【鼎談】労働需給シミュレーションから見えてきたもの
現役世代の急減と高齢人口の増加という試練の時代が始まろうとしています。人口動態の急激な変化によって必要な労働力の需要と供給のバランスが崩れ、2040年には1100万人余の不足が見込まれています。私たちが直面するのは単なる人手不足ではありません。誰も経験したことのない慢性的な労働供給不足です。
この「労働供給制約社会」において最も懸念されるのは、生活の維持に不可欠な配送やゴミ処理、災害からの復旧といった「生活維持サービス」の崩壊です。労働供給制約下に組織や個人はどう備えればいいのか。企業と従業員の関係性はどう変わるのか。立教大学経済学部教授の首藤若菜氏を招き、労働需給シミュレーションが示す将来像を掘り下げます。労働供給制約社会の「危機」の先には「希望」もある。データで将来を見通したうえで、より良い未来のためのヒントを議論していきます。
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古屋:労働供給制約社会の到来によって、私たちは著しい困難に直面するのは避けられません。しかし、私は希望も感じています。例えば、企業と従業員の関係性がフラットになれば、サスティナブルな労働社会を築くきっかけになるかもしれません。労働供給制約という危機を共有しつつ、希望も論じ合える鼎談にしたいと考えています。ではさっそく、労働需給シミュレーションの概要説明に入りましょう。
中村:このシミュレーションは労働政策研究・研修機構の推計方法を参考に実施しました。日本全体では、2040年に1100万人余の供給不足が生じると予測しています。労働需要は大幅な経済成長が見込めない中、ほぼ横ばい。一方、労働供給は人口減少を反映して右肩下がりになります。この結果、生活維持に不可欠なサービスが多岐にわたって制約される恐れがあります。とりわけ、介護サービスや保健医療の専門職は需要の伸びに対し、供給が追い付かない状況が顕在化します。建設や輸送、接客なども大幅な供給減に。事務職なども2032年に需給が反転し、不足に陥ります。都道府県別では、東京都以外の全道府県で供給不足が見込まれます。
女性労働力アップのポイントは男性の労働時間減
首藤:生産年齢人口は1995年以降減少していますが、女性の労働力はこの間ずっと伸びています。女性の就業者数はどう見積もられていますか。
中村:さらに伸長する推計となっています。例えば、30 ~ 34 歳の有配偶女性の場合、労働力率が2021年の71.5%から2040年には83.5%に上がる推計結果となっています。
首藤:女性の労働力は今後も伸びるけれど、それでもまだ全体の労働供給は大きく不足するという見通しですね。恐ろしいですね。
古屋:私たちはいわゆる「ガラスの天井」を打ち破って女性の労働力は伸びる、伸ばせると想定しています。そのうえで、男性と同等の水準まで届くかは重要なポイントですね。
首藤:ここはまだまだ改善の余地がある。私はそうあってほしいと思っていて、施策を打つことで就労者数も労働時間も伸ばせると考えています。ただ、女性労働力の比率を上げていくうえで大事なポイントは、男性の労働時間を下げることかもしれません。
古屋:本当にそうですね。育児や介護、家事サービスの担い手が女性に偏る状況が続くかどうかも女性の社会進出に大きく影響しますね。
中村:このシミュレーションモデルは先行研究を踏まえ、男性は年齢階級別、女性は有配偶と無配偶に分けて推計しています。男性もこの先、家庭内での役割分業や労働時間に変化が生じることも念頭に予測していく必要性を感じます。
古屋:女性だけ有配偶と無配偶に分けて推計する、という手法が一般的であること自体、問われるべきなのかもしれません。
首藤:でも分けないと、なかなか実態に迫れない面もあります。
古屋:そこはパラダイムシフトが必要というわけですね。
首藤:すごく重要です。政府の「異次元の少子化対策」も女性のみならず、男性にとっても有効でないと機能しないと思っています。あと、シニア男性の働き手の伸びが全体の就業者の減少をカバーしてきた面もありますが、今後はこの層も伸びを期待できない。となると、労働力が下げ止まった後の社会はそれなりに安定するかもしれませんが、縮小していく過程の体感がものすごくきついのではないでしょうか。
古屋:労働市場を考えると、この瞬間に少子化対策が大成功を収めたとしても2040年時点で彼らはまだ高校生。厳しい労働力不足に直面するのは現在高齢の方々ではなく、私たち現役世代です。
個社の生産性向上の努力が全体最適にならない現実
首藤:私は調査研究を通じ、物流業界の切実さを実感しています。御社の『未来予測2040』には、ドライバーがいないために荷物が届けられない地域が発生し、「荷物が届くかどうか」が、人が住める地域を決めるようになる、というシナリオも提示されています。こうならないために次々と手を打たなければいけません。
肝は生産性の向上です。例えば、10トントラックを20トントラックに切り替えれば1人で2倍の量を運べます。ただ、小規模事業者が多い中、保有している車両の減価償却も考慮しなければならず、むやみに車種変更できません。生産性の向上に何が必要かという議論と、各プレイヤーが必要な行動を取れるのかは別問題です。物流業界は過当競争に陥り、低運賃・低賃金の構造的問題を抱えています。マクロデータを見ると人手不足は明白ですが、ミクロな労働現場を見てきた私の肌感覚として、適切な人員配置がなされていない面も指摘せざるを得ません。
中村:事務などの面で無駄が多い、という議論は私たちも行ってきました。業務の偏りやミスマッチなど個別の問題が多いと感じています。
首藤:無駄を排除するためには各企業が個別に取り組むのではなく、マクロな施策が必要です。日本が誇る「ジャストインタイム」の生産管理システムは必要なものを必要な時に必要な分だけ供給するため、在庫を抱えず非常に高い生産効率を保つと評価されています。しかし、その土台を支える輸送トラックは何度も小分けして運ばざるを得なくなるため積載率が下がり、生産性が著しく低下します。製造現場で高い生産性を実現しているシステムも、運送システムの面では生産性の低下につながっている。これは運送業界が努力をしていないからではなく、努力してジャストインタイムを支えているがゆえに生じているコスト=無駄です。つまり、個社レベルの生産性向上は必ずしもマクロな生産性向上につながるとは限らない。産業構造や企業間競争を踏まえつつ、個別最適が全体最適にならない実態に社会全体としてどう向き合うかが問われています。
「ワーキッシュアクト」が生み出す“逆流”の可能性
古屋:個社の努力が全体の労働効率を下げているかもしれない、というお話で浮かんだのは、私たちが「ワーキッシュアクト」(Workish act)と名付けた動きです。これは、「誰かの困りごとや手助けしてほしいという気持ち」(労働需要)に本業以外で力を貸す多様な人たちの活動を指します。例えば、介護の資格を持たない人たちに施設のレクリエーションの手伝いやホームページの管理といった「小さな仕事」をシェアする取り組みがあります。介護福祉士は人手不足の中、施設内のあらゆる業務を担っています。しかしこれは、施設全体の運営の質を考えた時に本当に正しい努力と言えるのか。外部の担い手を取り込むことで介護福祉士にしかできない専門分野に注力できる好循環が起きています。
首藤:ワーキッシュアクト、すごく面白いなと思いました。
古屋:「仕組み化」が大切だと思っています。例えば、健康維持のためにジムのルームランナーで走るだけなら誰の助けにならなくても、おそろいの鮮やかなユニフォームを着て街頭を走れば防犯活動も兼ねられる。報酬も大事な要素です。金銭でも地域通貨でも社会的承認でも。楽しくて報酬も得られる仕組みが活動の継続性を支えています。
首藤:他者から評価されれば私たちは意義や価値を実感できます。報酬は大事ですが、経済的報酬だけの議論ではないと思います。以前、家事労働を金銭に換算して貢献度を数値化する議論がありましたが、私は違和感がありました。経済的な裏付けがなくても、私たちはその価値を認識しているはずです。
中村:よく分かります。自宅近くに子どもやペットを預かってくれる飲食店があり、私もお世話になったことがあります。金銭的な対価は払いませんが、感謝の言葉を伝えることでお互いの心が温まる、心地よい場だと感じています。
首藤:そういうことって社会生活において当たり前じゃないけど、当たり前になってほしいことですよね。同時に「やりがい搾取」にならない仕組みも必要です。
古屋:ワーキッシュアクトという造語を提示した背景には、哲学者ハンナ・アーレントの指摘があります。人間の活動は「労働」「仕事」「活動」に分けられ、それらが人間を他の動物から区別している。しかし、近代社会は「労働」(生物が生きるために行うこと、近代以降の人間においては賃金労働)がすべてとなり、「仕事」や「活動」は押しつぶされつつあると彼女は説きました。私たちはこれを逆流させる現象が起きると考えています。いろんな人が本業以外の様々な活動に関わり、その意義を評価し合う。そうしないともたない社会になる。そんな、近代以降の労働の概念を変える逆流現象が日本の労働供給制約社会の局面で起きるかもしれない、と私は考えています。
「The war for talent」から「War is over」へ
中村:首藤先生は大学でキャリアセンター長も兼務されていますが、最近の学生さんは労働条件に対する感覚も変わってきているのではないですか。
首藤:そうですね。賃金よりも労働時間や転勤の有無を重視する傾向が強いと感じます。結婚後も転勤しないで働き続けられるのか、といった要素も大事なようです。
中村:就職面接で求職者の側から「転勤はありますか」と質問できる空気もあると聞いています。
首藤:社会の認知も随分変わってきたということですね。
古屋:ぜひお伺いしたいのが、労働供給制約社会の中、企業と従業員の関係性はどう変わるのかという点です。先日、外資系コンサルの方とディスカッションしていた時に「War is over」という言葉が出ました。「The war for talent」(才能をめぐる企業間競争)という言葉が一時話題になりましたが、労働供給制約社会においては「その闘いも終わる」と。買い手と売り手の関係性が入れ替わり、労働者側が強くなるという見方です。
先日、地方の若手経営者の方たちと懇談の機会がありました。その席で海運業者の社長が「今年は1人しか採用できなかった」とこぼされました。その採用に至った高校生は面接の際、初対面の社長に向かって「私、火曜日と水曜日は残業できませんけど、よろしいでしょうか」と告げたそうです。
首藤:すごい。それって許されるんですか(笑)。
古屋:就職面接の場で労働条件の交渉をする、という感覚はその高校生にはなかったと思いますが、そういうことが言える環境の変化は起きています。
スキルを生かし、誇りを守る労働移動
首藤:一方で、非正規で働く人が増え、賃金が上がらない現実もあります。今年の春闘で強調された労働条件の底上げが、どこまで波及するのか気になっています。
古屋:格差拡大を防ぐ手立てとして最近考えているのが技能習熟の問題です。特に現業系の仕事について、習熟の範囲が狭いという理由で賃金体系が抑制されていいのか。今後もそれで社会は成立するのか。
首藤:その解は2つあると思います。まずどんな仕事に就いても1日8時間、週40時間働けば普通の生活ができる賃金水準にしないといけない。これは最低賃金の引き上げに尽きます。もう1つは、本人が希望すればこれまでのスキルを生かす形でより高い賃金が得られる仕組みを作ること。例えば、介護の隣接分野には看護という職があります。コロナ禍にたくさんの高齢者が病院に運ばれた時、看護師とともに介護士も対応しました。介護士は看護師の賃金水準に及びませんが、介護士経験のある人のスキルを評価し、准看護師や看護師の資格試験のうち何科目かを免除して労働移動できるようにする、そんなキャリアパスの仕組みもあっていい。多くの人は自分の仕事に誇りを持っています。その誇りを維持したまま隣接業界に移動できれば雇用の安定にもつながります。リスキリングも否定しませんが、個人の裁量にすべて委ねるのは危険です。そうなると、深刻な人手不足にもかかわらず、長期失業者が大量発生するリスクがあります。
中村:聞いた話ですが、ある製造業で本業とは関係のない工場に出向させる形で雇用を守ってきたそうです。その結果、人件費を抑えられはするのですが、社員は仕事を通じた能力開発や訓練を受ける機会を逃すことになるため、長い目で見れば厳しい状況に立たされることもあるようです。このようなケースを考えると、雇用を守ることが本当に誠実と言えるのか、よく分からない面もあります。
首藤:参考になりそうなのが百貨店業界の取り組みです。百貨店は店舗閉鎖に伴う失業者の増加を抑えるため、本人が希望すれば別店舗に異動して雇用を守っています。例えば、閉店した地方の百貨店の従業員が新宿の本店に異動する。そうなると本店で人が余り、そこでも雇用調整をしないといけなくなる。異動による雇用調整では対応しきれないほど全国で閉店が相次いでいるため、新たな雇用先が必要になります。そこで労使が取り決めたのは出向による雇用維持です。銀行のATMの傍らに時々、案内係のような人が立っていることがあるでしょう。あれって百貨店からの出向者がすごく多いんです。
古屋・中村:そうなんですね!
首藤:銀行も百貨店で勤務経験のある方の接客能力の高さを買っているわけです。地方の店舗閉鎖に伴って都内の店舗に異動したものの、親の介護などのため帰郷を希望する従業員も増えています。そういう人は提携先の地方銀行に出向させる形で地元に戻しています。土日も開店している百貨店に比べて銀行の労働時間は短く、百貨店が賃金を補填するシステムもあり、対象者に歓迎されている面もあるようです。百貨店は試行錯誤を繰り返し、この出向形態にたどり着きました。労働市場に放出されていれば、銀行に再就職するのは難しかったと思います。日本は労働市場の硬直化が指摘されますが、企業内市場はすごく流動的です。
古屋:出向という「小さく変えていく」形で長期に労働市場から外れてしまうリスクを低減しているわけですね。本日のお話で、労働供給制約社会においては個人も企業も小さく変わりながら変化に対応していく大切さを知り、そこに希望も感じられました。本日はありがとうございました。
首藤:私も貴重な予測に接することができ刺激的でした。ありがとうございました。
Photo=平山 諭