ローカルから始まる。
Next Commons Lab 代表理事 林 篤志
都市部よりも課題がより山積している地方で今、新たな社会の仕組みを作ろうとしている人たちがいる。ローカルから始まる、イノベーティブな取り組みこそが停滞する日本社会を変える突破口になり得る。そんな挑戦を続ける人々に迫る本連載の第1回は、日本各地でポスト資本主義的な共助の仕組みを実現しようとするNext Commons Lab(以下、NCL)の林篤志氏に聞く。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)
――― まず、NCLについて教えてください。
林篤志氏(以下、林):NCLは2016年、資本主義をコモンズ(共有財)を通してアップデートすることを目的に、岩手県遠野市でスタートした一般社団法人です。ローカルベンチャー事業とソーシャルデベロップメント事業、ヒューマンデベロップメント事業という3つの柱を立て、地域資源を生かして起業する人たちに伴走する、民間企業や大企業が地域に入っていくときに、地方自治体やその土地の企業とつなぎ、支援すること、といった活動をしています。これらのために立ち上げたサステナブルイノヴェイションラボ(以下、SIL)には、企業の社員、フリーランス、公務員などがセクターを超えて集まって学び合っています。今参加している約50組の企業の新規事業のインキュベーションの装置であり、人材育成の場となっています。
―― NCLは、その全体のコミュニティを運営する組織、ということですね。
林:そうです。40人程度のネットワーク組織で、全員がほかの仕事と兼業です。現在数人いるフルタイムのメンバーは、日本郵政やトヨタ自動車からの出向者です。
活動は、基本的にオンラインです。全国の十数の活動拠点に居住しているメンバーもいます。すべてプロジェクトベースで、案件が立ち上がったらアサインし、終わったら組み替えて。よく新しい組織の形といわれますが、活動への最適化を図ってきた結果にすぎません。
自分の人生や心のうちを共有できるコミュニティを作りたい
―― 私は、規模が小さい地方でこそ次世代のサステナブルな社会を作るための実験的・挑戦的な取り組みができると考えます。林さんは、なぜ地域で活動しようと思ったのですか。
林:新卒で入社した会社の先輩たちは、仕事上では尊敬すべき人たちでしたが、自分の人生や心のうちまで共有できる仲間ではない、と感じたことに始まります。それができるコミュニティに所属したい、そういうコミュニティを作りたいという思いがあって2009年、 IDÉEの創業者である黒崎輝男さんとともに「自由大学」を開設しました。まずは、都市生活のなかに、人々が学び、挑戦できる“サードプレイス”を機能させようと思ったのです。
地域に軸足を移したきっかけは、2011年の東日本大震災です。それ以前から、都市部に集まるクリエイターによって、疲弊した地域の支援ができないかを模索していました。そこでご縁があった高知市の土佐山地区という“ほぼ限界集落”に移住し、「土佐山アカデミー」を作ったのです。都会の人々が土佐山の人々とともに学び、生産活動を行う体験型の研修やワークショップを提供する場として始めました。
―― いきなり移住を選んだのですね。
林:衝動的でしたが、移住したからこそ、地縁・血縁のなかだけに生きることの難しさを学びました。地域の停滞や衰退は、地縁・血縁によるしがらみやルールにも一因があるのですが、乗り越えるのは大変なことです。多くの企業や団体が地域で新規事業をやりたい、地域課題解決の支援をしたいと入り込もうとしても、そう簡単にはことが動かない。「なんとかなりませんか」と私たちに相談に来ます。
移住したからこそわかる、縁・血縁のなかだけに生きる難しさ
企業の大規模な市場の追求、囲い込みという価値観を変える
―― NCLには企業からの出向者もいますが、彼らの目的は主に、人材育成でしょうか。
林:従来は人材育成が主目的でした。明らかに変わった契機はコロナ禍です。願わくは新規事業開発をしたいという企業が増えました。
―― 地域の課題解決には時間がかかるし、大企業の事業規模にしては小さい。どのようにして企業と地域の共創を実現しているんですか。
林:まず、大規模な売り上げが立たないと参加できない、ビジネス機会を全部自分たちで囲い込みたいという大企業の考え方を変える必要があります。エコシステムの一部となり、その役割を全うして初めて勝機が見えてきます。
―― 地域側はどうですか。
林:コロナ禍以降、行政サービスの維持が難しくなり、支援へのニーズは高まっています。日本の自治体は約1700あり、危機が顕在化している対象は1000以上だと思います。
―― 水道の民営化の結果、水質が悪くなり、料金が高くなって公的サービスに戻すという事例も世界では起きています。行政サービスを民営化するにはさまざまな課題もあります。
林:利益が出ないからコストカットする、販売価格を上げる、最終的には撤退する、というのは企業論理からすれば合理的ですが、それは“社会悪”です。たとえば、山間部など人口減少地域のスーパーでも運営し続ける方法はあります。住民に会員となってもらい、月に何日か店頭に立って働いてもらう。品揃えも必要なものを相談して決めてもらう。すると、人件費、商品のロスも少なくなるのです。
―― サービスの共助化によって、コストマネジメントをするということですね。
林:同時に、リターンとして求めるものを多元化していきます。金融資本的な利益だけでなく、そのサービスが使われるほど地域の人間関係がよくなる、環境負荷が減って自然が回復するというような副次的な効果を狙うのです。2022年3月からスタートした奈良市の月ヶ瀬地区のプロジェクトでも、サービスの共助化によって多様な効果を期待しています。
―― NCLと奈良市、日本郵政、イオンが共同で行う事業ですね。
林:SILでは既存の自治体機能に代わる「第二の自治システム」の構築を目指す「Local Coop構想」を進めており、その第1弾のプロジェクトです。月ヶ瀬地区にはそもそもスーパーがなく車を持たない高齢者には厳しい環境。しかし、郵便局はいくつかあり、バンが往来します。前日までに住民がオーダーすれば、それを使って生鮮品を届けます。ポイントはあえて不便さを残すことです。
―― なぜですか。
林:利便性を追求すると、自宅の前に生鮮品が届く個別配送が必須です。それをやらずに、集落のコミュニティスペースまで取りにきてもらいます。個別配送しないことでのコストダウン、CO2の排出削減のほか、人が集まることで社会関係資本の増加が期待できます。家に引きこもりがちな高齢者が家から出てきて、時には子どもたちの面倒をみてくれる。歩くことで要介護率を減らし、ひいては社会保障費を抑制する効果も得られます。自治体とともにこのようなプラットフォームを作り、企業にはそこに乗るアプリケーションとして参加してもらっています。
共助化によって、事業のリターンとして得るものを多元化
プラットフォームの概念ではなく物理的に見せることの重要性
―― 林さんがやろうとしているのは、自治体と企業をつなぐハブづくりですね。従来はそれぞれの論理でやってきたことを、1つのプラットフォームに乗せる。論理が異なるセクターをつなぐのは、大変なことではないですか。
林:そうですね。ただ、地方自治体の首長は非常に大きな権限を持っていて、首長のセンスによってうまくいくことも少なくありません。最初はごみ収集、交通、Local Coopと、次々と共助化を進めていきます。
―― 地域住民がいかに“見捨てられた”ではなく、“よくなった”と思えるかも大事ですね。
林:概念的な仕組みを理解してもらうのは難しいので、物理的に見せることが大事です。廃校が生まれ変わって子どもたちの遊び場になるというように。ある人は育児、ある人は親の介護、ある人は買い物に悩みを持っている。自分と距離の近いイシューからLocal Coopのプラットフォームを使えるように、多様な企業が多様なアプリケーションとして参加してくれることが重要なのです。
―― 目指すのは、どんな世界観ですか。
林:コロナ禍や国際紛争もあって、資源、食料などのグローバルな供給網が崩れ、地産地消の重要性が増しています。人々の働き方も変わるでしょう。壮大なやりたいことではなく、所属したいコミュニティに貢献することで豊かに生きられる社会の仕組みをもっと多くのところで作っていきたい。朝、スクールバスのドライバーをして、その後デスクワーク、そして夕方は学童の運営。従来は金にならないと言われていたことでも、地域内に流通するトークンで食料を買える、というように。ゲマインシャフト的なコミュニティの一部として、人々はもっと安定して生きられるのでは、と期待しています。
所属したいコミュニティへの貢献により豊かに生きられる社会の仕組みを
Text =入倉由理子 Photo=伊藤 圭
Profile
1985 愛知県一宮市生まれ
2009 「自由大学」設立
2011 高知県に「土佐山アカデミー」設立
2016 一般社団法人Next Commons Labを設立