来るべき介護離職リスクに備えて 萩原牧子
今でなくても、いつか。親の介護が必要になったとき、仕事との両立は可能なのか――。誰もが少なからず不安を抱えながら働いているのではないか。かつては、親の介護は兄妹で分担できた。そして、その役割の多くを専業主婦が担ってきた。そのため、家計を担う夫が、親の介護により働き方を大きく見直す必要性に迫られることは少なかった。しかし、少子化の進む今、介護を分担できる兄妹がいない場合もあり、また、女性の社会進出が進んだことから、妻が働いているケースも多い。他方で、一生涯結婚しない男女も増える昨今、介護をパートナーに頼ることができないひとも増えている。
超高齢社会に突入し、仕事と介護の両立を諦めて、離職するひとの数が増えるかもしれない。全国就業実態パネル調査(2016)によると、昨年1年間(2015年1月~12月)に介護を理由に離職した者は推定約11.2万人にのぼり[i]、その内訳は、40代が30.0%、50代が42.0%を占める。40代以上がほとんどであり、また、全体のうち28.0%が男性であった。介護を理由に離職するひとは、組織でマネジメントを担当する重要な立場にある年齢層であること、そして、かつてのように女性に限らないことがわかる。
介護離職につながりうる背景をもう少し確認してみたい。過去1年間に親・義親が要介護認定されたひとのうち、働き方を変えようと現在転職を検討しているひとと、していないひとの違いをみると[ii]、転職意向ありのほうが「配偶者はいない」という割合が男女ともに高い(図1)。そして、配偶者の働き方との関連をみると、男女ともに、転職意向ありのほうが「配偶者が正社員である」割合が高く、「配偶者が働いていなかった」割合は低い(図2)。つまり、配偶者がいないほど、また、配偶者がいても配偶者が働いているひとほど、そして、配偶者が正社員であるひとほど、転職を検討している傾向があり、親の介護をパートナーに頼れない状態であるほど、男女問わず、本人が働き方を変えることを検討していることがわかる。
図1 配偶者の有無と転職意向(男女別)
図2 配偶者の就業状態と転職意向(男女別)
目下、女性が出産・育児のライフイベントを経ても働き続けられる職場の環境づくりが進められている。女性の就業率が高まれば高まるほど、親の介護を理由に離職する男性の数が増えるかもしれないし、女性の退職リスクもより一層深刻なものになるだろう。
このままの状況を放置しておけば、企業はますます貴重な人材を失いかねない。では、どうすればよいのか。先ほどと同じ検証を、正社員に限定して、労働時間や休日のとりやすさで確認してみたところ、労働時間が長いひとほど(図3)、また、きちんと休日がとれていないひとほど(図4)、親が要介護認定された際の転職意向が強まる傾向が確認できた[iii]。
図3 週労働時間と転職意向(正社員限定)
図4 法定または所定休日(土日祝日)取得と転職意向(正社員限定)
企業は、親の介護があらゆるひとの離職理由になりうることを再認識したうえで、(これまでのように、出産・育児といった特別な理由をもつひとだけを対象にするのではなく)自社のすべてのひとを対象にこれまでの働き方を見直すことが重要になる。だれもがきちんと休日をとれるようにすることはもちろん、有休も躊躇うことなく申請できるような職場作りは、介護休暇の取りやすさにも繋がってくるだろう。また、必要に応じて残業しなくてよいひとを選ぶという発想ではなく、組織全体の仕事のやり方を改めて見直してみて、だれもが残業なしで定時で帰ることが当たり前の状態を実現することが大切だろう。
[i] 集計対象は60歳未満で、ウエイトバック(X997)をしている(以下同)。
[ii] 全国就業実態パネル調査では、離職意向については聞いていないため、現在の仕事の継続が難しい状態を、転職意向として捉えることにした。ここでは、働いているひとに限定して、「現在転職や就職をしたいと考えている」ひとを、転職意向ありと定義した。
[iii] 結果は割愛するが、労働時間や休日の取得状況は、親が要介護認定されていない場合も転職意向に影響を与える。しかし、親が要介護認定されているほうがより強い影響が見られた。
萩原牧子(リクルートワークス研究所 主任研究員/主任アナリスト)
本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。