極限のリーダーシップ

美術品輸送 相馬洋平氏

毎回が新しいことへの挑戦。先輩たちの知恵と経験も借りて よりよい方法を常に必死で考える

2022年08月10日

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日本にいながら世界の美術品に触れる機会を与えてくれる展覧会。それを支える人がいる。貴重な美術品を梱包して運ぶ、美術品輸送の仕事に携わる人たちだ。日本通運の美術品輸送を手掛ける関東の拠点には約40人の精鋭が集まる。相馬洋平氏もその1人。これまで軸、仏像や海外から運ばれてきた巨大な絵画まで、さまざまな美術品を扱ってきた。

「私たちの仕事では美術品の梱包、輸送、搬出入だけでなく、会場内での美術品の展示作業、撤収作業も行います。日本のみならず、海外に出張して搬出入することもあります。依頼が入ったらまず美術品の内容や輸送方法に応じてチームを組み、1つの展覧会に2 〜4人、大規模な展覧会になると7 〜8人がチームとなって、リーダーが指揮をとっていきます」

相馬氏がリーダーとしてはじめて取り組んだ大きな仕事が、2016年に開催された「日伊国交樹立150周年記念 世界遺産 ポンペイの壁画展」だった。目玉となる総壁長16メートルの立体展示「カルミアーノ農園別荘」の一室のほか、巨大な壁画がイタリアからいくつも運ばれてくる。成田空港での受け取りから東京の美術館への搬出入と展示、その後、愛知、兵庫、山口、福岡と4カ所の国内巡回という一連の仕事を任された。「壁画を包んだ巨大な板状の梱包物の搬出入をどうするか。ここに非常に頭を使いました」。美術品は人がつくるものなので基本的に人が手で運べるサイズのものが多いという。これだけの大物を扱うことはめったにない。

「壁画は1つ200kg以上。500kg、700kgのものもありました。立ててトラックにぎっしり詰め込もうとしても、重すぎて奥に押し込めない。トラックの横面が開けばフォークリフトで降ろすこともできますが、美術館の搬入口は狭くてそれもできませんでした」。壁画が倒れたら大事故にもなりかねない。積載時の安全確保も大切だ。壁画をジャッキで持ち上げるための人がぎりぎり入るスペースをつくる必要があり、トラックの台数を予定よりも増やさなければいけないことがわかってきた。ただし、コストが嵩むので、美術館側の了解を取り付けなければいけない。

「そこで必要最低限の台数になるように、壁画のトラックへの積載順番、荷降ろしの順番と方法を数日シミュレーションし、最適な積み方と降ろし方、そして手順を美術館の担当者と当社の営業も交えて何度も確認しました。美術館側にご納得していただいたうえで最適なトラック台数を確保したのです」

空港に到着した壁画をクレーンでトラックに積み込むところから積載順の指示を出し、シミュレーション通りの搬出入がかなった。搬出入も巡回展の回を重ねるうちにスムーズになり、巨大な美術品の輸送というはじめての仕事を完遂することができた。

学芸員と一心同体

世界に1つしかない貴重な美術品。輸送や展示作業の緊張感も高い。その取り扱いは、展覧会の責任者であり美術品のプロである、美術館や博物館の学芸員の指示に従って行われる。「美術品は美術館によって取り扱い方が違います。そういうことはマニュアル化されていないし、口伝のように伝わっている部分もあります」

絵画では、油絵、パステルといった画材によって輸送時の振動による剥離の影響を配慮する必要がある。梱包時には表面を上にするか下にするかも検討される。ガラスが絵に触れないように面を下にする。額縁の装飾が傷むのを防ぐために面を上にする。学芸員の先生方の指示通りにしても危ない状態が想定されるときは、その場でディスカッションしていく。一つひとつの美術品に個別の対応を考えていく必要があるのだ。それだけに相馬氏のような輸送スタッフは学芸員と一心同体の作業が求められる。

「先生方も私を重要なパートナーとして、育てるという意識をもって接してくださいます」

w173_kyokugen_01.jpg美術品輸送の仕事では梱包、輸送、搬出入に加え、美術館や博物館内での展示作業も手掛ける。社内の研修では軸のかけ方など基本的な美術品の取り扱い方を学ぶが、実際には彫刻や大きな絵画など一つひとつまったく違った作品を扱うことが多い。

失敗しないために必死で考える

輸送する美術品は同じ形のものはない。展示する場所も変わる。それだけに毎回新しいことへの挑戦となるし、手法も属人的で職人技となる。「先輩たちはそれぞれ違う経験とノウハウを持っています。新しい仕事に取り組む際には、事前に先輩たちに話を聞いてさまざまなやり方を自分のなかに選択肢として持っておく。そして現地の状態を見て、最後には自分で方法を決める。いろいろな手法を聞いておけば、よりよい方法にたどりつくことができます。失敗を避けるために、毎回必死で考えて、先輩から情報を集めます」

この仕事を17年続けてきた相馬氏も「まだまだ修業中」と語る。年齢を重ねると成長の余地がなくなる仕事もあるが、美術品輸送は経験を重ねるほどに探究が深まるという。

「美術品それぞれの形にあった箱を手作りする作業で、70歳近くの先輩が工夫を重ね、『こんなふうにつくってみたんだけど、いいだろう?』と、それを誇らしげに話します。年齢を重ねてもすごいペースで技術を磨き続けているんです。そんな先輩たちを私も目標にしています」

Text=木原昌子(ハイキックス)  Photo=刑部友康

相馬洋平氏 Souma Youhei

日本通運株式会社 関東美術品支店 チームリーダー
陸上自衛隊勤務を経て、27歳のときに日本通運 関東美術品支店に転職。以来17年間、展覧会の美術品輸送に携わる。これまでに携わった展覧会は2016 年「日伊国交樹立150 周年記念 世界遺産 ポンペイの壁画展」(森アーツセンターギャラリーほか巡回)、2021年「バンクシーって誰?展」(寺田倉庫G1ビルほか巡回)、2021年「三菱創業150 周年記念 三菱の至宝展」(三菱一号館美術館)など多数。