「DX人財」の活躍には管理職の意識変革が不可欠 優先度高くリスキリングに取り組む(東京電力グループ)
笹川竜太郎氏
東京電力ホールディングス DXプロジェクト推進室 副室長
佐藤光彩氏
東京電力ホールディングス DXプロジェクト推進室 総括グループ
眞田貴史氏
東京電力パワーグリッド 秘書・リスクマネジメント室 リスクマネジメントグループ
東京電力グループ(以下、東電グループ)は、デジタル技術を理解し実践できる「DX人財」を、2022年度の2000人から2025年度、全従業員の2割に当たる6000人に増やす目標を掲げている(右図)。グループ内にはデジタルリテラシーの高くない中高年層も多いなか、どのように人財確保を進めようとしているのかを聞いた。
ビジネス視点とデジタル技術、両方兼ね備えるのが「DX人財」
東電グループは2016年に持ち株会社制へ移行し、現在は燃料・火力発電、一般送配電、再生可能エネルギー発電、小売電気という4つの事業に分社化されている。2020年にはグループ全体のDXを成長戦略の柱と位置づけ、持ち株会社にDXの専門部署を設置。既存社員の育成と高度専門職の中途採用の両面で、人財確保に取り組んでいる。
東電グループが業務を通じて蓄積してきたデータの中には、将来新たなビジネスの種となりうるものも少なくない。たとえば一般送配電事業を担う東京電力パワーグリッド(以下、パワーグリッド)は、電力使用量を自動検針する「スマートメーター」などを通じて豊富な電力データを取得・保有しており、防災や省エネなどへの活用が期待されている。
しかしミドルシニア層の割合が高い管理職は、事業を理解しビジネス視点でものごとを考える力はあっても、データを使って事業を変えることのイメージは持てていない。一方若手は、初めて触れたツールも感覚的に使いこなせるほどリテラシーは高いが、ビジネスに絡めて考える力は総じて未熟なことが多い。「これからはビジネスマインドとデジタルスキルを併せ持つDX人財が、ビジネスとデジタルの橋渡しをすることで、顧客に提供する価値を高める必要があります」と、笹川氏は強調した。
情報発信と研修で、デジタルの関心薄い「中間層」を動かす
2021年度からは、データサイエンスやAIといったデジタルスキルの習得と、ビジネスマインド醸成の両面をカバーした「DX研修」を開始。初年度はのべ2500人が受講した。「全社員の中から、本人の意欲とスキルレベルや、会社側の『この領域で活躍してほしい』という期待度を加味して受講者を選定しています」(佐藤氏)
さらに、受講者の中で特に意欲や好奇心の強い層を集め、コミュニティも立ち上げた。300人ほどのメンバーの中からは、設備に「さび」が出る予兆をAI分析し予防に役立てようとする人や、EV急速充電スタンドの使用実績データを分析することで、スタンドの最適な配置を提案する人も現れた。「コミュニティの好事例を発信し、デジタルへの関心がさほど高くない『中間層』の認識も変えようとしています」と、笹川氏は説明する。
2022年度からはこうした「中間層」の底上げを目的に、全社員向けのデジタルリテラシー研修も始めた。関心を持った社員が自ら学べるよう、ラーニングプラットフォームも整備する予定だ。デジタル技術を現場にフィットさせるには、中間層の経験や知見を反映することが不可欠なためだ。
たとえばパワーグリッドは、2019年の台風災害で停電解消までに約2週間を要した反省を踏まえ、現地から支社・本社まで被害状況を一元管理・見える化できる「PG地図情報共有システム」を開発した。リリース後も、社員の「本当の災害が来る前に、訓練しておきたい」という意見を基に「訓練モード」を付加するなど、現場のフィードバックによって改良を重ねているという。
パワーグリッドは東電グループ内でも中高年社員が多い組織だが、業務経験豊富な中堅・ベテラン社員が「デジタルを使うと何ができるか」を理解するようになれば、フィードバックの精度はさらに高まる。また東電グループにはトヨタ式の「カイゼン」活動が浸透しており「中高年層も含めた全社員が、業務のデータ化や簡単なツールの導入など、初歩的なデジタル作業をこなせるようになれば、業務改善はさらに進むはず」と、眞田氏は期待を寄せる。
管理職の意識変革が課題 若手を役員のメンターに
全社員の底上げに当たり、課題となっているのが管理職の意識変革だ。上司がDXの重要性を認識していないと、部下がデジタルツールの活用を提案してもなかなか導入の意思決定に至らず、必要な予算も確保しづらい。新しいものを受け入れる柔軟性に欠けた管理職は、DX以外の提案にも後ろ向きになり、若手の挑戦意欲を削いでしまいかねない。「こうした事情を踏まえると、管理職のボリュームゾーンである中高年のリスキリングは、とりわけ優先順位が高いと言えます」と、佐藤氏。
そこで、まずは上級管理職を対象に「オンライン学習動画サービス」を導入した。管理職自らが、データ活用方法や最新のデジタル技術を手軽に学び、簡易なワークを体験することで、デジタル技術に対する苦手意識をなくしてもらうことを意図している。データサイエンティストのような専門レベルの知識までは求めないが、「基礎的な知識を理解し、簡単なツールを使いこなせるレベルの人を増やす必要があります」と、笹川氏も話した。
役員に対しては、2022年から、若手社員の「リバースメンター」をつける取り組みを始めた。若手社員がメンター役となり、ホワイトボードを使って授業さながらに「クラウドとは? メタバースとは?」などを講義することもあった。また、若手社員と役員でデータセンター視察も行った。今年は「生成AI」について学び、役員へ使い方のポイントをレクチャーし、一緒に業務適用のアイデアを検討した。「役員も直属の部下に当たる部門長などより年の離れた若手のほうが、体面やしがらみにとらわれずに質問できるようです」(佐藤氏)
勘・コツ・経験をデータ化 DXは社会貢献でもある
人財育成と並行して、ベテランの「勘・コツ・経験」に支えられた仕事のやり方を、データ化することにも取り組んでいる。電力インフラは耐久年数が長く、数十年前の紙の取扱説明書や図面、資料などが現役で使われている施設もある。特別なニーズに対応するため個別の仕様で作られた「一点もの」の設備も多い。こうした設備の保守・運用は、社員の属人的なスキルや経験に頼る面が大きく、デジタル化の足かせとなってきた。「システムやドローン、3Dスキャナなどのツールを駆使して、勘・コツ・経験をデジタル空間に落とし込もうとしています」(笹川氏)
電力インフラを担う東電グループが、デジタル技術を使って事業の安全性や効率を高めることは、社会にも大きなメリットをもたらす。たとえばPG地図情報共有システムを使うことで、1分でも早く停電が解消できれば、住民もそれだけ早く日常生活に戻れるからだ。「DXによってより安定的に、低コストで電気を届けられるようになれば、地域社会にも貢献できます。社員に『デジタルスキルを身につけることは、社会貢献にもつながる』と伝え、育成を加速させたいと考えています」(佐藤氏)
東京電力ホールディングス株式会社
1951年設立、本社所在地は東京。東京電力グループの持ち株会社として、コーポレート機能のほか原子力廃炉の対応などを受け持つ。2022年度の販売電力量は約1731億kWh、グループおよび連結子会社の従業員数約3万8000人。
※東電グループのルールに則り、 「人材」を「人財」 と表記しています。
聞き手:石川ルチア
執筆:有馬知子