創造性を発揮したくない日本人。その処方箋を考える

2022年10月03日

イノベーションを起こすには、働く人の日常的な創造性が必要である

「働く人の創造性」と聞くと、どのようなものがイメージされるだろうか。人によっては、市場を塗り替えるような新製品・サービスの発明や、そうしたものを生み出す天賦の才をイメージするかもしれない。

しかし、働く人の創造性はもっと「身近」で「日常的なもの」だ。辞書をひもとけば、creativityは「想像力を使って新しいアイディアを生む力」(*1)「新しいものを作ったり、新しいアイディアを考える力」(*2)などとされており、偉大な発明や天賦の才というニュアンスはほとんど感じられない。経営学の領域でも、創造性は「組織にとって有益で新しいアイディア」であり、あらゆる階層の人が生み出しうるものと位置付けられている。

そして同時に、働く人の創造性は、組織がイノベーションを実現する基礎的条件でもある。イノベーションについての研究成果をレビューしたアンダーソンらの研究では、イノベーションはよりよい手順や実践、製品を生み出すアイディアを「実行」することであり、創造性はそのアイディアをまさに生み出すことであると整理されている(図表1)。

確かに、仕事を行う上で生まれている非効率や、今の商品やサービスで応えきれていない顧客のニーズをよく知っているのは、さまざまな現場で働く従業員である。そのような生きた情報に接する、ごく普通の従業員が、これまでのやり方に健全な問題意識を持ち、そこから生まれたアイディアを育てることができない組織では、その先に大きな問題解決や経済価値の創出をもたらすイノベーションを実現する機会が大きく損なわれてしまうだろう。

図表1 創造性とイノベーションの定義

仕事における創造性とイノベーションは、物事を行うための新しくてよりよい方法を開発、導入しようとする過程や結果、製品のことである。このプロセスで創造性はアイディアを生み出すことを意味し、イノベーションはこれに続くよりよい手順や実践、そして製品を生み出すためにアイディアを実行することを意味する。

(注)ここでの定義はAnderson et al. (2014, p.1298) による。
(出所)Anderson, N., Potočnik, K., & Zhou, J. (2014). Innovation and creativity in organizations: A state-of-the-science review, prospective commentary, and guiding framework. Journal of management, 40(5), 1297-1333.

世界的な課題となる、組織にとっての働く人の創造性

組織にとって働く人の創造性は、重要性は理解しつつも、ほかの急ぎの課題を脇に置いてまで取り組むべき緊急課題とは位置付けられてこなかった。むしろ働く個々人が創造性を発揮したら、安定して事業を営むことが難しくなりかねないと、個人が今のやり方に問題意識を持つことをよしとしない組織もあっただろう。

しかし、経営を取り巻く不確実性がかつてないほど高まり、既存事業への安住が大きなリスクになるなか、企業は日常的・継続的にイノベーションを起こしていく必要に迫られている。その基盤としての働く人の創造性は、規模や業種を問わず、今やすべての企業にとって重要なだけでなく、喫緊の課題になっている。

実際、今後組織で必要性が高まるスキルとして、働く人の創造性を重視する傾向が強まっている。世界経済フォーラム『仕事の未来レポート』によれば、個人に求められるさまざまなスキルの中でも、「創造性、独創性とイニシアチブ(Creativity, originality and initiative)」は、2015年時点で10位であったが、2020年には5位となった(図表2)。これは日本企業においても同様であり、日本経済団体連合会が会員企業に行った調査(*3)でも、大卒者に特に期待する能力の第3位に「想像力」が位置付けられた。

図表2 今後組織で必要性が高まるスキル

fig_2.png

(注)2025年に向けて重要性が高まるスキル。ここではTOP15のうち上位10位までを掲載。
(出所)世界経済フォーラム『仕事の未来レポート2020』

創造性に蓋をする日本人

問題は、日本で働く人の多くが、職場で日常的な創造性を発揮できていない、ということである。リクルートワークス研究所「創造性と職場のつながり調査」(2022年3月)によれば、組織で働く個人のうち「何かをよくするために新しいことを提案したり、その実現に取り組んだりする」ことを日常的に行っている人の割合は21%にとどまった。実に雇用者の8割の人は、仕事に関して何かをよくするための新しい提案や、その実現への取り組みを行っていないか、ごくたまにしか行っていないのである。

特に男性では、提案やその実現に取り組むことが「全くない」「めったにない」と回答した人の割合が60代で21%、40~50代で26%、20~30代で33%と、若いほど「新たな提案を行わない」傾向がみられた。組織は、新しい視点や発想を持つはずの若い世代の問題意識や気づきを、提案という形で発芽させることができていない。

なぜそのようなことが起きているのか。それを考えるヒントをくれるのが、創造性の発揮に関わる個人の考えを聞いた国際比較の結果である。図表3は世界価値観調査(WAVE6)より、「新しいアイディアを考え、創造性を発揮することが自分にとって大事である」と考える人の割合を国別に示したものだ。これによると、新しいアイディアを考えることや、創造性発揮を自分にとって大切に思う人の割合は、韓国(25%)、中国(28%)、米国(35%)、シンガポール(40%)、ドイツ(41%)に対し、日本は最も低い18%にとどまった(回答60カ国の単純平均は47%)。

自分にとって価値や喜びを感じられる行為であれば、人はそれを大事に思うはずである。図表3の結果からは、日本では多くの人にとって新しいアイディアを考えることや、それを通じて創造性を発揮することは「やりたくてもできないこと」ではなく、むしろ「やりたくないもの」となっている様子がうかがえる。つまり日本で多くの従業員が創造性を発揮できる環境を作るためには、いかにして新しいアイディアの生成に、働く人が価値や喜びを感じられるようにするのか、という問題に向き合う必要がある。

図表3 新しいアイディアを考え、創造性を発揮することを大事だと考える人の割合
fig_3.png(注)「あなたは次のことを大切にしている人としてどの程度当てはまりますか?」との質問に続いて、「この人にとって重要なのは、新しいアイディアを考え、創造性を発揮することです」という文章が示され、自分への近さを回答する設問で、8つの選択肢のうち「very much like me」または「like me」と回答した人の割合を示している。なお、この設問への回答は先進国で低く、発展途上国で高い傾向にある。このため図表では近隣諸国あるいは経済水準が近い国を抜粋して示している。
(出所)世界価値観調査(WAVE6)より作成

心理的安全性だけでは足りない

これまでの研究で、働く人の創造性には、個人のパーソナリティや職務特性のほかに、上司のリーダーシップ、周囲との関係性、仕事環境などが影響することが指摘されてきた。その中には「心理的安全性」(率直に自分の意見を伝えても、対人関係を悪化させないという信念が共有されている状態)のように、膨大な研究蓄積の下で、多くの人に知られる概念もある。

しかし、多くの人が新しいアイディアを生み出すことに喜びや価値を感じ、日常的にそれを生み出せる職場を作ろうとするとき、心理的安全性の高さだけでは十分とはいえない。例えば、新しい提案や問題の指摘を行っても人間関係は悪化しないという安心感があっても、職場の多くの人が関わって一つのアイディアを育てる発想や機会がなかったり、新たな提案を行う際に最初から高い完成度が必要だったり、言い出した人がすべてをやりきることを求められたりするような職場では、提案を行うことは孤独で負担が大きなものになりやすい。そうなれば、誰かが問題意識を持ってもそれに蓋をしてしまう、まだ力量のない人の萌芽的なアイディアが育たず、若手の重要な視点に基づく提案が見逃されてしまう、ということが頻繁に起きかねない。

実際、前出の「創造性と職場のつながり調査」を用いて分析すると、心理的安全性だけでは、働く人の創造性が発揮されにくい状況がみえてきた。「職場における心理的安全性(以下、安全)の有無」と、「アイディアを共創できるつながり(以下、共創)の有無」に関わる変数を用いて働く人の状況を分けると、①安全も共創もある人は25%、②安全はあるが共創はない人は11%、③安全はないが共創はある人は17%、④安全も共創もない人は47%であった(図表4)。
次に、この①~④の別に「何かをよくするために新しいことを提案したり、その実現に取り組んだりすること」を日常的に行っている人の割合をみると、④安全も共創もない場合に最も低いだけでなく、②安全だけあり、③共創だけありの場合にも、①安全と共創が共にある場合と比べて明らかに低い傾向にある(図表5)。

図表4 職場の「安全」「共創」の状況別にみた、働く人の分布
fig_4_2.png(注)「私の職場では、ありのままの自分でいられる」に「あてはまる」「ややあてはまる」と回答した人を安全あり、それ以外を安全なしとした。また、「私の職場では、新しいアイディアを考えることができない時に、話をきいてくれる人がいる」に「あてはまる」「ややあてはまる」と回答した人を共創あり、それ以外を共創なしとした。
(出所)リクルートワークス研究所「創造性と職場のつながり調査」

図表5 新たな提案とその実現に日常的に取り組む人の割合

fig_5.png(出所)リクルートワークス研究所「創造性と職場のつながり調査」

創造性を引き出す職場を考える

働く人が自分の創造性に蓋をしないようにするためには、心理的安全性だけでなく、お互いの創造性を引き出しあうような関係性が必要である。そこで本研究プロジェクトでは、そのような関係性とは何か、どのようにすればそうした関係性を生み出せるかの解明に取り組んでいる。次回から、働く人の創造性を引き出しあう職場をテーマに、有識者や実践者、企業にインタビューを行い、この問いへの答えを探っていく。


大嶋寧子

 

(*1)Macmillan Dictionary
(*2)The Britannica Dictionary
(*3)日本経済団体連合会(2022)「採用と大学改革への期待に関するアンケート結果」https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/004_kekka.pdf