正規雇用と非正規雇用の間の転職 照山博司
「同一労働同一賃金」が重要な政策課題となっている。その背景には、不合理な理由で非正規雇用労働者の賃金水準が低く、正規雇用労働者と労働環境(技能形成の機会や雇用の安定など)に差があるとする認識がある。このような正規雇用と非正規雇用の格差は、両者の間での転職が円滑に行われるならば、やがて解消に向かうはずである。ところが実際には、一向に解消する気配はない。そのため、正規雇用と非正規雇用間の転職を阻む要因が存在すると考えることは自然であろう。しかし、非正規雇用から正規雇用の仕事への転職に対する障壁の有無を、データから直接に計測し、検証することは難しい。そこで、このコラムでは、データから直接観察可能な、正規雇用と非正規雇用の間の転職発生の頻度について、「全国就業実態パネル調査」(2016年)によって調べてみることにしたい。
対象は調査時点で60歳未満の転職経験がある労働者である[注1]。 図1は、いまの仕事とひとつ前の仕事について、正規雇用、非正規雇用、自営業の間での移動割合をみたものである[注2]。前の仕事が正規雇用であった労働者の73%が転職後も正規雇用の仕事につき、19%が非正規雇用の仕事に転職している。正規雇用の仕事が非正規雇用の仕事よりも、賃金や労働環境の面でまさっていることを前提にすれば、労働者はその差を補うのに十分な理由がないかぎり、すすんでは非正規雇用の仕事に転職しないはずである。よって、7割以上が転職後も正規の仕事にとどまることは、正規から非正規の仕事への転職の困難さではなく、正規の仕事の優位性を反映している。
問題となるのは逆方向の転職、すなわち、非正規雇用から正規雇用への転職が十分にみられるかどうかである。非正規雇用であった労働者は、転職後も67%が非正規雇用にとどまり、25%が正規雇用の仕事に転職している。この数字は、非正規から正規雇用の仕事への転職が、全く阻まれているわけではないことを示す。そこで問題となるのは、転職後も非正規雇用形態である7割弱の労働者が、望んでそれを選択しているかどうかである。上述のように、正規雇用との差を補うだけの非正規雇用での働き方のメリット(短時間労働や転勤がないなど)があれば、労働者は自発的に非正規雇用の仕事を選ぶ。そのような労働者が大部分であれば、非正規から正規の仕事への転職の障壁が高いとはいえない。
図1 転職と雇用形態間移動
さらに話を進める前に、男女別の違いをみておこう。図2からは、男女にはっきりとした傾向の違いが認められる。まず、男性についてみると(図2-(1))、前の仕事が非正規雇用であった労働者のうちの37%は正規雇用の仕事に転職している。転職後も非正規雇用の仕事についている者は51%である。男性についてみれば、非正規雇用から正規雇用への転職は、非正規雇用のままでの転職よりもやや低い程度で、極端に差があるわけではない。一方、前職が正規雇用であった男性労働者の81%は次の仕事も正規雇用であり、非正規雇用となる者は10%にすぎない。
女性についてみると(図2-(2))、非正規雇用の仕事にあった労働者が、正規雇用の仕事に転職する割合は、男性の37%に比べるとかなり低くなって、21%である。74%が転職後も非正規雇用のままである。正規雇用の仕事から非正規雇用の仕事に移る比率も、男性の10%よりもかなり高く35%である。女性は男性に比べると、さまざまなライフイベント上の理由から非正規雇用を選択している可能性が高いという一般的な認識と整合的な値である。
それでは、非正規雇用の仕事から別な非正規雇用の仕事へ転職した労働者のうち、どれだけの人が本当は正規雇用の仕事につきたかったか、つまり、不本意に非正規雇用の仕事に転職していたのだろうか。それをみるために、非正規雇用労働者に、その仕事についている理由を尋ねた結果を参照しよう[注3]。図3をみると、前の仕事が正規雇用の転職者のうち非正規雇用に転職した者の割合19%のうちの3%ポイント相当が、不本意な転職だったことになる。同じく、前の仕事が非正規雇用の転職者のうち、次の仕事も非正規雇用だった者の割合67%のうちの9%ポイント相当は、不本意な非正規就業である[注4]。残る非正規雇用への転職の大部分は、理由はさまざまであるが、賃金や労働条件の差を埋め合わせるメリットが非正規雇用の働き方にあるための選択であるといえる。その意味では、働き方の多様性が活かされた転職といえよう。
図2-(1) 転職と雇用形態間移動(男性)
図2-(2) 転職と雇用形態間移動(女性)
以上をまとめてみよう。正規雇用と賃金・待遇の格差があるとされるにもかかわらず、非正規雇用の仕事からの転職者の4分の1しか正規雇用の仕事へ転職していない。しかし、これは、非正規雇用の職歴が正規雇用への転職を妨げているためというよりも、転職者が自発的に非正規の仕事を求めているためという側面が強いといえる。つまり、以上の事実は、正規雇用と非正規雇用の間でみられる格差は、非正規雇用からの転換に不合理な妨げがあるために生じているというよりも、非正規雇用の働き方の多様性から得られるメリットの代償として生じていることを示唆している。
図3 非正規雇用への転職
だから問題はないと結論を急いではいけない。正規雇用との賃金や待遇の格差などが、非正規雇用の働き方から労働者が得るメリットを考慮しても、大きすぎることはないか注意する必要がある。つまり、自発的といっても、最善の選択として非正規雇用を選んでいるわけではないかもしれない。また、いまは非正規雇用の仕事を自発的に選んでいるとしても、将来それらの労働者が正規雇用の仕事への転職を試みた場合に、望むように転職できるかどうかは、これらの事実からはわからない。それを知るためには、一歩進んだデータ解析が必要となる。たとえば、筆者らは「ワーキングパーソン調査」の結果を使って、非正規雇用の仕事から正規雇用の仕事への転職は、正規雇用から正規雇用へ転職するよりも困難である(非正規雇用を好む傾向や能力・資質などの個人間の違いを調整したとしても、前者の転職が起こる確率が小さい)ことを示している[注5]。
[注1] 調査時に「おもに仕事をしていた」と回答した者。
[注2] ここでは、勤め先の呼称が、「正規の職員・従業員」と回答した被雇用者および「会社などの役員」を正規雇用、「パート・アルバイト」「労働者派遣事業所の派遣社員」「契約社員」「嘱託」「その他」と回答した被雇用者を非正規雇用の労働者とした。自営業は、「自営業主・自家営業の手伝い・内職」と回答した者である。自営業から自営業への転職は、これらの自営形態や事業内容の変更があったものと思われる。
[注3] ここでは、いまの仕事についた理由を1つだけ選択する場合に、「正規の職員・従業員の仕事がないから」としたものを不本意な非正規雇用の労働者とした。他の選択肢は、「自分の都合の良い時間に働きたいから」、「家計の補助・生活費・学費等を得たいから」などである。
[注4] 複数選択をゆるして尋ねると、「正規の職員・従業員の仕事がないから」を選んだものは、正規雇用からの転職者の4%、非正規雇用からの転職者の14%となる。一択の場合に比べて大きく比率が上昇するわけではない。
[注5] Teruyama, H. and Toda, H. (2016) "Polarization and Persistence in the Japanese Labour Market," Works Discussion Paper No.9, Recruit Works Institute.
照山博司(京都大学経済研究所教授)
本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。