大人が再び学んだら
大村美樹子氏(商品企画、顧客管理 → クレーム対応に特化した人材育成支援)
生涯続けたいと思える仕事を創り出せた
転身のプロセス
1986年 22歳
成蹊大学経済学部卒業後、富士通に新卒入社。商品企画、WEB直販サイトの運営に従事する傍ら、顧客対応窓口にてクレーム対応を行い、その管理業務やスタッフ研修なども担う。
2009年 45歳
在職中に早稲田大学人間科学部に入学、本格的に臨床心理学を学び始める。並行して産業カウンセラーの資格を取得し、女性起業塾にも通うなど、独立への準備を進める。2010年、24年間勤めた富士通を早期退職し、クレーム対応を中心とした研修やコンサルティングを行うアイビー・リレーションズを設立。
2017年現在 54歳
クレーム対応に加え、メンタルヘルスの分野においても臨床心理学的な観点を生かした研修やカウンセリングを実施。企業、行政、教育機関など、その顧客層は幅広い。
新卒入社した富士通で、商品企画や顧客管理に携わってきた大村美樹子氏が、新しいステージを求めて舵を切ったのは40代半ばのこと。
「きっかけは、その10年ほど前に遡るのですが、出産した長男が医療トラブルで寝たきりになるという障害を負ってしまったことです。働くことが好きで、猛烈に仕事をしてきた私の生活は一変し、時間的にも精神的にも追い詰められた時期がけっこう長く続いたのです」
「働くこと」の見直しを図るなか、大村氏は大きな気づきを2つ得た。
「1つは、働き方を自分で決められない大組織で、このまま走り続けて幸せになれるのか?という疑問。そしてもう1つは、周りの方々の助けがあったからこそ、子育てや仕事を続けてこられたという事実。それまで、自分で何でもできると思っていたのは錯覚だと気づかされました」
会社の看板を外し、個人の力でどこまで仕事ができるか試してみたい。助けてもらったぶん、今度は自分が社会や人々の役に立ちたい。そう先を見据えるようになった大村氏は、2009年から一気に行動を起こす。まずは、広く勉強をするために早稲田大学人間科学部に入学し、追ってすぐ、会社の早期退職プログラムの一環である起業支援を利用して女性起業塾にも入塾。ここで定まったのが、クレーム対応に特化した人材育成支援という事業の方向性で、大村氏は、翌2010年には富士通を早期退職し、会社を設立している。
研究と仕事とを好循環させる
起業塾で自身の"棚卸し"をしたことで鮮明になったのは、「自分は何が好きなのか、得意なのか」ということ。それがクレーム対応だった。「会社員時代、コールセンターで顧客クレーム対応をしていたんですけど、私、失敗したことがなくて(笑)。むしろ得意で、十二分にやりがいを感じていました。でも一方で、こういう感情労働(*1)にうまく対応できず、苦痛を感じ、ストレスで潰れる人を少なからず見てきたんですね。この分野なら、自分の経験やスキルを生かして、何かお役に立てるかもしれない。ならば、もっと力をつけようと。人の心はどうすれば強くしていけるか、そのメカニズムを学ぼうと考え、大学での勉強を臨床心理学に絞っていったのです」
選択したゼミでは、人間の心と脳の関連による情報処理と行動を、実験・分析する認知行動療法をしっかり学んだ。大村氏が大切にしてきたのは、研究で得た成果を社会にどう還元するかを常に考える姿勢だ。だからこそ、自身が心理学の視点から開発した「クレームコーピング」(*2)をはじめ、学術研究に基づく知見が反映された独自の事業コンテンツが生まれている。
「私にとって、勉強することは"仕入れ"なんですよ。得た知見を、研修やコンサルティングなどのかたちを通じて社会に還元し、逆に、現場で感じた問題があれば研究に戻す。また、学究の世界にいる人たちは、直接社会と接点を持つ機会が少ないので、言ってみれば、私が学問と社会のハブとなり、好循環を生み出せているようにも思います」
学ぶことは自分への投資
大学院に進んでからは、時間の融通が利きやすい科目等履修生としてゼミに通い、仕事と学業をクロスさせつつ修士課程を修了。そして、大村氏は今も研究室に籍を置き、職場のストレスマネジメントを主軸に研究を重ねている。
「最近では、抑うつ予防やうつ症状を発症した従業員の復職支援に携わる機会が増えてきました。痛感するのは、やはり、日頃からストレスへの対処方法を知っていることがいちばん大事だということ。それを踏まえ、効果的な発症予防アプローチができるよう研究を進めているところです。クレーム対応もストレスマネジメントの1つですけれど、結局、学んでいることは全部リンクして仕事に生きていくんですよ」
学び続け、研究と仕事とを循環させてきたことで、提供するコンテンツは起業当初に比べて大きく広がった。それでもなお「もっと新しいことを知りたい、スキルを習得したい」という大村氏の意欲を支えているのは、研修やカウンセリングを通じて、働く人々が目を輝かせるようになる場面に立ち会う喜び、やりがいだ。
「アドレナリンが出続けている感覚というか、私にとっては楽しくて、これだ!と思える仕事。それを得られたのは、時間やお金がかかっても、途中しんどくても、学ぶという自己投資をしてきたからだと思います。他者に定年を決められることもなく、生涯好きな仕事を続けられることを考えれば、十分に投資回収はできたと言いたいところですね(笑)」
(*1)感情の抑制や鈍麻(どんま)、緊張、忍耐などを不可欠の職務要素とする労働
(*2)何らかのストレスによる感情的な影響を行動によって解決する対処方法/アイビー・リレーションズ登録商標
Text=内田丘子(TANK) Photo=刑部友康