会社が、社員の副業先も紹介する理由:ライオン
副業とは、あくまで個々の社員の社外活動である。副業による働き過ぎや情報漏洩といったリスク防止策を講じる企業は多くなってきたが、積極的に副業案件の紹介まで行う企業は稀だ。その稀な試みを行っているのがライオンだ。
ワークマネジメントの強化策として導入
― 副業を解禁した経緯と目的を教えてください。
青木:2019年7月に「働きがい改革」を打ち出しました。社員が企業人ならびに家庭人として成長し、充実した人生を実現できている状態を「働きがいがある」と定義しました。そのうえで、働きがいを実現する枠組みを4つ、用意しました。
1つ目はワークマネジメントの強化です。狙いは社員一人ひとりがもつ多彩な能力の発揮を最大化することです。2つ目がワークスタイルの変革です。テレワークやフルフレックス制など、働き方の柔軟性を促進させる取り組みです。これらの土台にあるものとして、3つ目に、関係性を高めることを置きました。この場合の関係性とは、上司と部下といった縦のつながり、同僚同士の横のつながり、同じ社内の斜めのつながり、あるいは社外における多様な人々との関係性、これらをすべて含みます。最後、4つ目として、すべての活動の前提となる健康の維持、強化です。予防医療や禁煙をサポートする”GENKI”アクションという取り組みを始めました。
このうち、副業解禁はワークマネジメントにおける一施策となっています。対象は全社員ではなく、新卒入社者の場合は4年目以降です。中途入社者に関しては制限はありません。
具体的には、2020年1月、それまでの許可制から申請制に切り替えました。反社会的であったり、同業他社での仕事であったりしない限り、ほとんどの案件が認められます。許可制だったときは、大学やセミナーでの講師といった、限られた分野の副業しか認められていませんでした。
解禁の目的は人材開発です。副業を通じて、自分の新たな可能性を知ったり、社会との関係性を高めたりすることは社内の仕事にもよい影響を与えるだろうと。自分の強みに目を向け、それを伸ばして、キャリア自律やキャリアオーナーシップの醸成につなげてもらう。そういう効果を狙っています。
手厚いマッチングサポートも実施
― 導入はすんなりいったのでしょうか。
稲原:今回の副業解禁にはキャリアデザインサポートチームが関わっているんです。まずは働きがい改革の一環であり、そのうえでキャリア自律支援施策でもある、という流れで導入しました。結果として、副業に対するハードルを下げ、スムーズに導入できたように思います。積極的に「やってください」ではなく、「あなたのキャリアになりますから、やってもいいですよ」と。
青木:4つの促進策を打ちました。まずは制度のスタート前に、趣旨を発表する説明会を社内で開催しました。次に社内のイントラネット上に特設サイトをつくり、情報提供に努めました。さらに、経験者が語る社内セミナーやワークショップを実施しました。最後が地方の中小企業に関する副業案件のマッチングサポートです。
実は当社における副業促進には2つの形があるんです。一つは個々の社員が自分で探してきた案件を申請してもらう形です。もう一つがそのマッチングサポートです。居住地の近県や故郷で副業を希望する社員に手を挙げてもらい、挑戦したい副業のテーマや経歴をリスト化しているんです。そのうち、個人名を伏せたリストを、いくつかの自治体に提供しています。それに対し、たとえば県下のA社から具体的な副業相談が県に寄せられると、担当者がリストを参考に、「この社員の方はこの案件にマッチしそうです。いかがでしょうか」と、われわれに連絡してくる。われわれはその要望を本人に打診し、マッチングを図るという仕組みです。
― 副業といえば、普通は本人が探してきますよね。そこまでお膳立てする理由は何でしょうか。
稲原:そこまで手取り足取りする必要はないのではないか、という議論も社内でありました。ただ先に申し上げたように、当社においては副業を推進する重要な目的をキャリア自律に置いています。副業先を自ら探せる社員ばかりではない。副業に挑戦してみたいが、案件が見つからない、きっかけもないという社員には、しかるべきサポートが必要だということで、この仕組みを整備しました。一方、副業という形でも企業人の助っ人がほしいという地方の企業のニーズも高まっている。両者をつなぐのは社会貢献でもあると思っています。
副業の未経験者も興味津々
― 導入後の状況はいかがでしょうか。
青木:申請を経て副業に従事している社員は約100名です(社員数は約3000人)。年齢層は20代から50代まで幅広く分布しています。
副業の中身も多岐にわたっています。マーケティングのサポート、経営あるいは人事のコンサルティングといった各自の社内業務に関連したものもあれば、料理教室の開催、ダンス講師といった趣味や特技を生かした副業もあります。
どんな種類の副業をする人が多いのか、といった問い合わせもよくきます。まだ従事していない社員も興味があるのでしょう。中身を伝えると、「それなら私にもできそうだから、具体的に考えてみたい」という反応もあれば、「そこまでできないと、お声がかからないのか。それならば、今の仕事で、この部分を頑張り、副業可能なレベルまでレベルアップしよう」という反応もあります。
会社として、必要最低限の管理をする
― 申請の手続きについて聞かせてください。
青木:副業申告シートと呼ばれる用紙に必要事項を記載してもらったうえで、上司に見せ、副業にあたって厳守すべきルールを双方でチェックし、上司の印鑑をもらい人事に提出してもらいます。人事が最終確認を行い、問題なければ申告が通ります。
具体的なルールというのは、先ほどお話ししたような反社会的であったり、同業他社の仕事であったりしないこと、就業時間外に自己責任で行うこと、副業の労働時間は週20時間未満とし、雇用型副業の場合、副業先での労働時間は、本業の時間外労働時間と合わせて月間で通算80時間以内とすること、夜10時から翌朝5時までの副業は認めないこと、週1日必ず休日にすること、などです。
副業先と労働契約を締結する場合は、副業申告シートとは別に、副業先での労働時間の上限を申告する労働時間申告シートというものを提出してもらいます。予め副業先での月間労働時間を申告してもらうことによって、本業の残業時間と合計して、時間外労働時間が80時間を超えないように管理しています。たとえば、副業先での労働時間を週15時間と申告した場合、80マイナス15で65になるので、当社で従事できる時間外労働時間は週65時間になります。それを上司と本人で管理してもらいます。
一方、業務委託契約を締結する場合は、ほかの会社の従業員として働くわけではありませんから、先ほどの週20時間未満に収めるといったルール以外にも、時間管理は自己管理で行ってもらっています。
― 結構細かいですね。逆にいえば、そうした時間管理が難しい人は副業ができないということですね。
青木:本業とのバランスを見て、副業へのチャレンジを判断されているでしょう。
そもそも副業で健康を害したら、働きがい改革どころではありません。このルールは厚生労働省が推奨している副業の時間管理モデルをもとにしています。今のところ、副業のウェイトが高くなり、本業に支障が出たケースはありません。
― 確認事項はほかにもありますか。
青木:はい。業務上の機密や当社にとって不利益になるような情報を洩らしてはいけないといった就業規則記載事項の遵守を改めて確認します。もし違反した場合、会社が副業を禁止あるいは制限することができます。
副業は自己の活動ですから、パソコンなど、当社が貸与している物品や設備、提供しているサービスは副業では使わないというルールもあり、遵守してもらいます。情報漏洩という意味で特に怖いのがパソコンです。故意ではなくても、想定外のケースが起き、情報が流出してしまうリスクがありますから、取り扱いを特に慎重にしています。
本業で経験できないことを経験できる
― 先ほど、副業解禁の目的は人材開発であり、キャリア自律だとお聞きしました。それは実現できたのでしょうか。
青木:2021年9月、副業者へのアンケートを行ったところ、よい腕試しになった、自分の強みが実感できた、社内での経験が社外でも通用することがわかった等々、前向きな感想がほとんどでした。今のところ、非常にいい効果が出ているといえます。
― 逆にデメリットはありますか。
青木:特にありません。
― そうした成長機会を本業のなかで用意するのは難しいのでしょうか。
青木:そうですね。経営者の悩みに寄り添い、それに沿った提案をする。そういう経験を全社員にさせるのは難しいでしょう。でも、自分でそれを望み、能力も備わっていれば、副業で実現できる。社内ではなかなかできない経験を、副業を通じて社外でやってもらう。その価値は大きい。
また、当社のいい点や、逆に他社のほうが優れている点にも気づかされるようです。他社の人と働く機会は転職しないと経験できませんが、副業ならできる。当社には新卒入社の生え抜き社員が多いのですが、そうした社員が外とつながり、ライオンという会社を客観的に見ることができる。これも得難い経験で、キャリア自律にもつながる、本人にとって大きなメリットだと思います。
聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介