【座談会・前編】仕事に求めるものは「何もない」、その姿に迫る
自分にとって良い仕事とは、どのようなものか。
2023年10月に実施した「ワークス1万人調査」にて、良い仕事であるために欠かせない要素の選択内容からクラスタ分析したところ、全ての項目が低い「何もない」派が存在することが明らかになった。
この「何もない」派はどのような人たちなのか。より深い人物像と彼らへの支援策のあり方を探るべく、キャリア支援の現場に立つキャリアコンサルタント3名にお話を聞いた。
【遠藤 和(えんどう かず)氏】
株式会社キャリアアンドブリッジ取締役。20代から70代まで幅広い方々のキャリアとライフをともに考えるキャリア・カウンセリングや、「変わるチカラ」を探究する変身資産発見ダイアログ を通じて、一人ひとりの自分らしい人生の実現を支援している。
【高橋 紀子(たかはし のりこ)氏】
合同会社MNキャリア代表。人材育成コンサルタントとして対話型組織開発、多様な一人ひとりが活躍するチームづくり、管理職の面談力アップ、若手の能力/キャリア開発等に関するプロジェクト運営、研修企画、カウンセリングを行っている。
【舛廣 純子(ますひろ じゅんこ)氏】
キャリアコンサルタント。大学生の就職支援・キャリア教育、社会人支援、キャリアコンサルタント養成の領域を中心に活動し、延べ12000名以上の相談業務に従事。2級キャリアコンサルティング技能士。
「何もない」人たちとは
――「何もない」派の人たちは、全クラスタ中唯一のモノ志向で、体験や経験に金銭を使いたくないという傾向がうかがえます。出世や社会的成功、挑戦を望まず、能力や才能を認められなくてもよいと考えています。5段階で回答する質問では真ん中を選択することが多く、マイナスでもないけどプラスでもない、いわばゼロ。キャリア支援の現場でこうした傾向にあてはまる人はいらっしゃいますか?その特徴も詳しくお話しいただけると嬉しいです。
遠藤 和さん(以下、遠藤):今浮かんでいるのは再就職支援の場にいらっしゃる方たちで、2つの方向性があるかなと思っています。1つは、育ってきた環境のなかで、言われたことを素直にやってきたなど、背景に幅はありますが働くという段になったときに、やりたいこともないし、何ができるかもわからない。自身の興味や関心、軸といったものが未発達である方。もう一方は、過去のうまくいかなかった経験から防衛している、何かをシャットダウンしている感じというか。私からお聞きしても、選択基準やWillが出てこず、「何でもいいです」と回答される方です。
高橋 紀子さん(以下、高橋):今のお話は本当にそうだなと思います。過去に何かあって、希望や期待を持たないほうがいいと思っている方もいらっしゃいます。
加えて、私が大学や専門学校などで出会うのは、経験そのものを面倒くさいと感じているタイプです。経験する、どこかに行く、人と出会う。これってストレスがかかりますよね。それがもう嫌なんですね。摩擦を起こしたくなくてふわーっとしていたいという感じです。ある意味ではハッピーに暮らしたいということでもあって、一部ネガティブな人もいますが、「これがとても楽なんです」とプラスに捉えている人も結構多いように思います。彼らは何も困っていないんです。平和や安全が大事で、留学などにも興味がないし、働く会社選びも家から近くて残業も少なくて、とにかくストレスを感じたくないという思いが強い。「すき間時間に何かやりましょう」と言うと「すき間じゃなくて、こっちがメインです」と答える。少ない人と気持ちよく関わりたい、そういう意味で何もないことを選ぶ。何かを経験するとストレスがかかる、それが成長だったりするんですが、それは別にいらない、そういう感じですね。
――何か経験して嫌なことがあったのでしょうか。
高橋:過去に経験したというより、SNSなどの情報に触れて「大変そう」と思って避けている印象です。こういう考えを持った方が急に現れたわけではなく、もともと思っていたことを言ってもよい環境になったという感じではないかと思っています。ウェルビーイングや「自分らしくある」という概念など、自分を肯定することはいいことだと思うのですが、ある解釈では「もう無理しなくていいんだ」という理解が広まっているように思いますし、そういう学生の方はとても多いように思います。
困っていない、求めない
――ご本人は困っていない。満ち足りているわけではないかもしれないですが「これ以上のものはいりません」という感じでしょうか。
高橋:そうですね。彼らからは「部屋のなかだけで全部ことが完結する」「スマホさえあれば、全部ここでできちゃいます」といった言葉も聞きます。
舛廣 純子さん(以下、舛廣):高橋さんが今おっしゃったような学生は確かにいますし、年々増えてきている印象もありますね。私が思い浮かんでいるのは、何を聞いても「うん、まあ、いいんじゃないですか」「よくわからないです」といった自分ごととは思えない反応の、未分化に近い学生たちの姿です。100名ほどの学生がいると、1人、2人ほどそういったタイプの学生がいる感じでしょうか。そもそも何かをやりたいという動機、エネルギーが著しく低い印象で、彼らが社会人になったら「何もない」という回答をするのではないか、と想像できます。ただ、もしかしたら、こういった調査での「何もない」という回答は、今までも心のなかではそう思っていたけれど表現できなかったのが、自由な思いを言いやすい世の中になり、だから顕在化したという側面もあるのかもしれません。
また、社会人の方については、企業での参加必須のキャリア面談を思い出していました。仕事の課題ややるべきことについてはすらすら卒なく話してくださっても、仕事に対しての深い動機ややりがい、ビジョン、目的を伺おうとするとなかなか出てこないか、もしくは当たり障りのない返事をされる方もいます。仕事だけでなく、ライフのほうにもそれほどウエイトを置かず、日々を過ごされている。そういう方も思い浮かびました。会社が用意した参加必須の場だからお会いできていますが、ご本人の「こうなりたい」や仕事への思いが希薄だと、困りごともほぼなく、自発的なキャリア支援の場にはいらっしゃらないのではないかなと思います。
高橋:確かに、いらっしゃらないですよね。
舛廣:はい。他にも、ハローワークで失業認定を受ける際のセミナーで、遠藤さんのお話にあった防衛されるタイプの方がいらっしゃったことも思い出しました。仕事や家庭生活などで傷ついてきた経験から、求めることを諦めてしまい、そもそも仕事への思いをなかったことにされようとしているようにもお見受けしました。あの場も参加必須の場だったのでお会いできたのではと思っています。
――先日、高校の先生に伺った、話が深まらず会話がつながらない、感情も出てこない、でも友達はいるといった生徒さんの話を思い出していました。
高橋:そういう学生さんは「めんどい」「しんどい」という言葉が結構多くて、心が動くということがもうしんどいそうなんです。私は楽しいことがあるといいと思っちゃうんですけど、楽しいや嬉しいって昂揚した後がとってもしんどいらしいんです。ポジティブだと思われている出来事に対しても、感情やエネルギーを使うこと自体がストレスで、だから動かない。そんな印象があります。
遠藤:今までにもそういう人はいたのでは?というお話で2つ思ったことがあります。1つは、そういう人たちもどこかで社会化せざるをえないタイミングや押し出されるきっかけがあったんじゃないかと。今は自分らしさや多様性などのなかで、そういった押し出す力みたいなものが薄くなっているのかなということです。2つ目は、SNSで何でも情報が得られることで、希薄でもつながりが持てたり、本人が困らないような社会になっているんだなと、そんなことを考えていました。
変化に強いストレス
――仕事にやりがいを求める「やりがい」派との比較したデータをご紹介します。「ハードな受験勉強の経験がある」では「やりがい」派は40.2%、「何もない」派は28.9%と差が見られます。退職回数は、年齢の影響もあると思いますが、「何もない」派は「なし」の回答が多い。「自分の仕事に関する知識や経験がもう役に立たないのではと感じる」「仕事や職場で期待されてないと感じる」では、「何もない」派のほうがそう感じていると出ています。この結果からお気づきのことはありますか。
舛廣:退職回数が少ないという話で思いあたるのは、先ほど例に挙げたような学生にアルバイト経験を聞くと今のアルバイト先に満足していなくても「辞めるのが面倒くさい。新しいことをまた勉強するのが嫌」とたいがい話すんですよね。嫌なことがあっても変化することの面倒くささが上回ると、退職回数は少なくなるだろうなとは推測します。仕事で期待されていないと本人が感じていることも、影響していますよね。そういう方に共通するのは、自己肯定感がひどく低くて蔑むことは言わないにしても、確たる自分の強みを理解していないので高くもないということ。ただそのことを悲しんでいるわけでもないという。受験に関しても勉強しなくても、選べる選択肢のなかから選んでいて、受け身ですよね。そういう意思決定を繰り返してきている傾向はあるのかもしれないなと感じました。
――省力化という感じでしょうか。
高橋:そうですね、「よりよくしよう」という向上心は、エネルギーがいりますもんね。「頑張る」や「努力」が、ストレスに近いのかなと思います。パワーをかけるのはしんどいからストレスのかからないほうを選ぶ。でも困ってはいない。だから自分を低く見積もるわけでもない。
遠藤:本当にそうなんでしょうね。手に届く範囲で選べることを選んで、傷つかずにはみ出さずにきた。元々持っていた本人の資質みたいなこともあるかもしれないけど、やはり幼少期の経験も影響を与えているように思います。家庭なのか学校教育なのかはわかりませんが、周囲に合わせていくとかこれぐらいの範囲に収まっていると目立たないといったような同調性というか。
はみ出さない選択の先に
――こうしたタイプに見られる家庭環境の特徴はあるのでしょうか。
高橋:今、会社選びに親が関わるケースも多いですよね。親が会社選びに優先することは健康といった項目だったりするので、それを子どもが素直に受け止めていたりするのかなとも思います。今の学生たちは、こうしたら親が喜ぶとか、先生も納得するだろうみたいな察知能力が高い。そこから出ることを「悪目立ち」と言って、出ないように距離感を測ったり、空気を読むのが絶妙にうまいんですよね。そんなことも影響しているのかなと思いました。
舛廣:例に挙げた学生たちを思い返していましたが、彼らはあまり家族のことを話さないんですね。だから、傾向や特徴などを思い浮かべられるほどの情報がまだないです。ただ、家族のことを話さないからといって、人の話が全く出てこないわけではなく、少ないけど友人はいて、アルバイト先の人間関係でトラブルを起こすこともなくやっている印象です。ただすごく人に対しても無欲な感じがします。色々なことに期待をしていないように感じます。
――ありがとうございます。他にもこの「何もない」派の人は「変化のある生活をしたい」は「あてはまらない」が6割。デジタル化に対する不安は「あてはまらない」っていうのが半数以上。また「人付き合いは避けたい」と思っている人が9割以上という点も特徴的です。
高橋:オンラインゲームだけでつながる人もここに該当したり、人付き合いの解釈もきっとそれぞれですよね。オンラインゲームって毎回メンバーが変わっても、それはそれでうまく合わせて。同じ人とそれ以上深まらなくてもいいし、次の人が来れば一緒にやる、そんな感覚があるのかもしれないですね。
舛廣:人に執着がない、そもそも人に対しての話題が少ないという印象があります。人に影響されてどうだったとか、この人が言ったことをこう思ったとかそういうことがない。人の言動に心をあまり動かされていない印象です。もしかしたら、すごく深いところで防衛本能が働いてそれが習慣化してしまっているのかもしれないですね。
――ありがとうございます。人物像が少しずつ具体的になってきました。次回はこのタイプの方への支援のあり方について引き続きお話をお伺いしたいと思います。
聞き手:辰巳 哲子
執筆:株式会社スマイルバトン