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第11回 失敗はチームにとっての贈り物 学びの機会として躊躇なく挑戦を

2024年12月16日

日刊紙「Politiken」の二面の左側に掲載されている訂正欄 (FEJL OG FAKTA)日刊紙「Politiken」の二面の左側に掲載されている訂正欄(FEJL OG FAKTA)。ミスに人間味を与える書き方をしているので、間違えた記者も救われているだろうな、と感じる。
Photo=井上陽子

アメリカの大学院で、「心理的安全性」の授業を取ったことがある。病院のチームの質と医療ミスの報告の研究で、「いいチームほどミスの報告が多い」という意外な結果となった。さらに調べてわかったのは、安心して失敗を報告できるチームほど、その後に深刻な事故を防ぐことができていた、というものだ。

授業の演習として、チームに分かれてゲームを競うことになった。床に敷き詰められたいくつものパッドを踏みながらゴールに向かうのだが、踏むと警告音が鳴るものが混ざっていて、音が鳴ったら次の人がスタートからやり直し。地雷のパッドを避けて、早く全員がゴールに到着したチームが勝ち、となる。

ゲームのポイントは、他人の失敗(地雷パッドを踏むこと)を、チーム全員が自らの学びとして生かしていくことだ。さっさと失敗を重ね、警告音の鳴るパッドがどれかを探り当てることが大事。他人の失敗から学ばず、同じミスを繰り返す人がチームにいる場合も、負けてしまう。授業での教えは「Every beep is a gift」、つまり、すべての警告音=失敗は「チームにとっての贈り物」というものだった。

ミスを罰するのではなく、学びの機会として前向きにとらえようとする姿勢は、「トライ・アンド・エラー」を志向するデンマークの組織でよく見かけるものだ。日刊紙「Politiken」には、かなりのスペースを割いた訂正欄が掲載されているが、これが「ブラジルの人口を2100億人と書いたのはさすがに多すぎでした。2億1000万人でした」といった明るい筆致。訂正欄専用のメールアドレスも記載されていて、読者に積極的にミスを見つけてもらい、それを率直に記事にする健全なサイクルが回っているようだ。

同紙の記者に会ったとき、訂正を出す心境を聞いてみたら、「誰だってミスはするでしょ。訂正を推奨して紙面の信頼性をあげようっていう文化があるから、報告するのは苦ではないよ」と話していた。私の新聞記者時代を思い返せば、訂正を出すときは始末書を出すなど針のむしろに座る心地で、できれば言わずにおきたいという誘惑にもかられたものだ。

ミスや失敗は黙っていたほうが得、と思わせる組織では、後に大きな不正や事故も起きかねない。失敗は「贈り物」と、価値ある挑戦に躊躇なく臨める職場が増えてほしい、と思うのだ。

Text=井上陽子

プロフィール

井上陽子氏

Inoue Yoko
北欧デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞でワシントン支局特派員など。現在、デンマーク人の夫と長女、長男の4人暮らし。

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