自己責任で取り組んでもらい、管理は最小限に留める:新生銀行
お堅い職場の代表といわれるのが銀行である。副業などもってのほか、という雰囲気が濃厚だが、時代は変わった。2018年4月、大手銀行で初めて副業を解禁した新生銀行の人事担当者に、その理由と実情を伺った。
副業推進の動きはトップから
― 2018年4月に副業を解禁した背景を教えてください。
天明:それ以前は家業があるため、親族として役員に就かなければならないといったような場合のみ、特例として認めていました。
とはいうものの、2018年以前から当社には副業を容認するような雰囲気があったのは事実です。何より多様なバックグラウンドをもった多様な人材がいきいきと活躍できる職場づくりを心掛けてきました。誰もが一律の時間に出社し、同じ時間帯で働かなくても、別に構わない。一人ひとりが仕事のパフォーマンスをきちんと発揮している限り、就業時間以外の時間をどう使うかは各社員の自由に任せる。そこまであれこれと会社がコントロールするのは間違っていると。
そんな下地があったところに、世間でも副業を解禁する企業が次々に現れ、当社も踏み切ったというわけです。新人を対象外にする会社もあるようですが、当社は全社員を対象にしています。
― 導入を決めたとき、社内の反応はいかがでしたでしょうか。
魚崎:制度の概要を社内掲示した際、ベテラン層から「銀行に、こんな(斬新な)制度を導入するのか」という反応がありました。ただ、制度の導入には当時の社長が関わっており、そのリーダーシップが推進力になったものですから、表立って反対する社員はいませんでした。
― 社長が導入に熱心だった理由とは何でしょうか。
魚崎:理由は3つほど考えられます。まず1つは他流試合効果です。同じ人間関係にどっぷり漬かっていると人間は成長しにくい。そうではなく、別の人と別の仕事をする機会があったほうがいい、と考えたようです。
2つ目にキャリア意識の涵養です。いざ、副業しようと思ったら、もともと稼げるスキルを備えた社員は別ですが、多くの社員は「自分は何ができるだろうか」と考える。つまり、副業を志すことがスキルの棚卸しになるとも考えたようです。
3つ目は世の中の趨勢です。当社は2017年、フリーランサー向けの金融商品やサービスの開発に向け、クラウドソーシング事業を展開しているランサーズとの資本業務提携に踏み切っています。フリーランスはご存じのように、副業者、兼業者と重なりあいます。組織の壁がどんどん低くなり、外からフリーランサーや副業者、兼業者を受け入れるとともに、社員という身分を保ちながら、副業や兼業という形で、他社でフリーランスとして活躍する人も増えるだろう。そうした動きに対応するためにも、当社社員にも副業を認めるべきだ、と考えたようです。
天明:もう一つ付け加えるとしたら、対外アピールでしょうか。副業も可能な、自由で風通しのいい金融機関というのは、採用市場においていいイメージを発揮し、よりよい人材が振り向いてくれるだろうという考えもトップにあったでしょう。
承認制だが、実質は届出制
― 副業を希望する場合、どのような社内手続きが必要なのでしょうか。
天明:希望者はまず、所属する部署の所属長に概要を伝えます。業務内容や予想される就業時間に問題がなければ、人事部に申請書を提出し承認を得るプロセスに移ります。
申請内容は、目的、内容、個人事業主型か他社雇用型か、就業の場所、就業時間、副業先と当社との資本関係や取引の有無、などです。A4一枚に収まる内容で、最後に記名し、上司の印鑑をもらって提出してもらう形ですが、その中身を人事部が厳しく精査するというわけではありません。形式を満たしていれば、すんなり認められており、承認制とはいいつつも、実質は届出制のように運用しています。
申請書の裏面が誓約書になっています。会社の信用を毀損したり、取引を妨害するような仕事には就かないこと、あくまで自己責任で行うこと、運悪く労災に遭った場合、副業先の収入だけが保険金の算定基準になること、副業を理由に異動や転勤を拒否できないことなど、副業従事にあたって守るべき事項が列挙されており、これらの遵守を誓約してもらいます。
― 自己責任というのは結構強い言葉ですね。
魚崎:はい。万一、副業に関連し、何か問題を起こした場合―たとえば本業における遅刻や欠勤もそうですが―会社内での評価の低下もやむなし、ということでしょうか。
― それはある意味、当たり前ですね。副業開始後の報告義務はあるのでしょうか。
天明:あります。月に1度、副業先での実際の業務内容および就業時間を人事部に報告してもらいます。健康管理、雇用型の場合の割増賃金の発生抑制と社会保険加入免除という3つの視点から就業時間数に制限を付しています。具体的には週20時間未満(20時間以上になると、副業先で社会保険加入義務が生じてしまう)かつ月平均30時間以内、また退勤後の就業は4時間未満としています。
毎月の報告義務はあるが、中身は最小限
― 毎月、かなり詳しい報告が必須なのでしょうか。
天明:いいえ、業務内容も時間も詳しく報告する必要はありません。もし何曜日の何時から何時まではこの仕事に従事したというところまで記載してもらうと、報告だけで手間がかかる。せっかく、副業をやりたい人はやってください、という制度をつくったのに、やればやるほど、やる気がそがれてしまう。それは本末転倒だと考え、最低限の報告でよしとしています。
― 副業の上限時間を決めているとのことですが、雇用型副業で本業が忙しくなった場合、副業もあわせた総労働時間が一定数を超えると、割増賃金の支払い義務が生じます。それを抑制するために、本業が忙しいときは副業を抑制してください、という管理をしていますか。
天明:それはやっていますね。先ほどもお話ししたように、割増賃金が発生しない範囲で働いてもらっています。実際、副業先と当社あわせて週40時間以内に収めてもらうなど設定しています。その場合、副業先で働けるのは週3時間程度となり、長時間の従事はできないというのが現状です。
― 雇用型副業に従事する社員は少ないのでしょうか。
天明:そうですね。該当者は残業が比較的少ない社員に限られます。たとえば、スイミングクラブのインストラクターを土曜日に1コマ担当した、という例がありました。
― 副業をする場合、たとえば、どこかで講演したり、学校で教えたりするとき、新生銀行という名前を出していいのかどうか。社名の取り扱いはどうなっていますか。
天明:個人の活動ですので、副業においては社名出しはNGとしています。社名を出して個人的な活動を行う場合は、副業とは別の申請が必要になります。
会社にとってのメリットは必須ではない
― 先ほど、トップが副業解禁に熱心だったというお話を伺い、副業が各社員や会社にもたらすメリットについてもお聞きしました。一方で、就業時間以外の時間の社員の活動に会社が口をはさむことのおかしさもお話しされました。副業解禁に関する会社側のメリットはやはり必須なのでしょうか。
魚崎:副業を認めることが会社にとってメリットになる―たとえば、社員が新たなスキルを身に付けたり、新しい人脈を築いたり―のであれば、それに越したことはありませんが、会社のメリットにならなければ副業を認めない、というわけでもありません。たとえ会社にとってのメリットがなくても、社員自身にとってやりたいことがきちんとできる状態を用意するべきなのだと思います。
天明:会社への還元を必須にすると、還元の度合いを測らないといけなくなってしまう。それは大変ですし、そもそも還元できるレベルまで何かしらのスキルを磨かないと副業は認められない、ということになったら、ハードルが上がってしまいます。これもまた本末転倒です。
― 逆に、副業を解禁したデメリットはあるでしょうか。
天明:特に問題は起きていません。働き過ぎになってしまう社員がいないかどうかを懸念していたのですが、そういう社員もいないように感じます。当社の社員がこんな副業に手を染めている、という風評被害もありません。副業者は全社員の3~4%程度と、そんなに多くはないので問題が起こりにくいこともあるかもしれません。
― 情報漏洩を心配し、副業を認めない企業がいまだに多いようです。
天明:確かに副業を認めると、そうしたリスクは高まるのは事実でしょう。でも、副業をするしないにかかわらず、会社で得た情報を勝手に社外に持ち出さないということは社員が遵守すべき重要なルールです。当社では副業解禁とはまったく関係なく、eラ-ニングも活用しながら、情報セキュリティ教育を徹底しています。
聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介