極限のリーダーシップ

学級崩壊立て直し人 菊池省三氏

ビジョンを持ちながらどれだけ「相手軸」に立てるか。人間力こそがリーダーの質

2021年02月10日

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学級崩壊したクラスを次々と立て直す凄腕教師として注目を集める菊池省三氏。33年間の小学校教師生活を経て2015年に退職、現在は公開授業や講演会で全国を飛び回る。
菊池氏が大切にしているのはコミュニケーション教育だ。その方針は「ほめて、認めて、励ます」。「Aちゃんは口元がニコッとして発表できたのがすごくいいね」「Aちゃんが笑って話せたのは聞いているみんながそういう雰囲気をつくれたから。みんなもすごい!」。菊池氏の教室は子どもたちの小さな動きをほめる言葉であふれる。帰りの会で行われる「ほめ言葉のシャワー」では、1人の児童にクラスの子どもたち全員がほめ言葉をかけていく。日々ほめ言葉を浴び続けることで、子どもたちは自信を取り戻していく。
スピーチの授業では話すこと・聞くことの体験を積み、人とのコミュニケーションの基本を身につけていく。時には子どもたちの成長に合わせたディベートも行われる。今でいう「アクティブラーニング」を菊池氏は30年以上前から実践してきたのだ。このような授業を経て、クラスは次第に信頼と安心に満ちた空間に生まれ変わっていく。
「コミュニケーション教育で教室の人間関係を『調える』ことが学級運営に最も大切なこと。まずお互いを認め合い、言いたいことが言えるような温かい関係性という土台があってこそ、その上に国語や算数といった教科授業の柱を立てることができるんですね」と菊池氏は語る。

初めての学級崩壊に対峙する

w164_kyokugen_03.jpg菊池氏が31歳のときに担任となった6年生クラスの卒業時の様子。全員が原稿用紙100枚以上の卒業文集を書くほど表現力も成長した

菊池氏がこういった授業を始めたのは、1990年の31歳のとき、ある学級崩壊した6年生のクラスを担当したことがきっかけだった。「初日から愕然としました。子どもたちに簡単な自己紹介スピーチをしてもらったのですが、なぜか一言も話せず、泣き出す子が何人もいたのです。約10年の教師生活で初めて見る光景に『6年生なのにどうして?』と困惑し、同時に、ああ貧乏くじを引いてしまった、とそのときは思いましたね」
菊池氏によると学級崩壊には、4つのパターンがあるという。1つ目は担任の先生と児童が合わず、暴言・暴力が蔓延したクラス。2つ目はいじめなどで子ども同士の人間関係が冷え切ったクラス。お互いを無視し、「静かな崩壊」が起こる。3つ目は児童の統率がとれず、集団の規律がないクラス。若い先生によくあるパターン。4つ目は、表面上は仲良くみえる「明るい崩壊」。お互いの空気を読み、とりあえず日々は何ごともなく過ぎていくが、個が確立されていない状態。
菊池氏が受け持ったクラスは2つ目のパターン。中心的な男の子がいたが、その子が強すぎてほかの子が何も言えず、関係性が「静かに崩壊」していた。
一体どうすればいいのか。職員室で途方に暮れた菊池氏は、北九州の小学校教師の桑田泰助氏に電話をかけ、アドバイスを乞うた。新人時代から教育手法の指導を受け、師と仰ぐ先生だ。
「『スピーチができないなら、1年かけて人前で話せるようにしなさい』と助言されました。師匠に言われたらやるしかない。卒業までに人前で話せるように育てようと心に決めました」
人前で話すといったコミュニケーションは経験を積まないとできるよう
にならない。とはいえ、当時の教育界はまだコミュニケーションの認識も低く、学級崩壊に対処するための実用書もない。書店でかろうじて見つけたコミュニケーション関連のビジネス書を読み漁りながら、自分なりの方法を模索し、「声を出すこと」「話すこと」「聞くこと」の3つに焦点を当てた年間のプログラムをつくった。
「声を出す」ためには発声トレーニングや早口言葉などを取り入れた。友達とバトル形式で競い合うと、笑顔が生まれ、声を出す体もできてくる。
「話すこと」は反応のキャッチボールができるテーマを設定した。たとえば「登校時にあった出来事」などは誰もが同じ体験を持ち、しゃべりやすい。「聞くこと」は聞く態度を教え、終わったら拍手をすることを徹底した。
人前で話せる子を目標にした1年間。だが、これらの授業は菊池氏の想像を超えた変化を子どもたちにもたらした。人前で話せるようになっただけでなく、子ども同士のコミュニケーションが増え、言いたいことが言える教室に生まれ変わっていったのだ。

一緒に答えをみつけていく

学校の授業は先生が児童に正解を教えることだと考える人は多い。しかしその1年は、菊池氏自身が迷いながらも、子どもたちの成長に合わせて一緒に答えを探していった。菊池氏は、それがよかった、と語る。
「みんなで話し合い、正解やゴールのないことでも何かよりよいものにしようという意識を持ち、チャンスを逃さない。教育の指導方法や技術よりも、そういった意識を持って日々挑戦することが上の立場の人に必要な考え方だと思うのです」
菊池氏は今でも、子どもたちの小さな変化をみつけ、自信につなげる努力を惜しまない。
「教育の技術や方法論はある程度勉強しただろうから、これからは人の機微を理解するために文学を読んで勉強しなさい、と師匠にアドバイスをいただきました。子ども一人ひとりの気持ちや思いに寄り添うためにも、大切なことだと思っています」

w164_kyokugen_02.jpg10年ほど前から菊池氏の授業は全国の小学校から注目され、公開授業や「菊池道場」と称した教師への講演会などで全国を飛び回っている。写真は兵庫県丹波市内の小学6年生の公開授業。体育館で開催し、市内の教師が参観した

Text=木原昌子(ハイキックス)

菊池省三氏

Kikuchi Shozo 山口大学教育学部卒業後、33年にわたり小学校教師を務める。1990年代から学級崩壊したクラスの立て直しに取り組み、その教育手腕が全国から注目される。2015年3月、小学校教師を退職し、コミュニケーション教育普及のための「菊池道場」を設立。著書に『楽しみながらコミュニケーション力を育てる10の授業』(中村堂)、『小学校発! 一人ひとりが輝くほめ言葉のシャワー』(日本標準)、『菊池省三流 奇跡の学級づくり: 崩壊学級を「言葉の力」で立て直す』(小学館)など多数。