働く人の役割多重化。その実態とは(2)

2024年02月06日

<本コラムのポイント>

  • 同じマルチロール(多重役割)を担う正社員でも、経済的な安定度や多様な自己が職業生活に与えるポジティブな影響への認識により、生活満足や仕事展望の状況が大きく異なる
  • 安定した収入を得ていないグループや多様な自己が職業に役立つと認識していないグループで、複数の役割を担う場合に、生活満足や仕事展望が高まる傾向がある
  • 多様な役割を担うことは将来の仕事展望にプラスとなる可能性があるが、役割が多すぎる場合、経済的な安定度が低い人を中心に疲労とストレスが増大する
  • 望ましい役割を周囲と話し合ったり、一時的に役割を手放したりする役割のマネジメントが重要である

働く人の多くが担うマルチロール。適切に役割を担うための鍵とは

前回のコラム「働く人の役割多重化。その実態とは(1)」では、「ワークス1万人調査」の結果を用いて、就業者および正社員の多くが仕事以外にも重要な役割を担うマルチロール(多重役割)の状況にあること、特に3つ以上の役割を担う人は就業者、正社員の双方において約半数を占めていること、役割が多すぎると生活満足が低下し、疲労・ストレスが明確に高まるため、ライフキャリアの充実のために、役割をマネジメントしていく視点が重要であることを指摘した。

その際に気になるのは、個人の認識や置かれる環境により、役割とライフキャリアの関わりが異なる可能性である。例えば、必要に迫られて役割が多重化するような環境と、主に本人の希望で役割を重ねられる環境では、マルチロールの負担も意味も異なるだろう。

そこで以下では、マルチロールを促す2つの背景に着目し、仕事以外に重要な役割を担うこととライフキャリアの充実の関わりを検討していく。前回同様、本稿では、本業、副業、育児、介護・看護、地域・ボランティア・自治、学業(通学または継続的な自宅学習)の6つを対象としており、働き方の差による影響を極力なくすために、正社員のデータを使って分析を行っていく。

マルチロールの2つの背景

マルチロールを促す要因として見逃せないものの1つが、「多様な役割を担わざるをえない事情」である。例えば、副業はスキルアップや次のキャリアへのステップとして行われる場合もあるが、実際には多くの人が経済的理由から行っていることが指摘されている(※1)。介護や地域活動についても、家族や地域、社会への貢献を希望して行う場合もあれば、家族の支援を得られなかったり、経済的な事情から外部サービスを十分利用できなかったりするために、役割を背負わざるを得ないケースがあるだろう。

一方、もう1つの背景となりうるものが、「多様な役割を担うことやそこで多様な自己を持つことへの希望」である。越境の研究では、自分にとって居心地のよいホームと、上下関係がなく、多様で異質な人との協働が求められ、ゴールやミッションを自分たちで作り上げる必要があるアウェイとの往還が、個人の主体的なリーダーシップの発揮や多様で異質な人と交流する能力の向上、試行錯誤しながら挑戦する姿勢の涵養などの個人の学びを促すことが指摘されている(※2)。このような価値を体感している人とそうでない人では、多様な役割を担うことへの希望は大きく異なるだろう。

組織行動学者のハーミニア・イバラは、暫定自己(Provisional Selves)という概念を用いて、様々な場所で自分を試しながら、大きな変化の土台を作っていくプロセスを繰り返すことで、新たなアイデンティティを獲得することが可能になると指摘している。このように将来のより確立されたアイデンティティの基礎となるような多様な自己を許容し、様々な場所でその自己を試すことに前向きな思いがあることも、マルチロールを後押ししうる。近年では、価値観やライフコースが多様化するなかで、それぞれの関係性や場面において複数のアイデンティティを有し、使い分ける多元的自己を持つことに葛藤のない若者が存在することが指摘されている(※3)。このような多様な自己を持つことへのポジティブな認識や状態は、マルチロールを促す大きな要因となりうると言えよう。

4象限で見る、マルチロールの中身の違い

「ワークス1万人調査」では、多様な場面で多様な自己を持つことを肯定し、そうした自己が職業生活に与えるポジティブな影響を認識していることに関する設問(「職場や家庭、趣味の場、コミュニティなど場面によって、どのような自分を見せるか使い分けたい」「仕事でうまくいかないことがあるときに、気持ちを切り替えられる別の活動がある」「本業以外の仕事は本業の成果に良い影響を与える」)や、経済的安定に関する設問(「安定した収入が得られている」)を設けている。前者は「そう思う」~「そう思わない」の5件法で、後者は「あてはまる」~「あてはまらない」の5件法で尋ねている。

多様な自己を持つことが職業生活にポジティブな影響を与えると認識していることや、経済的な安定は、マルチロールを促す重要な要因に含まれると言えるだろう。そこで、前者の3つの変数から作成したスコアと後者の1つの変数から作成したスコアの高低に基づき、①多様な自己を持つことと職業生活のポジティブな関係に関するスコアの高低、②仕事から安定収入を得ていると認識しているかに関するスコアの高低に基づく4象限のグループを作成し、それぞれ、「ライフキャリア充実動機」(第1象限)、「他律要因」(第2象限)、「切迫事情)(第3象限)、「複合ニーズ)(第4象限)と名づけた(※4)。

「ライフキャリア充実動機」は安定した収入を得ているという認識も、多様な自己が職業生活にポジティブに影響するとの認識も高いことから、本人の希望により多様な役割を担いやすいグループと言える。「他律要因」は、安定した収入を得ていると認識している半面、多様な自己が職業生活にポジティブに影響するとの認識は低いため、経済要因を除く他律的な要因によって様々な役割を担いやすいグループに相当する。「切迫事情」は、安定した収入を得ているという認識、多様な自己による職業へのポジティブな影響への認識がともに低いことから、経済事情を始めとする事情により多様な役割を担いやすいグループと解釈できる。最後に、「複合ニーズ」は、安定した収入を得ているという認識が低い半面、多様な自己が職業生活にポジティブに影響するとの認識が高いことから、経済的事情と本人の希望の双方が、多様な役割を担うよう促すグループと言える。

図表1 4つのグループと平均役割数

図表1 4つのグループと平均役割数

4象限で異なる、生活満足・仕事展望の状況

次に、4つの象限それぞれについて仕事以外に重要な役割を担う人(役割数が2つ以上の人)を抜粋し、生活満足スコアと仕事展望スコア(※5)の平均値を求めた結果を図表2に示した。これによると、「ライフキャリア充実動機」は生活満足スコア、仕事展望スコアが他の3象限のグループと比較して高い。「他律要因」は生活満足スコアが2番目に高い半面、仕事展望スコアは4象限の平均(3.1)に止まる。

一方、安定した収入を得ていると言う認識が低い「切迫事情」と「複合ニーズ」は、「ライフキャリア充実動機」や「他律要因」よりも生活満足や仕事展望が低い点では共通しているが、多様な自己が職業生活に与えるポジティブな影響を認識している「複合ニーズ」では、そうではない「切迫事情」と比べて、生活満足や仕事展望がより高い状況にある。

図表2 4つのグループ別に見た、役割が2つ以上の人の生活・仕事展望
図表2 4つのグループ別に見た、役割が2つ以上の人の生活・仕事展望このように4つのグループのうち、「ライフキャリア充実動機」は生活満足・仕事展望の双方で恵まれていることははっきりしているが、仕事以外に重要な役割を担うことの価値もまたこのグループに集中しているのだろうか。これを確認するため、図表3、図表4で4つのグループごとに役割数と生活満足、仕事展望がどう関わるのかを示した。各セルのサンプルサイズの違いにより、スコアの厳密な比較は難しいが、ここでは大きな動きを確認することとしたい。

必要に迫られてマルチロールを担うグループで、役割からギフトを得やすい

4つのグループ別に、役割数と生活満足の関係を見たものが図表3だ。図の左側からわかるように、全体の水準は安定した収入があり、多様な自己を持つことの価値を認識する「ライフキャリア充実動機」でもっとも高い。しかし、図の右側に示すように、2つ以上の役割を担う場合に生活満足が高まる傾向がより鮮明なのは、安定した収入を得ていない「切迫事情」や多様な役割を担うことの価値を認識しない「複合ニーズ」であった。

次に、図表4で役割数と仕事展望の関係を見ると、同様に「ライフキャリア充実動機」で全体の水準が高いものの、「切迫要因」や「他律要因」を始め、それ以外のグループでも、おおむね2つ以上の役割を担う場合に仕事展望が高まっていた。

これらから見えてくるのは、経済的事情から、あるいは、希望せず必要に迫られてなど、強い意志を伴う「カッコいい」マルチロールでなくても、個人のライフキャリアの充実にとって十分価値があるということである。

図表3 4つのグループ別・役割数ごとの生活満足スコア ※クリックして拡大
図表4 4つのグループ別・役割数ごとの仕事展望スコア

図表4 4つのグループ別・役割数ごとの仕事展望スコア ※クリックして拡大
図表4 4つのグループ別・役割数ごとの仕事展望スコア

どのグループも、役割4つ以上で疲労・ストレスが高まる

一方で注意が必要なのは、役割数が多すぎることの弊害だ。図表5で示すように、疲労・ストレススコア(※6)は4つのグループ全てで、役割が4つ以上になると急速に高まる。特に、経済的安定度の低いグループ(「切迫事情」「複合ニーズ」)では、役割4つ以上の場合に疲労・ストレスが上昇する幅がより大きい。これまで見てきたように、マルチロールは生活満足や仕事展望を高める傾向にあったが、役割数が多すぎれば疲労やストレスを高めることを通じて、現在や未来のライフキャリアの充実を阻んでしまうのである。

図表5 4つのグループ別・役割数ごとの疲労・ストレススコア ※クリックして拡大
図表5 4つのグループ別・役割数ごとの疲労・ストレススコア

最適な役割を選択していくことがライフキャリアの充実につながる

本稿では、マルチロールを促す要因に基づいて働く人を4つのグループに分け、担う役割の多寡がライフキャリアの充実、疲労・ストレスとどう関わるのかを見てきた。

分析からは、経済的事情に迫られやすかったり、多様な自己を持つことが職業生活に与えるポジティブな影響を認識していなかったりするグループの人であっても、仕事以外に重要な役割を担うことが、生活満足を高めたり、将来の仕事展望を提供している可能性が示された。その半面、役割が多すぎる場合に、疲労・ストレスが急激に高まることも明らかになった。仕事以外の役割を担うことはライフキャリアの充実という点で有益だが、その際に自分にとって過剰な役割を背負いすぎていないかを冷静に点検することも重要である。もし過剰な役割を担っているようなら、周囲とお互いの役割について話し合ったり、一時的に手放したりするなどして、役割数を見直していくことも、長い目で望ましいライフキャリアを実現していく鍵となるだろう。

執筆:大嶋寧子

(※1)労働政策研究・研修機構(2023)「副業者の就労に関する調査」によれば、副業をする理由(複数回答)は、「収入を増やしたいから」が 54.5%で最も割合が高く、次いで「1 つの仕事だけでは収入が少なくて、生活自体ができないから」が38.2%を占める。「1 つの仕事だけでは収入が少なくて、生活自体ができないから」は非正社員でより高いが、正社員でも32%を占めている。
(※2)石山恒貴. (2022). 省察 (リフレクション) で新たな気づきをもたらす越境学習の効果とは. 日本糖尿病教育・看護学会誌, 26(1), 73-77.
(※3)藤野遼平.(2021). 後期近代における自己の多元化の傾向とアイデンティティ理論に関する動向と展望. 大阪大学教育学年報, 26, 51-62.
(※4)4つの象限ごとのサンプルの平均年齢は、順に42歳(標準偏差11.3)、41歳(同11.8)、44歳(同11.3)、44歳(同11.0)で大きな差は見られなかった。また、男性比率は62%、64%、68%、65%で第3象限でやや男性比率が高い傾向が見られた。
(※5)生活満足は「現在、あなたは生活全般について、満足している」「現在、あなたは幸せである」「あなたはこれまでの人生について、満足している」「現在、あなたは家族や家庭の状況について、満足している」の4つの項目について、「1.あてはまる~5.あてはまらない」の5段階で尋ねた結果を、仕事展望は「現在、あなたは今の仕事に満足している」「私が担当している仕事はだんだんレベルアップしていると感じる」「私は将来の仕事における自分をイメージできる」「私は将来の仕事で、どのような可能性があるかを考えている」の4つの項目について、「1.あてはまる~5.あてはまらない」の5段階で尋ねた結果を、該当時に数値が大きくなるよう逆転処理し、平均した値。疲労・ストレスは、「非常に疲れやすい」「不眠のために困っている」「ひどくめまいがして困っている」の3つの項目について、「あまりそう思わない」「ある程度そう思う」「常にそう思う」の3段階のリカード尺度で尋ねた結果の平均値として求めた。
(※6)疲労・ストレスは、「非常に疲れやすい」「不眠のために困っている」「ひどくめまいがして困っている」の3つの項目について、「あまりそう思わない」「ある程度そう思う」「常にそう思う」の3段階のリカード尺度で尋ねた結果の平均値として求めた。

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