大人が再び学んだら

武田信秀氏(鉄鋼溶接、機械加工 + レーザー技術を生かした新規事業開発)

日々、夢を追うという高揚感を手に入れた

2018年02月10日

Takeda Nobuhide
大建産業/D-LaserInc.代表取締役社長

転身のプロセス

1988年 22歳〜
大学卒業後、約2年間のアメリカ語学留学を経て機械商社に就職。1996年、大建産業の創業者である父親が病を患ったのを機に、同社へ入社。37歳のとき、二代目社長に就任する。

2010年 44歳〜
地元、静岡県にある光産業創成大学院大学に入学し、一からレーザー技術を学ぶ。新しい事業・製品開発に臨みながら、在学中に新会社D-LaserInc.を設立。2016年3月、博士号取得。

2018年現在 51歳
機械部品、金型などのコーティング加工メーカー・テクノコートと共同開発したレーザー製品「ハンディトーチ」「レーザー肉盛機」などを主力に、本格的な市場開拓を狙う。
CMOSカメラを搭載したハンディトーチ。溶接や金型の補修などに使われる。手軽に持ち運ぶことができ、搭載されたCMOSカメラ(右上)によって、作業部分を拡大して見ることもできる。

鉄鋼溶接や機械加工を主事業とする大建産業の二代目社長・武田信秀氏が、生き残りをかけて新技術を学び始めたのは2010年。きっかけとしては、リーマン・ショックの影響で、一時期仕事が3分の1にまで激減したことが大きかった。加えて、製造業のグローバル化による価格競争の波が収束せず、大建産業の先行きを不透明にしていた。
「たとえれば、出口のないトンネルにいるような感覚ですよ。何か光を見いだせないかと考えていた頃、たまたま立ち寄ったのが、地元の浜松市内で開催されていた産業展示会でした。そこで目に留まったのがレーザー技術のセミナーで、講演を聞くうち、その技術が持つ将来性の高さに引き込まれたのです。『すごいなレーザーは。何でもできる夢の光だ』と」
レーザー技術を本格的に学びたいと考えた武田氏は、セミナーを主催していた光産業創成大学院大学(*)(以下光産創大)に、さっそく入学意向を伝えた。当初は「博士課程のみの大学なので、修士を取っていない私には無理かもしれない」と思ったそうだが、武田氏の意欲と、地域の産業創成を支援するという大学の目的が合致。武田氏は"学生"として次なる一歩を踏み出した。

大学発ベンチャーを設立

レーザー加工技術を専門とする指導教員の下で基礎を学び、並行して事業プランの作成や開発テーマを絞り込むという実務も重ねていった。自社の既存技術・製品に新しい価値を付加しようと、武田氏が取り組んだのは、材料加工分野に向けたレーザー技術の応用である。
「たとえば、切断や穴あけ、熱加工などといった場面でレーザー光を用いると、高精度かつ高速な加工が可能になります。うちが新しい製法を獲得すれば、既存製品に優位性を持たせることができるし、従来の完全下請けから脱却して、『こんなことができそうだ』という開発型の仕事にもつながる。それを考えるプロセスでは、光産創大を起点にしたネットワークが本当に有効でした。先生をはじめ、大手企業から来ている社会人学生、そして産業界とのつながり......これまで縁のなかった世界で、『何ができるか』を議論したり、学んだりするのは最高に楽しいものです」
武田氏は、在学中に大学発ベンチャーとしてD-LaserInc.を設立し、新製品を世に出している。その代表が、著名なイタリアン・シェフと共同開発した「レーザーレンジ(すね肉焼き機)」で、すね肉の筋の部分だけにレーザーを照射して柔らかくするという、これまでになかった調理器具。レーザーの意外な応用の可能性を示した例として、マスコミにも取り上げられるなど話題を集めた。
博士号を取得して光産創大を修了したあとも、培ったネットワークを生かした研究・開発は進んでいる。
「当初から考えていた材料加工分野向けの製品開発も実現していて、そのなか、まずは可搬型に特徴のあるハンディトーチ(上写真)を主力にしていこうかと。学ぶほど、レーザー技術は高度で難しいことがわかってくるのですが、そのぶん大いなる可能性を秘めていることも理解できるようになります。思い切って動けば面白いことになりそうだし、何より、夢を追う高揚感みたいなものが日々あるんですよ」

変化がもたらした好影響

新しい技術を学ぶという"仕込み"をしたことで、「将来への不安がかき消され、先を見通せるようになった」。光産創大に出合い、学びの機会を得て、人生が変わったとも武田氏は言う。その変化は、大建産業の社員たちや既存の取引顧客にも波及している。中小企業の現場社長が6年間、学びのために時間を割くというのは、当然、社内外に影響を及ぼしたはずだが、それは結果としていい方向に向かったという。
「主要な顧客は私が担当していましたから、社員に引き継ぐときは正直不安だったんですよ。躊躇もしました。でも、杞憂でしたね。むしろ『自分が責任を持つ』と士気の上がった社員が多く、社長が何か新しいことに挑戦している姿は、社員の目にも悪く映らなかったのでしょう」
取引先においても、かかわりを持つ部署に広がりが出てきた。従来は顧客から支給された製作図面に基づいてものづくりを行うスタイルだったが、D-Laserで行政の補助金事業に採択されるような将来性ある製品開発に臨んでいることから、顧客の開発部門が興味を示し始めたのである。「仕事が俄然面白くなりましたよね。学ぶことの多面的な意義を身をもって知ったので、今は社員にも『どんなテーマでもいいから自分で勉強しろ』とはっぱをかけています。偉そうに......なんですけど(笑)」

(*)静岡県浜松市に本部を置く私立大学。将来性のある光技術に注目し、新事業開発や起業実践をカリキュラムに組み込む博士課程のみの大学院大学

Text=内田丘子(TANK)Photo=押山智良