「中途採用といえば経験者採用」を克服する ― レベルに合わせた仕事と研修で、未経験者を育てる ―(アイエスエフネット)

2023年08月07日

アイエスエフネットは2000年に創業された企業。ITインフラやシステムの提案や設計、構築、保守運用を手掛けるほか、クラウドサービスを活用したソリューションの提供、多国籍企業向けのヘルプデスクサービスといった事業も展開している。
現在はあらゆる業界でIT人材の不足が叫ばれている。そうしたなか、アイエスエフネットは創業当初から未経験者を積極採用し、ネットワークエンジニアに育て上げてきた。同社はどういう観点で採用者を見極めているのだろうか。また、未経験者を一人前に育てるためにどんな工夫をしているのか、人事部門のトップを務める山本英治氏に聞いた。
株式会社アイエスエフネット CHRO 山本英治氏

IT未経験者を採用して戦力化

──創業から20年あまりで、アイエスエフネットの従業員数は約2,500人に達しました。これまでにたくさんのエンジニアを採用されたと思いますが、そのなかにはIT業界未経験者も多かったと聞いています。まずは、未経験者を積極採用した背景について教えてください。

山本 当社はもともと、社員数4人で立ち上げた企業です。当時は知名度がなく規模も小さかったので、エンジニアの募集をかけても未経験者しか来てくれませんでした。ただ、彼らを育てていくうちに、未経験でもやる気と素養さえあれば一人前に成長できるという手応えをつかめたのです。

──未経験で入社された方々は、どのようなバックグラウンドを持っていたのでしょうか。

山本 千差万別ですね。飲食業、接客業に携わっていた人もいますし、デスクワークをしていた方もいます。また、元自衛官のネットワークエンジニアも少なくありません。

──一口に「IT未経験」と言っても、いろいろなレベルの人がいると思います。たとえば、パソコンに触れたことが一度もないような人でも採用しているのでしょうか。

山本 さすがに、パソコンに一度も触れたことがない人は難しいです。今のところ、自分のPCを持っていて、オフィスソフトを使った経験があることを最低限の条件にしています。それも、「表計算ソフトの枠に数字を入れたことがある」といったレベルではなく、「簡単なスプレッドシートを作ったことがある」「文書ソフトで報告書を作ったことがある」程度の経験はほしいですね。

──未経験で入社した人は、社内でどのようにキャリアアップしていくのでしょうか。

山本 エンジニアの仕事を5段階に分けて考えると、研修を終えたばかりの人が担当するのは、パソコンの設定やヘルプデスクの一次受付といったマニュアルに基づいて動けばいい「レベル1」の業務です。ここで1年半か2年ほど経験を積むと、サーバーやネットワークの知識が多少必要とされる運用業務や、初歩的なシステム構築といった「レベル2」の仕事を務めます。そこで2年以上働くと、一人前のエンジニアと呼べる「レベル3」に到達します。
「レベル4」「レベル5」は、たとえばシステム構築の現場でプロジェクトリーダー、プロジェクトマネジャーなどを務められる人々です。未経験から4年ほどでこのレベルに達する人もいれば、もっと長い時間をかけて成長する人もいます。

──それぞれの成長度に応じ、適切な仕事を割り当てているのでしょうか。

山本 そうです。当社には多くのお客さまがいて、プロジェクトの種類も豊富です。未経験者は「レベル1」の職場で経験を積ませますし、実力と経験が身についたら、別の現場でもっと高度な経験を積ませてキャリアアップを促しています。

未経験者採用時に重視するのは誠実さと学習意欲

──未経験者を採用する際に重視しているポイントはなんでしょうか。

山本 一番大事にしているのは人間性ですね。当社はこれまでもセキュリティを大事にしてきましたし、今後はこれまでの「ネットワーク」に加え、「クラウド」と「セキュリティ」を事業の柱にしていく予定です。お客さまの安全を守るには誠実で素直な姿勢が欠かせませんから、誠実な人柄をまずは求めます。次に、学習意欲も重視しますね。
他には、お客さまと上手に接するためのコミュニケーション能力、ITに詳しくない人にもわかりやすく伝えられる説明力、そして当社の理念に共感してもらえるかどうかを確認するようにしています。

──人柄に加え、学習意欲も大切にしているのですね。

山本 そうです。この業界では次々に新技術が登場していますから、エンジニアも知識を貪欲に吸収しなければならないからです。また、仕事をする上で必要な資格もありますので、自ら学ぶ姿勢がある人が成長しやすいですね。

──未経験者の場合、スキルや経験についてはあまり気にされませんか。

山本 いや、そこは年齢にもよります。若い人なら人間性に加え、基本的なコミュニケーション能力と学習意欲があればいいのですが、30代後半以降の方であれば、リーダー経験や営業経験などのプラスアルファを求めたいです。年齢の高い人は、早いタイミングでチームのまとめ役などを任される可能性もありますから。

──未経験者を採用し、一人前に育てるまでには苦労も多いと思います。一番大変なのはどんなときですか。

山本 「ITは自分に合わない」と諦め、退職する人が出たときは辛いですね。お客さまのなかには、未経験であることを承知で当社のエンジニアを受け入れてもらい、育成に協力いただいている企業もあります。そうしたお客さまの善意が無駄になり、信頼を失うことが一番辛いです。
もしかすると、仕事に対する思いの強い人のほうがエンジニアの仕事になじみやすいのかもしれません。パソコンを使った仕事が楽しい、あるいは人にITを教える仕事に就きたいなどの熱意がある人のほうが、仕事を辞めにくい気がしています。

2年間をめどに高度な仕事に異動して人材価値を向上

──未経験者向けの教育はどのように行っていますか。

山本 未経験者には1カ月間の導入研修を行い、その後は現場で仕事をさせながら必要な知識を教えています。平日の夜にはまとまった時間をとって社内勉強会を開きますし、朝や昼、終業後には、オンラインで学べる10分程度のミニ勉強会もあります。また最近では、1週間から1カ月程度の期間でまとまった知識を身につける「ショートリスキリング」という仕組みを整備しつつあります。

──社員のキャリアアップを加速するため、工夫していることはありますか。

山本 あるプロジェクトに2年間参加したら、そのエンジニアをさらに高度なプロジェクトに異動するのが当社の基本です。
一般的なITプロジェクトは3~5年以上かかることが多く、お客さまから「せっかく仕事に慣れたのだから、この人に引き続き担当してほしい」と要望されることもあります。また、そのエンジニアが同じ職場で働き続けたいと希望するかもしれませんから、必ず2年間で異動するわけではありません。しかし、技術の幅を広げたりステップアップを図ったりするためには、一定期間ごとに別の仕事を経験するほうがいいと当社は考えています。

──エンジニアごとの希望や能力、目指すキャリアパスに応じて適切なプロジェクトを割り当てるのは、かなり大変な作業ではないですか。

山本 その通りです。これまでは、人事担当者が感覚に基づいてマネジメントしていました。しかし2023年春から、エンジニアが持つスキル・経験とプロジェクトをマッチングするシステムを導入しました。これを活用することで、よりキャリアアップしやすい環境が整うと期待しています。

──より高度な現場に入ることが、エンジニアの成長につながるのですね。

山本 はい。そのため、他の企業から当社に転職する人もいますし、新たな環境で成長したいと考えて当社から別のIT企業に移る人もいます。
ただし、そうしたなかには、企業の制度を十分に理解していないのではと思われるケースもあります。当社にも、キャリアアップを目指すためのさまざまな仕組みがあるのですが、それを知らないまま転職する人が少なからずいるのです。これについては当社にも責任の一端があるので、キャリアアップに使える各種制度をマンガにして広報するなどして周知に努めようとしているところです。

報酬向上とキャリアアップの実現が離職率低下のカギ

──エンジニアの離職を防ぐため、何か取り組んでいることはありますか。

山本 待遇の改善には常に取り組んでいます。全社で上げた利益を、できるだけ社員に還元していくこと。また、賞与のうち一定の金額を基本給に組み込み、毎月の給与の金額を底上げしていくこと。そして、資格を取得するなど努力を重ねている人に、資格手当や昇給などの形で報いること。こうして報酬を高めていくことが、一番の離職防止策だと考えています。
もう1つは、各自が望むキャリアアップをできるだけかなえることです。技術を極めたい人には、最新技術に触れられる現場を用意する。逆にマネジメントに興味がある人には、プロジェクトリーダーなどとして経験を積める場を用意する。そうした取り組みを行い、「アイエスエフネットにいれば、人材としての市場価値が高まる」と感じてもらえれば、長期間働き続けてもらえるのではないでしょうか。

──なるほど。とはいえ、流動性の高いIT業界ですから、エンジニアが社外に出て行くのはある程度仕方のないことかもしれませんね。

山本 確かにそうかもしれません。特に優秀なエンジニアほど、1つの会社にとどまってもらうことは難しいご時世です。ただ、他の企業に移ったり、フリーランスになったりした後で、もう一度当社に戻る人がいてもいいと思います。実際に、いったん退社した後で再び戻ってきたエンジニアはここ数年、ありがたいことに増えていますよ。

〈インタビューを終えて〉
中途採用では、同職種での経験の有無が大きな障壁として存在している。特に技術が必要となる仕事では顕著に存在する。確かに、経験者は即戦力として期待できるが、他社との獲得競争になりかねない。アイエスエフネットの事例では、同職種での経験は求めず、リーダー経験やコミュニケーション能力、人柄を評価していた。その上で、専門的な知識や技術を習得する研修とレベルに合わせた現場を組み合わせながら、戦力として育てている。到来しつつある労働供給制約社会において、経験者に絞った採用はますます厳しくなるだろう。仕事や育成の仕組みを工夫しながら、未経験者も採用していくことは、先々の発展を見据えた企業戦略となりうるのではないか。

聞き手:橋本賢二(研究員)
執筆:白谷輝英

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