著者と読み直す

『ナショナリズムと 政治意識』 中井 遼

ナショナリズムは、どこにでもへばりつきカメレオンのように姿を変える

2024年12月16日

本日の1冊

『ナショナリズムと政治意識』  中井 遼

『ナショナリズムと 政治意識』中井 遼 表紙世界の政治が右傾化している、ナショナリズムが台頭しているとよくいわれる。だが、そもそも「ナショナリズム」とは何なのか。政治的な左右とどう関係しているのか。著者は、国際的な世論調査データの分析やファクトをもとに丁寧に解きほぐし、左右どちらとも結びつくナショナリズムのカメレオンのような多面性を浮き彫りにする。政治をめぐる言葉の使われ方がいかに国や時代によって異なるか、事例も豊富。(光文社刊)

普段私たちは何気なく政党や誰かの政治スタンスを「右寄り」「左寄り」と評したり、「リベラル」「保守」などとラベリングしているが、その根拠は何なのか。メディアが「ナショナリズムが台頭している」と報じるとき、往々にしてそこにネガティブなニュアンスが含まれているのはなぜなのか。そうした問いにすんなり答えられる人には「混乱」を、首をひねってしまう人には「整理するきっかけ」を与えたい。そんな目論見で書かれたのが本書『ナショナリズムと政治意識〜「右」「左」の思い込みを解く〜』だ。

著者の中井遼さんは、『欧州の排外主義とナショナリズム』で2021年度のサントリー学芸賞(政治・経済部門)を受賞した気鋭の政治学者。受賞作では、「グローバル化に取り残された経済的弱者が排外主義に傾倒する」という定説に対し、実際は排外主義と個人の経済的貧困に大きな相関はなく、むしろ相関があるのは「自分たちの文化を毀損されるのではないかという恐れ」であること、そしてその恐れが、学歴や社会経済的地位が高い人々にも広がっていることを、緻密なデータ分析によって明らかにした。

本書では、日本を含む幅広い国々で実施されている「世界価値観調査」のデータを用いて、政治的な左右とナショナリズムの関係性を考察している。私たちは「ナショナリズム≒右翼」と単純に整理しがちだが、中井さんは「ナショナリズムは多面的であって、人々の意識のなかで右とも左とも容易に結びつくもの」と論じ、それをデータ分析を通じて実証していく。筆致は淡々としているが、副題にある通り、読者は何度も自分の「思い込み」に驚かされるだろう。中井さんは、「3章あたりまでは私が学生の頃に授業で聞いた、政治学を知っている人にとっては特段目新しくはない内容も含んでいる」と言うが、一般読者にとっては十分刺激的だ。

ナショナリズムの包摂的な一面 「左」とも容易に結びつく

「排他的な主張を掲げるのは右派」「左派はリベラルで包摂的」といった捉え方では到底説明できないさまざまな事例が紹介される。2019年、「左派」の社会民主党が「反移民」の主張を掲げて政権を奪取したデンマーク。フランスでは、若く高学歴で多様な性志向の権利を擁護する「リベラル」な人たちが、マリーヌ・ルペン氏率いるナショナリストの国民連合を支持し始めている。韓国では左派政権にこそ対日強硬論を唱える人が多い――。こうした事象の背景には、一体何があるのか。

中井さんが、読み解くための「補助線」と位置付けるのはナショナリズムだ。本書によれば、ナショナリズムは人々を抑圧・排除することもあれば包摂的な働きを持つこともある。ナショナリズムは、「同じ文化を共有する」と見なした人々を平等に扱い、仲間同士で助け合おうとする側面があるからだ。ナショナリズムは出生や身分によって差別されてきた人々を解放し、同じ「○○人」として結びつけてきた歴史がある。だからこそ、左とも容易に結びつくのだという。

となれば、北欧で反移民が支持されている背景には、「同胞の努力で福祉を拡充してきたからこそ、限られたパイを分け合う対象に、外国人は含めたくない」といった心理が働いているという解釈も可能だ。実際に、研究者からそのような分析が出ているという。

アメリカ的用語の使い方は特殊 日本の現象を語るには適さない

「最近欧州では、ジェンダーに関してリベラルな考えを持つ人や、環境保護に肯定的な人たちがナショナリズムと結びついて、反移民を主張する現象も起きていて、私も注目しています。争点となるイシューが多様化するなかで、リベラルだから、あるいは保守だから、こう考えるはずだ、とは一概にいえなくなっています」

客観データに基づき、自らの価値判断を入れずに論を進めた中井さんが、唯一「メッセージ性を持って書き、結果的に強調することになった」のが最終章だ。日本の現象を考える際に参考になる国について、中井さんは「明らかにアメリカは適していない」と結論づけた。アメリカはさまざまな面で日本との結びつきも強いが、データ分析からは、自由民主主義社会のなかで最も愛国主義と排外主義が結びつき、「ナショナリズムが極端に右翼と結びつけられがちな国」であることが明らかになったためだ。

日本について議論する際に、アメリカと同様に「リベラル」という言葉を左派的含意のみで使ったり、ナショナリズムを排外主義とほぼ同義で使ったりすることについては慎重であるべきだ、という指摘にはハッとさせられる。反対に比較対象として参考になるのは、ドイツ、フランス、デンマーク、ポーランドといった大陸ヨーロッパの国々だという。国内外の政治ニュースを見て「なぜ?」とモヤモヤしたときに読み返したくなる、学びの多い1冊だ。

中井遼氏の写真Nakai Ryo 
東京大学先端科学技術研究センター教授。博士(政治学)。早稲田大学助手、立教大学助教、北九州市立大学准教授などを経て2024年より現職。主な著作に『デモクラシーと民族問題』、サントリー学芸賞を受賞した『欧州の排外主義とナショナリズム』など。

Text=石臥薫子 Photo=今村拓馬