新しい知識で人材がさらに進化 デジタルスキルがあれば、過去の経験も生かせる(TechGardenSchool)
高橋与志氏
TechGardenSchool(運営Club86 School&Company) ファウンダー
企業が成長領域へと事業をシフトするには中高年社員のリスキリングが不可欠だが、本腰を入れて取り組む組織は少ないのが実状だ。ミドルシニアの個人を対象にプログラミングコースを提供する「TechGardenSchool(テックガーデンスクール)」設立者の高橋与志氏に、中高年のリスキリングを円滑に進めるための方策や、実現した場合のメリットなどを聞いた。
10年後も力を発揮するには、デジタル技術の習得が不可欠
同スクールは、起業家向けプログラミングスクールとして設立され、2017年に対象を中高年層に転換した。高齢化が進むなか、ミドルシニアには10年後、20年後も力を発揮してもらわなければならない。そのためには今後の社会課題の解決に不可欠なデジタル技術を身につけてもらう必要があると、高橋氏は考えた。「ITスキルを学ぶことは、最新のビジネスモデルや社会のニーズなど、フレッシュな知識を取り込むことにもつながります。人材の『さび』を落としてバージョンアップすれば、過去の経験を新しい時代にフィットさせることも可能になります」(高橋氏)
受講者の年齢層は、50代を中心に40代から70代までと幅広い。多くは、仕事を通じて文書作成や表計算、メールなどを使い慣れている一方、メモリ容量の確認やショートカットキーの利用といった、ITの基礎、リテラシーに関わる部分には課題を抱えている。最近はスマホがあれば日常生活に不自由しないため、PCを持たない人も多く、「ITリテラシーは、以前より退化していると感じます」(高橋氏)。
こうした受講者も、授業で毎週PCを操作することによって、次第にリテラシーを身につけていく。「ダウンロードしたファイルをきちんとフォルダに収めて整理する、クラウドに資料をアップし仲間と共同編集するといった基礎的な使い方を習得することで、デジタルツールのメリットを理解できるようになり、少しずつより高度なスキルも身につけてみよう、という意欲が出てきます」。また、仲間と一緒に学ぶなかで「あの人はZoomを使いこなしている。私もできるようにならなければ」といったインセンティブも働くという。
個別事情に合わせ、学びをカスタマイズ
入学時に受講者とスタッフと高橋氏自らが3者面談を行い、カリキュラムを作成する。受講者が「Python」や「チャットGPT」など話題のテクノロジーに関心を持っている場合は、それらをフックに「将来の副業をにらんで、Pythonを習得しましょう」といった提案をすることもある。「中身を詳しく理解していなくとも、名前を知っている技術には関心を持ちやすく、安心感を持って学ぶこともできます。Pythonを学ぶうちに、徐々にITリテラシーも上がっていきます」(高橋氏)
勤務先の業務効率化につながる技術を提示することも有効だ。「ノーコードでアプリを作って、営業日報をスマホから入力できます」「職場の製品データを整理しませんか」などと持ちかけることで、受講者は学びと業務のつながりをイメージしやすくなり「仕事に生かせるなら学ぼう」と思うようになる。
中高年層にデジタルの学びを受け入れてもらうために最も大事なのは、「個別の事情や要望に応じて、プランをカスタマイズすること」だという。中高年は歩んできたキャリアも家庭の事情も、学ぶ動機も一人ひとり異なる。役職定年で収入が減るのを副業で補いたいという人もいれば、親の介護が迫り、在宅の仕事を始めたいという人もいる。企業の一線で働いてきたプライドがあり、新しい技術についていけるだろうか、といった不安を抱える人もいる。「本人がデジタルツールをどう活用したいのか、どのような不安を抱えているのかなどを把握したうえで、個別にプランを作っていきます」(高橋氏)
企業が中高年にリスキリングを実施する際も同じように、一律の研修などを実施するより、スキルレベルや本人の描くキャリア、希望などに応じて学ぶ内容を選べるような仕組みが有効と言えそうだ。
「変わり者」から有用な人材へ 価値転換には経営陣の関与が不可欠
ミドルシニアの多くは、長いキャリアを通じて培った「暗黙知」を内在させている。この知見が、デジタル技術の導入に役立つ場合もある。たとえば定型業務の自動化技術であるRPAを導入する際、どの業務を自動化するのが最も効果的か、どの部署なら反対意見が少なく円滑に導入できるか、人工知能が導き出した結果をどのように説明すれば経営陣を説得できるか、などを把握しているのは、業務内容や社内の人間関係を熟知するベテラン社員であることが多い。
加えて、テクノロジーを有効に機能させるには、ベテランが経験と同時にRPAの仕組みや、導入によって業務がどう変わるか、開発に必要な期間と予算などについて、大まかな知識を持っている必要もある。つまり中高年社員が経験とデジタルスキルの両方を備えることで、職場のDXが加速することも期待できるのだ。
こうした認識を持ってミドルシニアのリスキリングに取り組む企業は、まだ非常に少ない。それどころか、社員が自発的にスキルを身につけても、同僚や上司から「テック好きの変わったミドル」と見なされるだけで、学んだ内容を実践するチャンスすら得られないケースもままある。
ただスクールの受講者の中からは、会社とwin-winの関係を築く人も現れ始めた。製薬業界でコンプライアンスの仕事に就いている50代の男性は、スクールでPythonやエクセルVBAなどを学んだ後、スキルを生かして地方創生のアイデアコンテストで入賞。勤め先でもRPAを導入するなど、積極的に業務効率化を推し進めた。すると会社側も彼の取り組みを評価し、デジタル関連の業務をアサインするようになった。「中高年社員のリスキリングをポジティブに評価する風土を醸成するには、やはりトップのコミットが不可欠。しかもDXの重要性を頭で認識するだけでなく、会社の目指す姿から逆算してどの事業にデジタル技術が必要かまで、具体的に関与することが求められます」(高橋氏)
学び稼ぐことに受け身の会社員 自ら仕事を獲るマインドへ
高橋氏によると、リスキリングは何歳からでも可能だが、セカンドキャリアへ円滑に移行するためには、現役である50代のうちに準備を始めることが望ましいという。ただ残念ながら、ミドルシニア社員で学びの意欲と行動力を備えた人は少数派だ。会社から研修や動画教材などのリソースを提供され、業務時間を使って学ぶことが許されていても、貴重な機会をスルーしてしまう人は多い。どうすれば組織に、社員が学ぶ風土を醸成できるのだろうか。
高橋氏は「会社員として長く働くうちに、受け身の姿勢が染みついてしまった人がとても多い」と指摘する。「しかし、企業が積極的に社員のセカンドキャリアの設計を支援したり、副業などの新しい働き方を認めたりすることで、個人も将来のキャリアに必要なスキルが見えてきて、リスキリングの波に自ら乗ろうという気持ちになるのではないでしょうか」(高橋氏)
また、管理職の評価項目に「デジタル化によって業務を改善したか」「部下に学びを促したか」といった項目を取り入れる必要もある。さらに、リスキリングに取り組む社員が、苦しい時期も心折れずに続けられるよう、励まし合える仲間がいる環境も重要だと高橋氏は考える。「企業が土壌を整えれば、社員はまず『学び直す』という決断を下し、スキルを身につけ、デジタルの仕事をアサインしてもらうよう組織に働きかけるといった行動を取るようになります。それによって『獲物を狩りに行く力』、つまり自ら動いてキャリアを築く力を取り戻すのです」(高橋氏)
TechGardenSchool(運営Club86 School&Company)
2011年創設、所在地は東京。2017年から中高年を対象に、ITリテラシーやプログラミング、ウェブマーケティングの講座を提供する。個別のキャリア相談を踏まえてカリキュラムを組み、 ベンチャーCTO、データサイエンティストを含む エンジニア5名以上が講師を務める。
聞き手:石川ルチア執筆:有馬知子