生え抜きと転職経験者 ―賃金からみる転職の四半世紀の変化―
第1回では、1年間の転職経験者数や転職率に着目して、転職の動向をみた。本コラムでは、少し視点を変えて、(一度も転職を経験していない)生え抜きと転職経験者の比較から、労働移動を考えてみよう。総務省「就業構造基本調査」の個票(匿名データ)をもとに、四半世紀の変化を追う。
生え抜きは減ったものの…。
はじめに、初職から同じ企業に勤め続ける人の割合をみる。生え抜きと呼ばれる層であり、生え抜きでない層が転職経験者ということになる。図表1の棒グラフは、高いほど生え抜きが多い(転職経験者が少ない)ことを示す。
1992年の55~59歳では42%が生え抜きだったが、2017年の55~59歳では35%に低下した。すなわち、現在よりも長期勤続がみられた1990年代前半でさえも、定年近くまで勤続するのは半数に満たなかったが、一度は転職経験のある人の割合が四半世紀を経て増加したことがわかる。また、転職経験者が増加する傾向はどの年齢階級でもみられるが、2000年頃に新卒市場を経験した世代では特に低下幅が顕著なことも読み取れる(2017年の35~39歳と40~44歳では生え抜き率が30%台前半)。
図表1 生え抜きとして働く人の割合
出所:総務省「就業構造基本調査(匿名データ)」
注:対象は、大学・大学院卒業の男性(無業者も含む)
では、転職経験者割合の高まりが、転職経験者の処遇の変化や活躍の場の広がりにつながってきたのだろうか。図表2では、大学・大学院卒の男性の正社員と企業役員を対象として、1992年と2017年における生え抜きと転職経験者の時間あたり賃金を比較した(※1)。生え抜きを赤色、転職経験者を青色とし、それぞれの時間あたり賃金の中央値(50パーセントタイル:50pt)を折れ線で示し、時間あたり賃金の広がりを示すために上位25%(75pt)から下位25%(25pt)までを帯状に色付けした。
まず、1992年をみると、35歳以上では生え抜きのほうが転職経験者よりも50ptの線は高い。これは、生え抜きは転職経験者よりも賃金が高いことを示す。バンド下方(25~50pt)の範囲をみても、生え抜きのほうが高い。しかし、バンド上方(50~75pt)をみると、かなりの部分が重なっており、上位層では生え抜きと転職経験者にそれほど差がない。上位層に限れば、転職経験者が生え抜きと遜色ない水準の賃金を得ていたことがわかる。
図表2 生え抜き、転職経験者の賃金プロファイル
出所:総務省『就業構造基本調査(匿名データ)』
注:相対賃金とは、20~24歳生え抜きの時間あたり賃金の中央値(50pt)を1とした際の各年齢階級、分位点における時間あたり賃金の相対値をいう。
次に2017年をみると、1992年と比較して全体的に賃金プロファイルが平らになっている。これは、20~24歳と比較して、高年齢層の時間あたり賃金が上がらなくなってきたことを示す。特に40歳代後半以降のフラット化が顕著であり、多くの研究でも指摘されている現象が、本データでも確認できる。
中央値の折れ線は1992年と同様に、生え抜きが転職経験者よりも高い位置にある。また、バンド下方(25~50pt)の範囲も生え抜きのほうが高い点でも、1992年と2017年で変化がない。1992年と異なるのは、2017年の生え抜き(赤いバンド)の上方(50~75pt)が青いバンドと重なっていない点である(※2)。
転職の位置づけは変わったのか
図表2の結果を単純にみれば、2017年の転職経験者は1992年と比べて冷遇されているとも解釈できる。すなわち、1992年はバンド上方の重なりの大きさから転職経験者であっても生え抜きと遜色ない待遇の転職経験者上位層がいたことがわかるが、2017年は転職経験者にとって上位に食い込むことが難しくなっている可能性がある。これが、四半世紀における転職の実態なのだろうか。おそらくはそう単純なものではないだろう。
他の解釈も考えられる。鍵となるのは転職の“一般化”である。図表1の生え抜きの割合で確認したように、この四半世紀で一度は転職する人の割合は増加した。転職を経験する層が広がったという意味では“一般化”したといえるだろう。とすれば、この“一般化”によって、転職理由が多様になった可能性が考えられる。収入アップなどの待遇の改善が明らかな場合にのみ転職が実現した時代から、職場の人間関係への不満によるあるいは自分のスキルを高める・広げるための転職など、転職の目的が多様化することによっても、図表2の結果が表れる可能性がある。一人ひとりが抱えるニーズに沿った転職ができるようになったのであれば、社会的に望ましいともいえるだろう。
さらに、転職経験者に対する企業の視線にも注目したい。図表2の結果を企業の行動変化として捉えるならば、中途採用によって上位層をとらなくなったのか、あるいは下位層をより積極的にとるようになったのかのどちらかである。労働市場の環境が移りゆくなかで、企業が転職経験者をどのように考えているのかも明らかにされるべきだろう。
こうした点を踏まえ、本プロジェクトでは、転職による収入の変化以外にも、何を目的として転職活動をしたのか、何が転職によって改善したのかなど、さまざまな側面から転職の実態を観察する。また、個人のみならず、企業側にとっての転職経験者の位置づけも調査していく。
小前和智(研究員・アナリスト)
(※1) ここで対象を大学・大学院卒の男性の正社員と企業役員としたのは、この層が日本的雇用の中核的な役割を担ってきたからである。2010年代に入り女性や高齢者の労働参加が進むなど、1990年代から2010年代にかけて労働市場にはさまざまな変化・変容がみられる。それらの影響をなるべく除き、転職経験者の待遇変化に焦点を絞るため、対象を限定した。
(※2)より広い範囲を確認するため、2017年の生え抜きと転職経験者の90ptを比較したが、それでも2017年は生え抜きのほうが転職経験者よりも賃金プロファイルが高い位置にあった。