清水エスパルスのホームスタジアム。もし我々が「ジュビロ」という名前のままだったら、絶対に使えなかったはずです。
―ヤマハ発動機という社名とジュビロというニックネームを外したことによって、静岡県東部・中部のスポンサーやファンも得たということですか。
はい。ブルーレヴズのユニフォームにはヤマハ発動機だけでなく、清水エスパルスのオフィシャルトップパートナーである鈴与とアイ・テックのロゴが入っています。ジュビロとエスパルスのライバル関係を知る人からすると、これはかなりすごいことかな、と。また、これまで球技スポーツを支援したことがほとんどなかったスズキがブルーレヴズのパートナー企業になったことも、地元では大きな話題になりました。
―スズキといえばヤマハの競合ですよね。それがスポンサーになったのはすごい。
そうですね。それだけ、オール静岡というストーリーが多くの方に響いているのだと感じます。
行動すれば可能性は上がると信じて地域密着に取り組む
―自らの置かれた状況を客観的に分析し、そのうえでオール静岡などの秀逸なストーリーを組み立てて人々を引きつける力が、山谷さんの強みの1つだと感じました。その力はどこで養われたのでしょうか。
やはり、営業職時代に鍛えられた部分が大きいですね。当時、「言い訳ばかりして動かなければ成功の確率はゼロ。しかし、何か行動を起こせば可能性は確実に上がる」という鉄則をたたき込まれました。
私はブレックス時代に田臥(たぶせ)勇太選手を獲得しましたが、当初は周囲から「元NBAのスター選手が創設したばかりのブレックスに来るはずがない」と言われました。しかし、ダメで元々だと何度もエージェントに電話。さらに、アポが取れていないのに部下を米国に送り込んで話を聞いてもらった結果、招聘に成功したのです。「できるか、できないか」ではなく、「やるか、やらないか」という軸で考えています。
―ブレックスとロボッツでの経験も、今の仕事に生きていますよね。
もちろんです。栃木と茨城では、地元に根ざす「土着化」を心がけてきました。静岡でも同じです。私のなかには、地元の有力者が集まる場所に出向き、顔を売ってその場でチケットを売る「土着化のフォーマット」が完成しています(笑)。
―土着化のためにはその地域で味方を増やすことが必要だと思いますが、カギはどこにありますか。
自らの要望をいきなり伝えるのではなく、相手の状況や立場を理解して共感することから始めるよう心がけています。たとえば、栃木では練習場所を確保するため行政の協力を得る必要がありましたが、行政側から見れば「公的施設を特定の民間団体に優先利用させるわけにはいかない」と考えるのが当然です。そこで我々は、地元の小・中学校に選手を臨時コーチとして派遣するなどの取り組みを重ねました。すると市民から「ブレックスの活動は公益にかなうから、練習場を使わせてやれ」という声が高まり、その結果、公共の練習場が優先利用できるようになったのです。
―ここでも、地元の人々の心をつかみ味方を増やしたわけですね。
おっしゃるとおりです。けんか腰にならず、相手に寄り添って味方になってもらうのが私のやり方です。
―ストーリーをつくり、地元の人に粘り強く伝える。そこが、クラブ立ち上げのプロ・山谷さんの強さの秘訣かもしれないと感じました。
地域創生やラグビー界の活性化に貢献したい
―静岡といえばサッカー王国のイメージでしたが、ラグビー熱が高いことに驚きました。
企業などに協力を求めると、かなりの人が「何かサポートしますよ」と応えてくれます。また県も、静岡をラグビーの聖地にしようと頑張っています。一方、我々もブルーレヴズをツールとして活用してほしいと提案しているところです。ラグビー教室などを開くので、それを契機に地域創生の機運を盛り上げてくれ、と。
―その発想も、相手の立場で考えるポリシーの表れですね。では最後に、これから実現したいことについて聞かせてください。
私自身はこれまで、能動的にキャリアを決めた経験がほとんどありません。栃木や茨城、そして今回のブルーレヴズでも、声がかかったからその道に進んだというのが正直なところで、「○年後には〜したい」などの明確な目標は持っていないのです。しかし、人からの依頼や期待には全力で応えるのが、私のモットー。今はこれまでの経験を最大限生かしてブルーレヴズを強くし、ラグビー界やスポーツビジネスを盛り上げたいです。
ただ本当は、経営よりフィールドで勝ち負けにこだわるのが一番楽しいのです。いつか許されるなら、アメフトのヘッドコーチのような立場で、強いチームをつくってみたいですね。
Text=白谷輝英 Photo=平山 諭
After Interview
山谷氏にクラブの目標を聞くと、「事業規模40億~50億で世界一のクラブを目指します!」と即答する。続けて複数のメジャースポーツのトップチームの事業規模を具体的な数値で比較し、ブルーレヴズの持つ可能性を明快に解説してみせた。スポーツは勝負ごとなので勝利がすべてではないのか、という問いに対しては、「ファンやスポンサーの皆さんは強いチームを求めているので、勝つことは重要」と言う。その一方で、短期的な勝ち負けのみならず、世界一という長期的な目標を、地域に根ざした夢のあるストーリーや具体的な数値とともに語り、実現の可能性を示してきた。これによってファンとスポンサーの心をつかんできたのだろう。その姿は、自信と誇りを持って顧客に対峙する敏腕営業であり、チームの成長ストーリーを掲げ、頑張れば手の届く具体的な目標でリードするビジネスリーダーそのものだ。これこそビジネスで培った経験とスキルがスポーツの発展に生かされている好例だ。
山谷拓志氏
静岡ブルーレヴズ 代表取締役社長
Yamaya Takashi 慶應義塾大学時代はアメリカンフットボール部に在籍。卒業後はリクルートに入社して営業職などを務めるかたわら、社会人アメフトチームのリクルートシーガルズ(現・オービックシーガルズ)でプレイした。シーガルズのオフェンスアシスタントコーチやリンクアンドモチベーションのコンサルタント職を経て、2007年に栃木ブレックス(現・宇都宮ブレックス)の代表取締役社長に就任し、創設したばかりのブレックスを日本バスケットボールリーグ優勝へと導く。2014年には経営難に陥っていたつくばロボッツ(現・茨城ロボッツ)の再建に取りかかり、2021年にBリーグ・B1昇格を実現して退任。同年6月から現職