著者と読み直す

『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』 江森百花 川崎莉音

男子と女子だけでなく、首都圏の女子と地方女子の間にも歴然とした意識の差がある

2025年02月13日

本日の1冊

『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』 江森百花 川崎莉音

『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』 江森百花 川崎莉音 表紙欧米やアジアの有力大学では女子が軒並み5割に達するのに、東大の女子比率は2割、他の難関大学も高くて3割。女子のなかでもとりわけ少ないのが地方女子という異様な状態が続いている。一体なぜなのか。東大の学生団体がこれまでにない高校生の意識調査を実施し、真相をあぶり出した。丁寧なデータ分析からは、地方女子の前に立ちはだかるジェンダーギャップの実態が明らかに。当事者目線の提言にも説得力がある。(光文社刊)

「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。(中略)世の中には、がんばる前から、『しょせんおまえなんか』『どうせわたしなんて』とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます」

2019年の東大の入学式で、学内の女子比率の低さや性差別に触れた社会学者の上野千鶴子さんによる祝辞が話題になった。それから4年。東大など難関大で2〜3割と少数派の女子のなかでも特に少ない「地方女子」に光を当て、彼女たちが、上野さんのいう「がんばる前からがんばる意欲をくじかれている」実態を初めてデータで明らかにした調査レポートが注目を集めた。調査を実施したのは、現役の東大学生が立ち上げた団体#YourChoiceProject(以下#YCP)。本書はその団体代表の江森百花さんと川崎莉音さんが、調査レポートに大幅加筆したものだ。

江森さんは静岡県、川崎さんは兵庫県の出身。地元では、女子が東大志望を公言したり、浪人したりすることに否定的な空気を感じていた。それが「地方女子」を取り巻く特有の環境だと気づいたのは入学後のことだった。

「首都圏出身の女子学生から、みんなとりあえず東大を目指し、ダメなら途中で志望校を下げるのが当たり前だったと聞いたんです。男子と女子だけでなく、首都圏の女子と地方の女子でこんなにも違うのかと驚きました。この意識の差はどこから生まれるのかを知りたいと思ったのが、#YCPを立ち上げたきっかけです」(川崎さん)

前例ない進学校の高校生調査 地方女子の壁をあぶりだす

「純粋な知的好奇心から活動を始めたんですが、都内の中高一貫の男子校出身の同級生たちから、『大学受験で地方の女子特有の障壁があるなんて、個人的体験を一般化しているだけでドグマティック(独善的)じゃない?』と言われて、そうか、環境が違い過ぎてこの問題を想像すらできない人たちがいるんだと。だったら、自分たちでデータで示すしかないと思いました」(江森さん)

どういう価値観・意識が地方女子の進学選択に影響しているのか。2023年、東大合格者が例年5名以上出ている全国の進学校に通う高校2年生に、研究者も手がけたことのないアンケート調査を実施。3816人から回答を得た。地方女子、地方男子、首都圏女子、首都圏男子の平均値の比較からは、歴然とした差があぶりだされた。地方女子は、難関大に進学するメリットを感じていないし、自己評価が低くロールモデルもいないため、「難関大なんて無理」と思いがち。資格を重視し成績が良ければ地元大学の医学部を選ぶ。浪人を回避する傾向が強い──。

地方で固定化されているジェンダーバイアス

さらに、女子学生や保護者へのインタビューからは「女子はそこまで頑張らなくても、浪人せずに行ける地元の大学に行くのが一番」という保護者世代の価値観が、女子の選択肢を狭めていることが浮き彫りになった。「それって数十年前の話なのでは?」と訝しむ人もいるだろう。本書のタイトルを見た人からは「Z世代が選ぶテーマとして古いのでは?」という声も寄せられたという。しかし、2人は言う。

「テーマが古いのではなく、古い問題がいまだに解決されていないだけ。地方では、古い考え方が嫌な人は外に出ていきますが、地元に残る人の間ではジェンダーバイアスがそのまま受け継がれ、固定化が起きているように思います」(川崎さん)

#YCPが目指すのは「全ての人が生まれついた地域やジェンダーにかかわらず自由に選択できる社会」の実現だ。しかし、同世代の男子学生からは、「ジェンダーギャップはとっくに解消されている。公平な入試で女子が少ないのは単なる能力の問題」「地方や女子のデメリットばかりを言い募り被害者面をしている」などという声も少なくないという。

「女子であっても、この本を読んで構造的差別が自分の選択に影響していたことに初めて気づいたと感想をくれた人もいます。古いとか自分には関係ないという人にこそ、まずは問題の所在を知ってほしい」(江森さん)

最終章では具体的な提言を盛り込んだ。特に重要だと指摘するのは、男女共同参画基本計画のなかで「難関大学の女子比率」の数値目標を掲げることだ。「人々の意識を変えるまでには時間がかかります。地方女子の背中を押すのに一番有効なのは、女子枠の設置や入試制度改革などを進め、『女子比率が高い難関大』を目に見える形で作ることです」(川崎さん)

では、企業に対して求めることは?

「女性管理職が増えないことと難関大の女子比率が低い問題がつながっていることを理解し、関心を持っていただきたい。採用では、難関大に来ることができなかった優秀な地方女子にもぜひ目を向けてほしいと思います」(川崎さん)

江森百花氏と川崎莉音氏の写真Emori Momoka
(写真右)静岡県出身、一浪で東大に進学。NPO法人#YourChoiceProject Co-Founder/ 代表。文学部人文学科社会心理学専修課程在籍。卒業後は広告会社へ。
Kawasaki Rion
兵庫県出身、推薦入試で東大に進学。NPO 法人#YourChoiceProject Co-Founder/ 代表。法学部在籍。卒業後は中央省庁へ。

Text=石臥薫子 Photo=今村拓馬