【特別鼎談】個が活きる人事制度改革 経営と人事の一体的な取り組みが鍵

2024年09月13日

昨今、多くの企業が人事改革に取り組んでおり、経営と人事がいかに一枚岩で改革に当たれるかが鍵となる。リクルートワークス研究所は「真・人事の役割」研究プロジェクトにて、「個が活きる」組織での人事の9つの役割を提案した。この特集では、人事の役割の1つである経営と一体になる取り組みを実践したアフラック生命保険(以下「アフラック」)にお話をうかがった。
日本で初めて「がん保険」を販売したことで広く知られるアフラックは、2021年から人財マネジメント制度改革を通じて人財マネジメントを大きく変革させてきた。この背景には何があったのか。また、変革を成功させ、企業や社員の成長につなげるためにどのような創意工夫があったのだろうか。

アフラックの代表取締役社長古出眞敏氏と人財マネジメント戦略担当役員として改革を主導する伊藤道博氏、千野翔平研究員の鼎談から、個の主体性を引き出す人事改革の要諦について明らかにしていきたい。

アフラックの代表取締役社長古出眞敏氏と人財マネジメント戦略担当役員として改革を主導する伊藤道博氏、千野翔平研究員

「超VUCA」時代を生き抜くため 人事制度の大変革を目指した

古出眞敏氏

―アフラックでは2015年、長期経営ビジョンの「Aflac VISION2024」を策定されましたね。

古出:日本における創業50周年にあたる2024年に向けて、「『生きるための保険』のリーディングカンパニー」から、「『生きる』を創るリーディングカンパニー」へと飛躍していくため、「Aflac VISION2024」を策定しました。がん保険や医療保険といった「生き
るための保険」をコアにしながら、当社が長年培ってきたノウハウや独自の経営資源を生かし、より幅広くお客さまの「生きる」をサポートすることを目指しています。

―なるほど。ところで、2020年に公表された中期経営戦略ですが、以前は「中期経営計画」だったのを「戦略」と変えたのはなぜでしょうか。

古出:例えば、ChatGPTが公開された2022年より前に、生成AI がこれほど世の中を変えると予想していた人は少なかったはずです。「超VUCA」と呼ばれる変化の激しい時代の中で3年計画を立てても、その通りにならない可能性が高い。だったら、3年間の戦略を決め、それに基づいて単年の戦術をアジャイル的に実行していこうという狙いが「戦略」という言葉に込められています。

―現在の中期経営戦略(2022~2024年)では、第一の柱として人財マネジメント戦略が掲げられています。

古出:現代の企業が持続的に成長するには、激しく変化する時代に対応する力が欠かせません。そのためには、社内に多様な人財をそろえ、彼らの力を引き出し、様々な環境変化に機動的に対応していくことが求められます。そこで、2022年から始まった中期経営戦略の第一の柱に人財マネジメント戦略を位置付け、人財こそが会社にとって最も重要な基盤であると強調しました。

古出眞敏氏

―人財マネジメント戦略の担当役員である伊藤さんは、今回の人財マネジメント制度改革をどう見ていますか。

伊藤:従来の制度では、社員が一定の年次に達しないと昇格対象にならないというようなルールに縛られ、窮屈な部分もありました。そのため、年齢等にとらわれず、意欲と能力のある社員にチャンスを与えることができないか、とよく考えていました。いきいきと働く社員が増えれば、会社にとっても絶対いいですよね。ですから、「社歴・年齢・性別に関係なく、意欲と能力のある人財が、自律的に働き、最大限に力を発揮しながら、主体的にキャリアを構築できる環境を実現する」ことを理念とした今回の人財マネジメント制度改革によって、当社はより良い方向に向かっていると実感しています。

経営戦略と各種人事施策の間に一貫性を持たせることが必要


―人財マネジメント制度改革の具体的な内容について教えてください。

古出:今回の人財マネジメント制度改革の大きなキーワードに、「主体性」があります。会社が社員に将来像を示すのではなく、社員一人ひとりが主体的に自分のキャリアを描いていく。そして会社は、それを実現するための機会を提供し、環境を整える役割である、と
明確にしたのです。それまではやや受け身的な姿勢であった社員がマインドセットを変え、より主体的に仕事をしたり、キャリアプランについて考えたりすることを期待しています。

千野:社員の主体性を高め、個を活かすべしという主張は、日本でも2000年前後から盛んになっていました。しかしそれから25年たった今、企業が個を活かし切れているかというと疑問符がつきます。私たちが企業で働く個人におこなったアンケートによれば、「個々の従業員が活躍できている」と回答した人は約25%に過ぎません。

理由は3つあると思います。1つ目は全社員を平等に扱わなければならないというルール、2つ目が組織の構造、3つ目が上司のマネジメントスタイル。これらによって効率性は手に入れたのですが、個々人が持つ特性や良さを消していたのではないかと思っています。従って、企業は上意下達で進めていくマネジメントスタイルから、いわゆる個が活きるマネジメントスタイルに変える必要があるのではないでしょうか。こうして企業の経営戦略やパーパスに向かって社員個人の力を最大限発揮できる環境を整えれば、「イノベーションの創造」「変化対応力の向上」「企業と社員のエンゲージメント向上による社員のモチベーションアップ」「多様性の受容による組織力強化」という4つの果実が得られるはずです。

古出:アフラックでは、「自分を創る。未来を創る。」という人財育成のタグラインを掲げています。これは、「アフラックという会社でまず自分自身を成長させてほしい。そして自分の未来を創ってほしい。それが結果的に会社の未来を創っていく」というメッセージです。社員に「この会社にいれば自分も成長できる」と思ってもらえるよう、我々経営陣も努力しなければなりません。

―納得です。ただ、社員個人の成長の総和が会社全体の成長につながるとしても、各自のベクトルがバラバラだと困りますよね。

伊藤道博氏

古出:そうです。ベクトルを合わせるには、企業のパーパスやコアバリューへの共感が重要と考えています。その上で、どうやって自分を伸ばしていくか考えてくださいと、日頃から社員に伝えています。

伊藤:社員にメッセージを伝える時、人財マネジメント制度で掲げる理念に対し、すべての施策が整合的であることは大切だと感じます。例えば、職務内容を詳しく記したジョブ・ディスクリプション(以下「JD」)を社内で公開するかどうかという議論は他社でもよくあると思います。アフラックでは社員の主体的なキャリア形成を促していますから、社員に目指すキャリアの道標としてもらうために、「当然に」JDを公開するという判断になります。仮にJDを公開しなかったら、社員は「この会社は言っていることとやっていることが違うな」と感じてしまい、理念が正しく浸透しなくなるからです。

―JDは社内にすべて公開されているのですか。

伊藤:そうです。私のポジションもそうですし、社長のJDも公開されています。社員が社長のJDを見て「私も社長の仕事をできる」と思ったら、チャレンジしてもらって構わないわけです。経営戦略と人財マネジメント施策の間に一貫性があることがポイントです。

制度を作るだけでは不十分。役員・社員のエンゲージメントも重要


―多様な人財の力を引き出すため、具体的にどんな制度を設けたのでしょうか。

古出:職務等級制度を基軸とした人財マネジメント制度を導入しています。JDに基づき、社歴、年齢、性別に関係なく、意欲と能力のある人財を配置・登用できる仕組みにしたのです。

伊藤:人財マネジメントは、制度を単に作るだけでなく、運用(実践)も大切にしなければ成功しません。実はアフラックでは2003年にも職務等級制度を導入したことがあります。当時は制度を作ったものの、様々な要因から定着しませんでした。

古出:今回は過去の教訓を活かし、マネジメントチームにコミットメントを持たせることや社員にエンゲージメントを行うことにかなりの時間と労力をかけました。
まず、各部門を代表する役員でチームを作り、約120時間かけて人財マネジメント制度改革の議論を行いました。これだけの時間をかけたのは、人財マネジメント部門以外の役員にもコミットメントを持たせるためです。なぜこのような制度が必要なのか、などを各役員が自分の言葉で話し合うことにより、マネジメントチームでオーナーシップが共有されました。そうして経営陣が一枚岩になっているのが見えると、社員にも本気度が伝わり、変革が加速します。

また、ダイバーシティ&インクルージョンの推進やアジャイル型の働き方など、様々な施策に同時並行で取り組んでいたことも、人財マネジメント制度改革がスムーズに進んだ要因だと思います。逆に、この改革がなければ、他の取り組みもうまく行かなかったと思います。すべてはつながっているのです。

伊藤:人財マネジメント戦略は目的ではなく、経営戦略を実現するための手段です。会社が目指していることがきちんと社員に伝わることで、初めて人財マネジメント制度改革の必要性も正しく理解してもらえます。

千野翔平研究員

千野:古出さんと伊藤さんの話を聞いて素晴らしいと感じたのは、経営と人事が一枚岩になっていることです。人事改革に取り組む企業はたくさんありますが、人事責任者以外の役員が他人事のように傍観しているケースは珍しくありません。それに比べ、アフラックでは古出さんを筆頭に各部門を代表する役員がプロジェクトチームを組み、会社全体で取り組むべき最重要事項だと明確に打ち出しています。これが成功の要因ではないでしょうか。

古出:そうかもしれません。また、社員の意識が変わったという要素も大きいと感じます。会社と社員の関係は「選び、選ばれる関係」に変わってきており、「アフラックで働きたい」と社員に感じてもらえるような人財マネジメントを実行しなければならないと考えています。

―人財マネジメント制度改革を行ったことで、トップと社員のコミュニケーション内容は変わりましたか。

古出:経営陣と社員で対話する「タウンホールミーティング」などを通じ、社員と双方向で対話をしているのですが、経営陣と本音で話せる企業風土が定着しつつあると感じます。また、人財マネジメント制度の理念と実際の運用が異なると、社員は会社に不信感を覚えます。しかし、アフラックではそうした状況に陥らないよう、制度の理念を実現するための運用を徹底することで、会社に対する信頼度を高められています。

人事に必要なマーケティング機能とコンサルティング機能


―伊藤さんは今後、どのように人財マネジメント部門の改革を進めるつもりですか。

伊藤:「マーケティング機能」と「コンサルティング機能」という2つの方向性を考えています。どちらも、従来型の中央集権的・官僚的な人事にはなかったものでしょう。

―興味深いですね。ではまず、マーケティング機能について聞かせてください。

伊藤:これからは、人財マネジメント部門が直接指示するのではなく、現場や社員の主体性を引き出す力が求められると考えています。例えばアフラックでは、社員がキャリアプランを検討するために様々な部署の仕事内容を知ることができる社内版の合同説明会「キャリアEXPO」を開催しています。人財マネジメント部門が参加を強制するのではなく、良い人財が欲しい部門は自部門の魅力をPRするためにぜひ「場」を使いたい、社員もキャリアを考えるきっかけとしてぜひ参加したい、となるような「仕掛け」を考える。まさにマーケティングですよね。社員や現場を顧客ととらえて施策を考えていくことが、人財マネジメント部門の役割になりつつあります。

―よく分かりました。では、2つ目に挙がった人財マネジメント部門のコンサルティング機能についてはいかがでしょう。

伊藤道博氏

伊藤:背景にあるのは、「部門型人財マネジメント」という考え方です。人財マネジメント制度改革に合わせて、各部門に人事権を委譲しました。各部門において機動的な業務運営を行いつつ、人財一人ひとりと丁寧に向き合っていくためには、各部門で自律的に人財マネジメントを行う必要があるためです。ただし、各部門のリーダーは必ずしも人財マネジメントのプロではありません。そこで、人財マネジメント部門は専門的な知見やデジタル技術を活用し、全社最適の観点で各部門の人財マネジメントの支援・コンサルティングを行います。こうした役割を明確にするため、「人事部」から「人財戦略部」に名称も変えました。

古出:「部門型人財マネジメント」になる以前は、例えばある社員の昇格を検討する場合、各部門が社員を推薦し、人財マネジメント部門が昇格の可否を判断していました。そして昇格できなかった場合、推薦した上司は部下に「私は君を推薦したけど、人事がね」と言うことができました。ところが今は、どのポジションに誰を任命するかは原則として各部門に決定権があります。上司は、希望するポジションに就けなかった部下に対し、その理由を説明する責任があります。

このように、「部門型人財マネジメント」のもとでは、上司が部下と真剣に向き合わなければなりません。部下のキャリア形成も、社員一人ひとりと向き合って支援していかなくてはなりません。今や管理職の役割は業務遂行だけではなく、部下の人財育成も含まれています。業務多忙を言い訳に人財育成をおろそかにする管理職は、管理職の職務を行っていないと言わざるを得ません。

伊藤:他方、現場だけでは解決できないような課題もあります。そのような各部門における人財マネジメント上の重要課題については、各部門のメンバーと人財戦略部でタスクフォースを作り、一緒に協議するようにしています。

―人財マネジメント部門と現場がタスクフォースを作って人事課題を解決するのは、他社でも参考にできるやり方ですね。

伊藤:そう思います。そしてこのやり方は、新たなHRBPの形だと私は思っています。現場の意見を御用聞きのように聞くだけではダメだし、反対に、専門性があるからといって人財マネジメント部門だけで考えるものでもない。人財マネジメント部門と現場が一緒になって問題解決を目指し、もし全社的な枠組みづくりや新たな制度の策定が必要なら経営レベルで議論して決めていくのが、HRBP の新しいモデルと思ってチャレンジしています。

千野:ここまで聞いていて、2つのことに気付かされました。
1つ目は、アフラックでは人事の試行錯誤が一定程度許容されていることです。ですから、人事は失敗を恐れずチャレンジし、それを経営陣がサポートする。その繰り返しが結果として、イノベーションの創出や他社との差別化につながっているのではないでしょうか。
2つ目は、経営と人事の戦略をストーリーとして語ることの大切さです。人事は制度や規則を大切にする反面、それらの制度がなぜあるのか、なぜ新しい制度を導入しなければならないのか十分に説明できていないケースが珍しくありません。ところがアフラックの人事では、制度導入の意義をストーリー仕立てにしてうまく説明しています。ここが、人事の役割を転換する際の大きなポイントではないかと感じます。

古出:おっしゃる通り、新制度を導入する目的や背景、つまり千野さんのおっしゃる「ストーリー」を伝えることは大切ですね。我々も社員に対し、制度の背景にある理念をしっかり理解してもらうよう努力しています。
鼎談風景の写真

―古出さんと伊藤さんが今後取り組みたい施策はありますか。

古出:伊藤が主導して、HRテックの取り組みを進めています。人財に関するデータを可視化し、経営や現場で活用できる仕組みを整えることが目的です。おかげで、社内で透明度高く情報が共有されるようになりましたし、部門型人財マネジメントもやりやすくなっていると思います。また経営陣としても、人財に関するデータを把握できるようになり、データドリブンでの議論ができるようになりました。

伊藤:私は、人財マネジメント戦略を通じて、さらに会社の中長期的な成長に貢献していきたいです。これまでは個人の主体的なキャリア形成に焦点を当ててきたこともあり、社員の意識は大きく変わってきたと考えています。今度は、経営戦略の目線から、どの部門で将来どんな人財が必要なのかという人財ポートフォリオを設計し、社員の主体的なキャリア形成と紐づけた計画的な人財育成を進めたいと考えています。

古出:こうした人財育成についても人財マネジメント制度を効果的に運用することで、将来のアフラックを担う人財がどんどん育てば嬉しいですね。

千野:人事制度の質は今後も高めていく必要があると思いますが、それだけではダメなのでしょうね。古出さんと伊藤さんにご指摘いただいたように、運用面で様々な工夫を凝らしたり、人事の役割を転換する取り組みを進めたりしなければ、人事制度改革はうまく進まないのだと改めて感じました。そして、人事制度改革は経営戦略の目的達成のためにあるというご指摘にも納得です。人事と経営をしっかりブリッジしていく。そして、経営と人事が一枚岩になっていくことが求められるし、重要であるということが、これから変革を目指す企業にとっては大きなヒントになると思います。

関連する記事