「やらされ感」のない自律的な成長を促すため、社員が能動的に考える仕組みをつくる。 久野金属工業株式会社

2022年10月20日

kuno-sama.jpg自動車や産業用機器向けプレス部品メーカーの久野金属工業(愛知県常滑市)は、製造工程や受注を管理する基幹システム、バックオフィス業務を効率化するツールの導入など、ITやデジタル技術の活用による生産性向上を推進してきました。その原動力は社員から日常的に出される「作業のやり方を変えたい」「このツールを導入したい」といった改善提案です。同社の久野功雄副社長に、社員自ら考え発言する組織を作るための工夫を聞きました。

発信前提に仕事をすると、社員は成長する

――社員一人ひとりからの提案を促すために、どのような活動をしていますか。

10年ほど前から、同じような仕事をしている社員が5~10人のグループを作って毎週1回5分間、回り持ちで発表する場を設けています。現場、現物、現実の三現主義に、原理、原則に従うという意味を加え「5GEN5min」と名付けました。全メンバーがお互いに教え合う仕組みで、新人も入社後数カ月たって慣れてきたら、発表のローテーションに加わります。内容は「この工具は、この持ち方にするとけがをしづらくなってより安全だ」といった小さな気づきの共有や、不良品が出た時の再発防止策の提案など、職場に関することなら何でも構いません。

――5GEN5minを始めたきっかけは何だったのでしょう。

最初は金型技術部門のベテラン技術者から後輩へ、ノウハウを伝えてもらうことが狙いでした。技術者はたいてい職人かたぎで、作業手順も人によって違います。しかも教えることに慣れておらず黙々と仕事をする人ばかりなので、あえて言葉にしてもらう場が必要だと考えたんです。
日本企業のOJTは、「背中を見て覚えろ」式の教育になりがちです。また集合研修を数時間受講しても、それぞれの社員にとって参考になる部分は、全体のごくわずかです。「5GEN5min」は、職場に密着した情報を5分で伝えるので、話し手の負担も少なくてすみ、聞き手の記憶にも残ります。会社にとっても、必要なことを社員が教え合って自然に成長してくれるので、これほど楽なことはありません(笑)。

――5GEN5minを始めてから、社員の姿勢や行動に変化が生まれたのでしょうか。

社員が、発表の「ネタ」を常に考えながら仕事をするようになりました。英会話と同じで、アウトプットという能動的な行動を前提にすると、仕事でのインプットの質が飛躍的に高まります。特に新人は日ごろ受け身になりがちですが、発信の機会を持つことで、成長速度がぐんと上がりました。話し上手な人の発表を聞くことで、言語化のスキルもアップします。
発表は、社員が問題意識を持つきっかけにもなっています。例えば若手の説明に関して、先輩が「それは違うんじゃないか」と誤りを指摘することもありますし、逆に新人から「この作業がやりにくいんですが、どうにかならないでしょうか」という率直な気づきが語られ、メンバーが改善方法を考えることもあります。職場に新しく導入したツールについて「役に立っていないんじゃないか」という意見が出され、改良につながることもしばしばです。

kunokinzoku-photo.jpg自社開発プレス機とロボットでEV部品を生産

若手が忖度せず意見をぶつける、風通しの良い職場になった

――どのようなプロセスで、5GEN5minを職場に定着させたのでしょう。

最初から完全なかたちで導入するのではなく、スモールステップで段階的に仕組み化を進めました。5年前、金型技術部門から全社に取り組みを広げたのですが、当時は実施回数などをあまり管理せず、緩やかにスタートさせました。2年ほどして社員が慣れたころ、各部門の目標管理に「毎週5GEN5minを実施する」という項目を加えました。そして発表者に内容についての簡単なレポート提出を求め、職場で共有するようにして、システムとして定着させました。
導入当初は社員たちに「やらされ感」もうかがえ、若手が先輩に遠慮する様子もみられました。しかし多くの場合1~2カ月たつと、若手が忖度なしで先輩に率直な意見をぶつけるようになりました。それによって「5GEN5minを始めてから、職場の風通しが良くなった」と社員自身が実感するようになり、「やらされ感」が薄れていきました。

――5GEN5minの内容は、個人の評価に反映されるのでしょうか。

評価には入れていません。自分がせっかく伝えた内容についてとやかく言われたら、いい気持ちはしませんし、発表の意欲も下がってしまいます。会社はあくまで、レポートを通じて実施が確認できればいい、というスタンスです。ただ僕自身は、5GEN5minで社員が話した内容を朝礼などでたまに取り上げて、発表のモチベーションを高めるようにしています。
なお、2年ほど前に策定した「行動指針」にも「自分にしかできない仕事を作らず、社内で共有する」という項目を設けました。指針は評価項目と連動しているので、自分の仕事に関するマニュアルを作るなど、指針に沿って情報共有を進めれば、評価の対象となります。

社員が話し合い、最適解を考える トップの本気度も大事

――現場から提案を引き出す仕組みは、ほかにもありますか。

社員には最低でも半期で1件、年間2件の「改善提案」を出すように求めています。しかし職場に問題があっても声を上げられない人はいますし、提案を受け止める上司の力量にも差はあります。
このため各部署に毎月1回、社員が上司を含めた、部署のメンバーの前で課題を提案し、それについて議論する会を設けています。グループリーダー以上の社員が参加する部署もあれば、全員参加の部署もあります。会である社員から「仕事のこの部分がやりにくい」という意見が出たら、新しい作業手順を考えたりITツールの導入を検討したりして、職場の困りごとを一つひとつ、みんなで解決していきます。
初めのうちは、僕がすべての会を仕切っていましたが、今は部門長が運営しています。マネジメントが答えを出すのではなく、社員たちが話し合って最適解を考えてほしいという思いからです。

――会で出された改善提案は、職場にどんな効果をもたらしますか。

例えば主に女性社員で構成されている営業アシスタントの会は発足当初、問題が多すぎて毎週開かれていました。社員は仕事を抱え込んで残業が多く、有休も非常に取りづらかったのです。仕事の司令塔を担う部門なのにミスも頻発し、ほかの部署からクレームも出ていました。
しかし会を重ねるごとにどんどん問題が解決されて、月に1回、2カ月に1回……と頻度も減り、最後は会そのものがなくなりました。メンバー全員がのびのび働いて定時で退社し、有休も取れるようになったからです。
うまく回っている部署は会を設けなくても、社員がITツールの活用を思いついたら、自分から見積もりを取って職場に導入を提案してきます。会社も2年以内に採算が取れる場合は、基本的にゴーサインを出します。

――社員のほうから問題提起や提案が生まれるような職場を作るには、どうすればいいのでしょう。

社員は「改善を提案して」と言われるとハードルが高いと感じてしまいますが「やりにくいことや、うまくいっていないことはない?」と聞かれれば、ほとんどの場合いくつか心当たりがあるでしょう。われわれマネジメントはそれを聞き出す仕組みを作り、必死に解決に取り組むべきです。営業アシスタントの会でも、僕は毎回出席して話を聞き「それは大変だね、きついね」と言いながら、一緒に対策を考えました。ただし具体策を提案するのは、現場をよく知る社員たち自身です。
社員も「自分の提案を、会社は本気で考えてくれる」と認識すれば、自然と声を上げるようになります。それによって「やらされ感」のない社員の自立的な成長を促す仕組みが、職場に少しずつ作られていくのではないでしょうか。


執筆:有馬知子

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