補論》労働投入量の減少は、経済にどの程度のインパクトを与えるか
ここまで、労働投入量と経済成長との関連について、一国のマクロ経済全体における動きを概観してきた。これまでの分析では、(1)実質GDP(2)労働投入量(就業者数×1人あたり年間労働時間)(3)生産性の3つの要素が互いに独立しているという仮定が暗黙の前提となっている。
しかし、実際にはこれらが密接に関連していることは想像に難くない。たとえば、労働投入量が減れば、優先度の低い仕事にかける時間を優先的に減らすことになる。すると、その結果として、生産性は上がるだろう(経済学の分野では限界生産力逓減の法則と呼ばれる)。
このように、労働投入量の減少は生産性を上昇させる効果ももつため、その効果も勘案しなければ、労働投入量の減少が経済に与えるインパクトを正確に測ることはできない。
労働投入量の伸びと実質GDPの伸びには強い正の相関関係がある
そこで、ここでは、1994年から2017年までの23年間の業種別の実質GDPと労働投入量、労働生産性のデータを用いて、その関係性をより厳密に分析してみたい。
まず、1994年から2017年までの実質GDPと労働投入量の年率の平均の変化を業種別にみる。(図表5)
図表5 業種別の労働投入量と実質GDPの変化(23年間の年平均成長率)
ここから、労働投入量の伸びと実質GDPの伸びは強い正の比例関係にあることがわかるだろう。業種別に毎年の変化をプロットしても同様の傾向がうかがえる。(図表6)
経済における需要が拡大すればその分労働投入量の拡大が必要であるし、逆に、労働投入量を減らせばその分経済規模が小さくなることが、現実なのである。
図表6 業種別の労働投入率と実質GDPの変化(前年比)
労働投入量を1%減らせば、生産性は0.37%上昇するが、実質GDPは0.63%減少する
次に、業種別のデータを利用して、パネル固定効果分析を行ってみよう。
労働投入量を変化させたときに、実質GDPや生産性をどの程度変動させるのかを推定する。具体的には、被説明変数を実質GDP(対数値)に、説明変数を労働投入量(対数値)にして推計を行い、労働投入量のパラメータを推定している。
この推計から、労働投入量が1%減少したときの実質GDPと労働生産性の変化を表してみる。(図表7)
全期間(1994年から2017年)では、労働投入量を1%減少させれば実質GDPは0.63%減少する結果になった。
図表7 労働投入量が1%減少した時の実質GDPおよび労働生産性への影響
一方、労働投入量を1%減少させれば生産性は0.37%上昇する。つまり、労働投入量を減少させると、生産性が上昇するのは事実なのである。しかしながら、労働投入量の減少による生産活動の縮小効果がそれを上回るため、結果として、やはり労働投入量の減少によって経済は縮小してしまうのだ。
なお、直近の景気拡張期(2002年から2008年と2013年から2017年)に絞って分析をしても、若干、経済への影響が小さくなっているものの、その数値に大きな変化はみられない。働き方の見直しが進んでいるなかでも、このような経済のメカニズムは依然として働いているのである。
長時間労働の是正と景気の回復の両立は、見せかけの関係でしかない
以上の分析からわかることは、長時間労働の是正など、労働投入量を減少させる政策が経済に負の影響を与えるのは、厳然たる事実であるということだ。昨今の働き方の見直しは、景気のための他の諸施策と同時並行で行われている。このため、労働時間の削減と景気の回復が両立しているようにみえるが、それは見せかけの関係でしかない。その前提に立ったうえで、いかに経済への影響を抑制しつつ、働き方の見直しを行うかということが、今、問われている。