~「#大学生の日常調査」インタビュー分析①~ 「今のあなたを100とした時、大学時代に得たものはいくつ?」

2021年05月10日

豊田義博
リクルートワークス研究所 特任研究員
ゼミナール研究会 主宰

卒業後につながるベースギフト、クエストギフトとは?

本編に入る前に、ここまでの連載のエッセンスを提示しておきたい。
●本連載の仮説モデル
◎コロナ禍で失われた「大学生の日常」とは、学びの場、趣味やスポーツの場、働く場、遊びの場=コミュニティのいくつかに身を置き、コミュニティでの活動を通して、そこにいる人とのつながりを作っていくことである。
◎そのつながりから、人は「安心」「喜び」というベースギフト、「成長」「展望」というクエストギフトを受け取る。
◎そのギフトが、生きていく上でのものの考え方やことへの対し方、つまりは姿勢や価値観=態度を創り上げていく。

図表① 「#大学生の日常」に埋め込まれた学習モデル
「#大学生の日常」に埋め込まれた学習モデル

●定量調査の実施・データの分析
◎仮説モデル検証のために、20代大卒対象の「#大学生の日常調査」定量調査編を実施した。
◎「ビフォーコロナの大学生」の多くが、所属したコミュニティから高いベースギフト、クエストギフトを得ていたことが確認された。
◎「姿勢や価値観=態度」を代表するものとして、「自己信頼」「変化志向・好奇心」「当事者意識」「達成欲求」から構成される環境適応性に着目した。
◎環境適応性の形成状況には、大学時代の活動が強く影響していることが分析から浮かび上がってきた。しかし、ベースギフト、クエストギフトと環境適応性の間には、弱い相関がみられるに留まった。
◎出身大学の偏差値によって、コミュニティ活動状況、コミュニティ活動と環境適応性との関係が異なることが確認された。「65以上」の出身者は、クラブ・サークルの加入率が高く、また、かかわりの深いコミュニティだったと回答する比率も高いが、環境適応性の形成にはつながっていなかった。
◎専門ゼミでの活動は、「55~65未満」「65以上」の大学出身者の場合は、環境適応性の形成につながっているという統計的に有意な分析結果が得られたが、「~55未満」においては、有意な関係はみられなかった。
定量データの分析をさらに深めていく余地はまだいくらもあるが、大筋は見えてきた。結論を端的に言えば、私たちの仮説モデルは、大枠としては成立しているが、モデルの説明率は高いとは言えない。大学タイプやコミュニティの種類などを特定すると、統計的に有意な結果が得られるが、定量調査の分析だけでは、卒業後につながるベースギフト、クエストギフトとはどのようなものか、というメインテーマに各論で迫ることは難しい。ここから先は、定量調査に続いて実施した「#大学生の日常調査」インタビュー調査編を分析することで、より豊かな発見をしていきたい。

インタビュー調査の概要、構造

まずは、調査の概要についてご説明しておきたい。インタビュー調査にあたっては、以下の要件、条件を設定した。

◎調査対象 : 先行して実施した定量調査(対象は、大学《人文・社会学系学部》を卒業し、現在三大都市圏で働いている25~29歳の男女)の回答者の中で、以下の要件を満たす人を抽出した。
・かかわりの深かったコミュニティを2つないしは3つ回答している人
・最もかかわり深かったコミュニティで、高いベースギフト、クエストギフトを得ていたと回答している人
・インタビュー設定期間内に、ZOOMによる90分のオンラインインタビューに応じることが可能な人

◎上記を対象に、以下の条件を満たす形で20名をリクルーティングした。
・男女同数
・大学タイプ(入学偏差値「65以上」「55~65未満」「55未満」)をバランスよく均等に
・かかわりの深かったコミュニティ(トップコミュニティ、セカンドコミュニティ、サードコミュニティのいずれか)に専門ゼミを挙げている人を半数確保

選ばれたインタビュイーは、図表②の通りである。
この場を借りて、ご協力いただいた方々に、改めて深く感謝したい。

図表② 
図表②.jpgインタビューは、半構造化されたものであり、メインインタビュアー、サブインタビューアーの2名の体制で行った。主なインタビュー内容は以下の通りである。

1 現在の仕事状況について
現在の仕事概況
現在の会社への入社に至るプロセス(転職経験者には、大学時代の就活も併せて)
大学を卒業してから現在までの仕事キャリア概況
仕事内容、日々の過ごし方、職場コミュニティの状況

2 大学時代の全体像について
志望順位、入学プロセス
充実度、期待と現実のギャップなど
学び、学び以外の活動への積極度
※「ゼミナール研究会」の初年度の活動において、大学生の5つのタイプを創出している(図表➂)(*1)。インタビューにおいては、それぞれのタイプのモデルケースを画面で表示しながら、自身がどのタイプに当てはまるか答えてもらった。

図表③ 大学生「5つのタイプ」​
大学生「5つのタイプ」3 大学時代の所属コミュニティについて
コミュニティ参加の全体像
かかわりの深かったコミュニティ(トップ、セカンド、サード)についての
・参加の経緯
・活動の詳細
・メンバー構成、深くかかわった人(役回り、影響度)
・エピソード(代表的な出来事・経験/自身のものの考え方が変わるような出来事・経験/トラブルやコンフリクトなど)
 ⇒出来事に対して、どのような姿勢で臨み、何を得たか
 ⇒内省、学習、自己の変容の有無
 ⇒他者の介在(学習支援、内省支援、精神支援など)
・大学生活に占めるマインドシェア
「大学生活四年間を100とした時に、このコミュニティでの活動は、どれぐらいの数字になりますか? かけた時間ではなく、心の中にある気持ちの割合で、答えてください」

4 大学生活の振り返り
これまでの人生の中での位置づけ、ウェイト
「●●さんの大学生活は、今の●●さんの生き方やものの考え方にどの程度の影響を及ぼしていると思いますか?」
「今の●●さんの能力、ものの考え方、ことへの対処の仕方など、●●さんご自身全体の今を100とした時、大学時代での経験や気づきが貢献しているのは、そのうちのいくつぐらいの数字になりますか? 高校まで、あるいは就職してからも、たくさんの経験によって、●●さんが形作られていると思いますが、大学時代は、そのうちのどのぐらいの数字になるでしょうか」

浮かび上がる「学びコミュニティ」のインパクト

20名のかかわりの深かったコミュニティは、図表④ の通りである。

図表④ 
図表④.jpgこれまでのデータ分析の結果を裏付けるように、クラブ・サークルは数多く上げられた。その実態はスポーツ系、ダンス系のフィジカルなものから、趣味系、文化系、ボランティア系と幅広いが、伝統のある大学、学部には学部に付随した学び系のサークルがあり、多くの学生が参加していることも浮かび上がってきた。また、クラブ≒体育会は、サークルとはやはり一線を画すコミュニティであることもインタビューを通じて再認識することができた。
専門ゼミがトップコミュニティに上がるケースは3件と多くはなかったが、専門ゼミに準じる基礎ゼミ、少人数講義・演習、前述の学び系サークルといった大学が提供している学習コミュニティを含めると6件。さらに、インターンシップなども、広い意味で「学びコミュニティ」と位置付けることができる。
アルバイト、および大学時代の友人、高校時代の友人は、セカンド、サードでは数多く上がるが、トップコミュニティに上がるケースは少なかった。これも、定量分析の結果と重なるものであり、多くの(元)大学生にとっては、サブ的な位置づけといっていいのだろう。

トップコミュニティのマインドシェアが物語る「#大学生の日常」

トップコミュニティのマインドシェアの数字は、きわめて興味深いものだった。70以上の数字を掲げたケースは9件。半数近くの人は、「私の大学時代といえば、●●だった」といえるぐらい、トップコミュニティの存在は大きい。体育会を挙げたケースがすべて高シェアなのは改めてこの活動の持つ大きさ、影響力を感じさせるが、趣味系サークルや学びコミュニティでも高いシェアを占めるケースが複数件ある。その実態は、次回以降のケースレポートでお届けしていく。
トップコミュニティとの出会いは、入学初期に、というパターンと、2年次、3年次 になって、というパターンに分けられる。後者のパターンは、入学後に、期待していたような手ごたえを得られない不完全燃焼のモラトリアム期間があり、その後に出会い、深くかかわっていく、という流れを概ねとっている。「ゼミナール研究会」のこれまでの活動の中で多くの学生の声を聴いてきたが、専門ゼミに深くコミットしている学生の中には、この後者のパターンが顕著にみられる。
しかし、それが多くの学生の姿なのかといえば、決してそうではないだろう。今回のインタビュイーは、セレクションの要件定義からも分かるように、積極的に大学生活を送り、多くのベースギフト、クエストギフトを得ていた人たちだ。今回の要件定義に該当しない多くの人たちには、後者のパターンのような「巡り合い」はないのかもしれない。それは、前回のレポート「大学タイプによる『#大学生の日常』の違い」からも伺い知ることが出来る。筆者である濱中教授は、以下のように記している。
「大学に進学後、なかなか期待していたような授業を受けることができず、居場所をサークルに求めるようになった。その結果、学びからは徐々に遠のき、専門ゼミという機会を活かしきることもできなかった――この相乗効果のありようは、実は冒頭で触れた早大生へのインタビューから透けて見えたものでもある。」
これが多くの早大生の「#大学生の日常」であり、そこには「巡り合い」はない。そして、その実態は、早稲田大学に決して限るものではないだろう。

50を超える「大学時代のウェイト」

今回の20名のインタビュイーの話に戻そう。積極的に大学生活を送り、多くのベースギフト、クエストギフトを得ていた彼ら、彼女らが掲げてくれた「大学時代のウェイト」の数字もまた、興味深いものであった。ばらつきはあるものの、50以上の数字を回答した人が過半数を占めている。社会人になって、まだ日が浅い人が多いからということもあるが、筆者の想像よりはかなり大きい数字が次々と出てくるのに驚きを隠せなかった。中には、高校までに様々な経験をしてきた人もいたが、そのような人であっても、大学時代に大きい数字を充てていた。
その数字の大きさの意味するところを尋ねると、回答に共通するのは、現在の自身のものの考え方や人との交わり方のベースは大学時代に形成されているから、という捉え方だ。仮説モデル通り、態度(姿勢・価値観)が形成されているのだ。そしてその形成は、人によるものだ。あるコミュニティ活動でのある人(特定の人物ないしはそのコミュニティの成員)の考え方や振る舞いに強く影響を受けているのだ。そして、かくありたい、かくあるべきと感じたり、それまでは認識していなかった自分の志向や特性に気づき、自身の態度を新たにした、と彼ら彼女らの多くは認識していた。

大学時代の自己発見・自己変容と環境適応性の関係は?

では、今回のインタビュイー20名全員が、大学時代に、さほどの自己発見・自己変容を遂げていたといえるのか。インタビュアー2名の印象や認識、見解を統合していくと、そこにはばらつきがあることが見えてきた。変容の度合いが人によって大きく違うのだ。確かに大きな自己発見、自己変容を遂げていると認識できる人たちがいる一方で、本人が認識するほどには発見、変容がなされていない人たちもいた。一部には、あまり変容していないと自覚している人もいた。
そんな彼ら、彼女らは、社会に出て働いている現在において、どの程度の環境適応性を有し、発揮しているのか。自己の未来を信頼し、変化を前向きに受け止め、当事者意識をもってことをやり遂げる、という主体的な態度を示しているだろうか。インタビューから見えてくる姿には、これまたばらつきがあった。
大学時代の自己発見・自己変容の度合い、環境適応性の保有・発揮状況を、それぞれ「高」「中」「低」に3区分し、20人をポジショニングしたのが、図表⑤である。いずれも高いHHゾーン、いずれも中位のMMゾーンに集中しているのが見て取れる。次いで、いずれも低いLLゾーン、大学時代の変容は小さいが環境適応性は高いLHゾーンにも集中がみられる。

図表⑤
図表⑤.jpg浮かび上がるのは、大学時代の自己発見・自己変容と環境適応性との関係の強さだ。大学時代の自己発見・自己変容の度合いが、環境適応性のレベルに直結している傾向が極めて顕著である。 LL、MM、HHゾーンへの集中がそれを明確に物語る。HHゾーンの6名が所属していたコミュニティには、学ぶ点がたくさんあると考えられる。同時に、MM、LLゾーンの人たちが所属していたコミュニティのいずれにも研究する価値がある。当人はそれぞれのコミュニティから、高いベースギフト、クエストギフトを獲得できたと考えている。しかし、それが自己変容、自己発見へとつながる程度には差があるのだ。そしてその差は、卒業後につながるかどうかに直結している。その差の要因、背景は何なのか。次回からのケース分析で詳しく見ていきたい。
左上のLHゾーンは、大学時代に大きな変容はなかったが、大学入学時点で高い環境適応性を持っていた人たちと考えられる。もともと高い環境適応性を持っていたから、変容が少なかったのかもしれないが、自己変容、自己発見の機会があれば、さらに高い環境適応性を身につけられたとも考えられる。このゾーンにも学ぶ点がありそうだ。
次回からは、ケース分析をお届けする。まずは、トップコミュニティが趣味・スポーツ系サークルだった人たちにスポットを当てる。「#大学生の日常」の典型的な存在だといっていいだろう。次には、体育会で濃密な4年間を送った人たちにフォーカスを当てる。続いては、本丸である学習コミュニティにコミットした人たちを掘り下げる。最後には、トップコミュニティの比重がさほど高くない区、複数のコミュニティそれぞれで積極的に活動していたマルチリレーションタイプの人たちを探索していく。

次回は、トップコミュニティが趣味・スポーツ系サークルだった人たちのケース分析をお届けする。

 

(*1)「ゼミナール選択のメカニズムを解き明かす ―5つの学生タイプ、4つのゼミ選択視点」Works Review 2020, リクルートワークス研究所

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