人々の固定化された認識や関係性を解きほぐす ―「コミュニケーションデザイン」の視界から― 塩瀬隆之氏
「どうすれば社員が問題意識を持つようになるか」「新しい提案が出てくるようになるか」。こうした悩みに直面する経営者やマネジャー層は少なくありません。悩みの中身を紐解くと、組織や人間の認識、関係性が固定化しているという、一つの大きな課題がみえてきます。課題を乗り越え、創造性を発揮しやすい環境を作るには何をすればいいのでしょうか。
第4回は、より創造的な対話関係を生み出すコミュニケーションデザインの研究で第一線に立つ、京都大学総合博物館の塩瀬隆之准教授に話を聞きました。
【プロフィール】 塩瀬隆之(しおせ・たかゆき)
京都大学総合博物館准教授。京都大学工学部卒業、同大学院工学研究科修了。専門はシステム工学。2012年より経済産業省産業技術政策課にて技術戦略担当の課長補佐に従事、2014年より現職。さまざまなワークショップの開催を通じて、学校におけるキャリア教育、企業におけるイノベーター育成などに関わる。近年の共著に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(2020)がある。
要件1:「問い」の力問題なのは、「問い」をストレートに吐露できない状況
創造性を引き出す際に、大切な要素になるのが「問い」。問いの役割は、答えを手に入れることだけではありません。人の思考や感情を刺激するのも、問いが持つ力の一つです。そして「考える」ことによって、日常で凝り固まった認識が揺さぶられ、新たなアイデアが創発される場合があるのです。
『問いのデザイン』という本を出してから、いろいろな企業から「うちのチームの問いを考えてほしい」と依頼されるのですが、それはちょっと違うんですよね。問いはわざわざ作らなくても、誰しもの中にあるものだから。皆、薄々ながらも「考えるべきこと」は分かっているのに、それをストレートに吐露できない状況に問題があると思うのです。まぁ、問うことより答えることのほうが褒められる機会が多いし、問いや気づきが芽生えていても、「人に話すほどのものじゃない」と“大人になる過程”で隠れていってしまうのでしょう。
自分の頭の中で考える時の良さは、未定義語を使えることです。まだよく分からない言葉や勘でもって思考できるのが最大のメリット。定義できない、分からないことを“込み”で考えるからこそ、創造性の発揮やアイデアにたどり着けるのです。だから、問いと向き合って考える、あえて言語化しない時間を持つことは、すごく大事なんですよ。
答えや結論が出ていないことをぶつけ合えるか
加えて、まだ結論が出ていないことに対して意見をぶつけ合える場があるか、人間関係があるか――これも大事。ですが、昨今の職場やチームには、明確になった言葉でしか話せない雰囲気があるから、それが難しくなっています。周囲から「それはどういう意味?」「どう定義する?」と言われるほどにボキャブラリーは限定され、しゃべれなくなってしまう。あるいは、上司に説明するために文書を整えるとなれば、突っ込まれないように「曖昧なことはやめておこう」と、どんどん内容を削って話すことになる。すでに結果が出ていることや、定義語だけのやり取りからは新しいものは生まれません。だから職場では、もっと個人が解放されるような、その人が持つ“端から端まで”を使い切れるような状況を作ることが、大きな課題になってくると思いますね。
要件2:アイデア出しの準備運動遠くまで跳ぼうと思ったら、助走は欠かせない
会議などでアイデア出しをする時、往々にして大きな跳躍が望めないのは、準備運動が足りていないからです。よく幅跳びに例えて話をするんですけど、急に「跳べ」と言われてできるのは、さしずめ立ち幅跳びくらい。両足をそろえて、「えいっ!」とその場でジャンプするやつ。遠くまで跳ぼうと思ったら、助走は欠かせないじゃないですか。また、チームによるアイデア創出となれば、二人三脚、六人七脚になってくるから、その助走の息が合わなければ、やっぱり遠くには跳べない。スポーツにおいては、誰もが準備運動や助走が必要なことを知っているのに、なぜ、アイデア出しは急にできると思うのか――そこは疑問ですし、問題だとも感じています。
言葉をそろえる。目線をそろえる
チームの助走で大切になるのは、言葉をそろえることです。仮に「10年後に向けた新規事業を考える」会議があるとしましょう。ポイントは「10年後」。この時間幅がどれほど物事を変化させ、どれほど変化させないのか。各人が持つイメージは当然違いますよね。その違いが参加者に共有されていない状態で、急に会議を始めても、ブレが生じて立ち幅跳びになってしまうわけです。こういう場合、プレ会議として言葉をそろえるワークをするのも有効です。
中でも、価値観を表すような言葉、形容詞や副詞をそろえることは重要です。京都の伝統産業における技能伝承を例に挙げると、多くは「黙して語らず」と表現され、言葉による伝承はないように思われるけれど、そうじゃないですよね。暮らしをともにする徒弟制度の中で、「大きい」「美しい」などといった物事の状態や性質を表す言葉をたくさん共有しているわけです。例えば「平安神宮の社のような朱色」と表現された時、同じものを見ていれば色の具合が分かるわけで、生活世界を共有していれば、言葉は共有できるのです。時間や場所、景色なども含めた共有は、目線をそろえるという意味でも重要です。
アイデア出しを習慣化する
日頃からのトレーニング、助走はやっぱり必要だと思いますね。ある会社では、クライアントワークから離れたアイデア出しを定期的に行っているのですが、これはまさに準備運動みたいなもの。アイデア出しの習慣化やクリエイティブ力を養うことが目的だから、そこから直接アイデアの種が取れなくてもいいんですよ。だからアイデアが出ようが出まいが、内容についての評価はしない。こういう機会、アウトプットする場は、考える習慣を身に付けるのに一役買ってくれると思います。
要件3:場の定義現行の「会議の仕方」は、創造性の発揮を阻んでいないか
まず、会議という場の定義付け。会議といった瞬間に、皆さん眉間にシワを寄せるのはなぜでしょう? 腹の探り合いや、責任の押し付け合いを会議と呼ぶような場からは、創造性は得られないですよ。組織の人口ピラミッドも、仕事の進め方も大きく変化しているのにもかかわらず、10年、20年前の“焦げ”がこびりついた状態で、創造的にしたいといっても無理があります。私が提案しているのは、年に1回でもいいから「会議の仕方に関する会議」を開くということ。現状の進め方で本当に皆が言いたいことを言えているか。一人ではなく、皆でアイデアを創出できる場になっているか――検証したり、議論したりする場が必要です。特に、組織風土の違う人が入る時は、共通言語を作るうえでも、こういった通過儀礼は大切になってきます。
アイデア出しだけでなく、あらゆる場面をクリエイティブに
単純に会議の座り順を変えるのでもいいし、要は、会議に対して持つ先入観を払拭することです。例えば、新規事業を提案する話があった際、私はその内容を作るプロセスを変えるお手伝いをすることがあるのですが、その先の場、上司から評価を受ける会議が固定化していると、結局いい結果が出ないのです。新しいことをするのであれば、プレゼンの仕方も評価の仕方も変えないと。ある企業で採った方法は、アイデアを出す4チームそれぞれに役員を一人ずつつけて、役員からプレゼンをするというもの。多くの会議のように、上座に就いてプレゼンを受けて評価するのではなく、自身が推し進める側に回ると役員も頑張りますよね。
創造性を求めるなら、アイデア出しだけじゃなく、そのプレゼン方法、評価方法までをクリエイティブにしない限り、新しいことには結びつきません。新しいメンバー、今までにやっていない新しい集まり方、会議運営……それぐらい段取りしないと、クリエイティブな場ってなかなかできないと思います。
場の定義をもっと自由に捉える
場というのは何も部屋だけじゃないので、もっと定義を緩めてもいいんですよ。自由に捉えれば、場というのはけっこう動かせるものです。誰かに話しかけよう、何かを頼もうと思った時、デスク周りじゃなくて、例えばトイレの行き帰りの途中で声をかけてみるとか、ちょっとテラスに出てみるとか、それだけでも変わります。話しかけたり、話しかけられたりするその場が「考える場」になるのです。
ロンドンにある美術大学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでは、こんなワークショップが開かれたことがあるそうです。テーマは「どんなオフィスで働きたいですか?」。オフィスと言われると、皆さんは普段自分がいる場所を思い浮かべるから、あまり斬新なアイデアが出てこないんですけど、ロンドン市の地図を出して「どこにオフィスを置いてもいい」と言われると、様子が変わってきます。大英博物館の中に置きたいとか、テムズ川のほとりがいいとか、さまざまに出てくる。そして、なぜその場所なのかを考えると、荘厳な雰囲気の中で働きたい、爽やかな風を感じながら働きたいなどというように、自分が求めているものが言葉になってくるのです。「どんなオフィスがいいか」という直接的な問いに、「どこに置きたいか」という間接的なタグが入ると、言語化しやすくなるわけです。
こと日本の企業においては、職場が“自分たちのもの”になりきっていないように感じます。それでもそこに身を置くことに、私たちは慣れすぎたのかもしれません。もっと自由に捉えて、自分にとって居心地のいい場所を組み合わせたいものです。今、当たり前に映っていることを疑い、人々の固定化された認識や関係性を解きほぐすことから、創造性の追求は始まるのではないでしょうか。
創造性を引き出す方法
意識せずとも、昔から息を吸うみたいに
やっていますからねぇ(笑)。
実践してきたシンプルな方法は、
学校と家、職場と家の通い道を毎日変えること。
あとはカラーハンティング。色を“縛り”、
道すがら、赤なら赤だけを見るようにする。
すると、意外なものが目に入ったりして
発見ばかりだから、面白いですよ。
――塩瀬隆之
執筆:内田丘子(TANK)