極限のリーダーシップ
東京大学五月祭委員長 片野あかり氏
自分のスタンスをもって論理的に自分の言葉で語るリーダーの基本を学んだ
東京大学の二大学園祭である駒場祭、五月祭。いつもなら模擬店の屋台が並び、さまざまなイベントで賑わう、来場者が10万人という大規模な学祭である。しかし2020年は新型コロナウイルス感染症流行拡大の影響により、毎年5月に本郷キャンパスで開催される五月祭が、9月20〜21日にオンラインという前例のない形での開催となった。その陣頭指揮を執ったのが第93期五月祭常任委員会の委員長、片野あかり氏だ。
五月祭の準備は前年からはじまる。約150名の委員で組織された常任委員会は、事務局、財務局、企画局、組織局、広報局の5つの局で成り立ち、五月祭の運営を支える。片野氏は入学時から委員会に参加した。「1、2年生で駒場祭の運営を経験し、2〜4年生では五月祭に携わり、4年間で5回の学祭を経験してきました」。そして2019年に委員長に就任し、この大組織をまとめてきた。
2020年3月、新型コロナウイルスの感染が急拡大し、4月に緊急事態宣言が発出されるという事態になる。「五月祭の開催をどうするのか、早めに役員会の議題に挙げるべき」と考えた片野氏は、3月、5つの局の局長に自身を加えた6人から成る役員会を開いた。すでに4月からの東大構内への立ち入り制限が決定しているなか、その議題は「五月祭を延期するか中止するか」。
五月祭は東大生のなかでも高学年が中心になる学祭だ。五月祭が終われば学業に専念し、4年生の多くは就職活動に取り組む。6人の会議では、2つの意見があがった。「中止」派は、「延期すると参加できる団体数が少なくなり、参加者だけでなく150人の委員の気持ちもついてこなくなるのではないか。満足いくようなサービスを私たちが提供できなくなるのであれば、今年は中止にしたほうがいい」と主張した。
だが片野氏は「延期すべき」という立場を取った。「五月祭は東大生にとって学業や活動の発表の場。1つでも開催を望む団体があれば、委員会はその場を用意すべきだし、そのための場を確保することは委員会の義務であり、使命だと思ったのです」
6人であらゆる意見を出し、議論を尽くした。結果、「延期」で合意。その後、全委員を集めた総会を開催。延期の提案に対して総会での合意を得た。この一連のプロセスは「五月祭を開催する意義をあらためて考えるよい機会になったのではないかと思います」。
だがそのときはまだ、開催方法や開催日などはまったく見えない状態だった。
オンライン開催という可能性
4月に入ってから委員会のミーティングはオンラインになり、五月祭をいつに延期するのか、どのような形で開催するのか、その議論を交わし続けた。だが、新型コロナウイルスの影響は広がるばかりで収束がまったく見えない。また、大学との連携も必要だったが、大学の各部局も感染症予防への対応に追われ、これまでのような迅速なコミュニケーションがとれなくなっていた。
片野氏は事態を打開するために情報を集め始めた。4月時点では他校の学祭委員と交流するなかでも、「オンライン開催なんて、ないですよね」と笑い合っていたという。一方で、新入生の歓迎会などはオンラインで成功していることも耳にしていた。
「対面のイベントが今年いっぱい難しいならばオンラインという形はあるかもしれない。でも、実現できるのか。これが今年の学祭の開催可否にかかわる決断になる」。片野氏は自分自身のスタンスを定めた。「対面が無理ならばオンラインでやろう」
そこから先は、再び全員での議論である。オンラインの臨時総会を何度も開き、オンライン開催の決議をとり、どのように行うのかを検討した。なかには延期日程の都合が合わず、離れていった委員もいた。夏休みは就職活動に専念する委員もいた。
「やりたい人が自主的に参加するのが原則。やる気がなくなって去った人を責めるような空気にもしたくなかったので、延期やオンライン開催などの大きな転換が起こった際は、役員側から『委員会を続けますか?』というアンケートをとり、それぞれの進退の意思確認もしました」
結果、委員会には多くのメンバーが残り、オンライン開催に向けてまい進し、無事に9月に開催することができた。参加団体数は例年の4分の1の100団体ほどだったが、はじめてのオンライン五月祭は成功をおさめることができたのだ。
論理とコミュニケーション
3月の延期決定から9月のオンライン開催に至るまでの、意思決定の難しい舵取りにあたり、片野氏が心がけていたことが3つある。「1つ目は、何かを決めるときには必ず自分のスタンスを定めて臨むこと。2つ目はできるだけ論理的に、納得してもらえるように説明すること。3つ目は自分の言葉で発信することです」
片野氏の後輩によれば、論理的でありコミュニケーション力も高いことが彼女の武器だという。そのスキルはどうやって身に付けたのか。
「1 年生のときから委員会活動に参加するなかで、この両スキルのバランスがとれている先輩や同期にはついていきたいと思うし、信頼されると感じていました。私自身がリーダー像を模索したとき、それを自分でも実践しようと思ったのです。委員会のなかに尊敬できる人がいたというのが大きかったと思います」
Text=木原昌子(ハイキックス)
プロフィール
片野あかり氏