頑張らないし、無理しない労働観
自分にとって仕事とは何か――これまでに行われた研究を見てみると、第三次産業化の進展に伴い、かつて美徳とされた勤勉の倫理は衰退し、「労働を意味ある行為にしたいとする傾向」「労働における自己実現志向」が全体的に高まったとされている(杉村,1997)。もちろん労働を意味ある行為にしたいとする傾向が強くなった背景には、働き方の変化や教育も影響していると考えられる。日本の大学の設置基準が変わり、大学でキャリア教育が実質義務化されたのは2011年である。
大学におけるキャリア教育は、自己理解や自己分析、企業研究などを行い、自らの労働観を言語化することに貢献してきたと考えられ、これら一連の教育活動は、「労働を意味ある行為にしたいとする傾向」とは親和性が高いと考えられる。
2021年、中国の「寝そべり族」がSNSをきっかけに話題となった。「寝そべり族」とは、家を買わない、結婚や出産をしない、消費は低水準にとどめる若者を表す言葉である。中国でこの言葉が広まった背景には、受験競争を勝ち抜いてもいい仕事に就けないこと、割に合わない過労を強いる労働環境に対する抵抗が挙げられる。全く環境は異なるものの、「贅沢はしなくてよいし、生活レベルを下げてもよいので、頑張りたくない、無理したくない」という現象は日本においても見られる。
本ワーキンググループでは、「頑張らない」「無理しない」労働観に着目し、彼らが何者なのか、どうしてそのような考えを持つに至ったのかということについて、分析結果から紐解いていく。そのために、本稿ではまず仮説を得るために「自分にとって良い仕事」に関する自由記述の結果を基に、概観を捉えることを目的とする。
「あなたが考える『自分にとって良い仕事』とはどのような仕事だと思いますか?」と尋ねた結果について分析したところ、「生活の安定・人や社会への貢献」「自分の能力を活かせる、自分に合った仕事」、「ストレスや無理なく働ける」「ワークライフバランス重視」「仕事を通じた成長」「休めて楽」「衛生要因重視(職場環境や人間関係が良い)」といった言葉のグループが明らかになった(図表1)。
図表1 「良い仕事」の頻出語を共起ネットワークで分析した結果 ※クリックして拡大
労働に意味を求める人と楽を求める人の違い
図表1に見られた「休めて楽」「無理なく働ける」というのは、労働にやりがいや意味を求める近年の潮流とは明らかに異なっている。仕事に対する考え方が多様になるなか、労働に意味を求める人と、「休めて楽」「無理なく」という人たちの属性にまず着目してみたい。
労働を意味ある行為にしたいと考える人の特徴について、2021年に17カ国を対象に実施されたアメリカの調査がある。その結果からは、教育レベルが高く、収入が高い人は、それぞれ教育レベルが低い、収入が低い人よりも、自分に意味を与えてくれるものとして家族や仕事について言及する傾向が高いとある。そこで、学歴や収入によって仕事に対する価値観が異なっているのかどうか、引き続きデータを分析した結果が以下図表2だ。
図表2からは、アメリカで実施された調査と同様に、最終学歴によって良い仕事として挙げられる言葉が異なっていること、成長や達成感、プライベート、ワークライフバランスという言葉はより大学卒、大学院卒から挙がっている傾向が見られること、高専や専門学校卒では、好き・楽しいという言葉が、無理なく、楽という言葉は高校卒・短大卒から挙がっている傾向が見られることが示されている。
次に年代ごとの違いを分析したのが図表3だ。「自分にとって良い仕事」は年代ごとの傾向が見られることがわかる。20代・30代では、ワークライフバランス、楽しい環境、プライベートとの両立を挙げている。40代は自由、安定した給料、ストレスなく、50代はストレス(がない)、自分を活かす、やりがい、60代は、社会の役に立つ、貢献や充実感が挙がった。
「楽」は30代の近くに位置している。
最後に、「金銭、経済的に不十分、不安定なこと」があるかどうかについて尋ねた、経済不安の有無と「良い仕事」で挙げられた言葉の関係を分析した(図表4)。その結果、不安のある人のほうに、評価、報酬、福利厚生、給与、残業など、外部から与えられる言葉が並んでいるが、「貰える」「喜ぶ」といった言葉も見られる。「貰える」を詳細に確認すると、「給与を貰える」「休みを貰える」が多く、「喜ぶ」を詳細に確認すると、「相手に喜んでもらえる」「関わる人に喜んでもらえる」という表現が多く見られ、直接顧客に関わる仕事をしている可能性が高いことが示されている。
不安のない人のほうに着目すると、成長、仲間、充実感、稼げる、知識といった表現が見られる。詳細を見てみると、「稼げる」については、「楽して稼げる」「最低限稼げる」は高校卒・専門学校卒に多く、大学卒になると「効率的に稼げる」「それなりに稼げる」と表現が異なっていた。「知識」については、「知識を獲得する」「知識を活かせる」に分かれており、経験量の差を反映して、「獲得する」は若年層に多く、「活かせる」はより年齢が高い人に多く見られた。
図表4 「良い仕事」×経済不安の判別分析 ※クリックして拡大
頑張らないし、無理しない人たちの存在に目を向ける
仮説として明らかになった内容を以下に要約する。
・日本においても「楽」「無理なく」を自分にとって良い仕事として挙げる人が一定数存在している。
・先行研究に沿って分析したところ、「自分にとって良い仕事」として挙げられている言葉は最終学歴によって異なる傾向があると考えられる。しかし、挙げられた言葉が現在行っている仕事内容に起因するもの(例えば顧客との直接の接点があるなど)なのかどうかは、明らかではない。
・年齢の影響が見られる。「楽」は30代で多く挙げられている。
・経済不安の有無によって、良い仕事として挙げられる言葉は異なっていた。不安がある場合は、仕事の結果として外部から提供される評価や給与などの言葉が多く挙げられており、不安のないほうでは、成長や充実感、楽など個人の内的な状態を示す言葉が比較的多く挙げられていた。
・不安のない人を最終学歴との関係でより詳細に見てみたところ、同じ「稼げる」という言葉でも、高校卒・専門学校卒では「楽して稼げる」「最低限稼げる」といった表現が多く、大学卒では「効率的に」「それなりに」稼げるという表現が見られた。
本稿では、定性調査の結果について「良い仕事」の頻出語を共起ネットワークで分析し、ストレスや無理なく働ける、休めて楽といった言葉のグループが見られること、さらに、これまでの研究で明らかになった年齢や最終学歴、生活不安との関係を分析した。しかし、仕事を頑張りたくない理由や「無理しない」労働観を持つ彼らの人物像についてはまだ明らかではない。次回、1万人に対して行った調査データの分析結果から明らかにしたいと考える。
執筆:辰巳 哲子
参考文献:杉村芳美著『「良い仕事」の思想――新しい仕事倫理のために』(中公新書)中央公論社,1997年10月