堀義人氏 グロービス経営大学院学長 グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー
「ヒト、カネ、チエのビジネスインフラ構築」を標榜し、MBAコースを中心とした経営大
学院、ベンチャーキャピタルによる投資事業などを展開するグロービス。創業者の堀義人氏は、これらビジネスの範疇にとどまらず、各界のリーダーを集めた「G1サミット」、日本のビジョンを描き出し、政策提言などを発信する「100の行動」など、社会的な活動にも積極的に取り組んでいる。そのエネルギッシュな行動力の源泉は、どこにあるのだろうか。
2人の祖父に学んだ、
「明確な志」の大切さ
リーダーの資質として、「明確な志」を第一に挙げる堀氏。グロービスの経営にせよ社会的活動にせよ、堀氏の志には「社会をよりよくするため、自分は何ができるのか」という視点が常に意識されているようだ。その点について堀氏は、父方と母方、2人の祖父の影響があると語る。
私の父方の祖父、堀義路は、27歳でケンブリッジ大学工学部に留学、帰国後20代で北海道大学工学部の教授になりました。48歳の時には藤原工業大学と慶応義塾大学を合併させることで、慶應義塾大学の理工学部を創りました。戦後も各種工学系の国際会議議長などを務めていたのですが、私が9歳のとき、飛行機事故で亡くなりました。葬儀の後、祖父の追悼集を渡されました。そのタイトルが『吾人の任務』です。それは祖父が20代に書いたエッセイから取られたもので、自分の任務、ミッションを意味します。祖父は人生を通して、自らが20代のときに設定した「吾人の任務」を全うしたのだと思います。
一方、母方の祖父は真鍋梅一という四国の政治家でした。この祖父は、社会の悪を政治の力を通じて退治しようという志をもった熱血漢でした。公害問題と戦い、社会的弱者に生きる喜びを与える努力をし続けたのです。この母方の祖父は、私が19歳のときに他界しました。
私はこの2人の祖父の影響で、大学のころまでは政治家か科学者、二者択一のキャリアを考えていたと思います。ところが工学部に進学した大学生活や、さまざまなアルバイトで広く社会勉強をした休学期間を経て、政治家も科学者も自分には向いていないと思うようになりました。結局、人と会うことが好きで英語を活用したい、ビジネスに向いているかもしれないと思い、総合商社への就職を決意しました。
ですが、2人の祖父の生き様から感じた、「自らの使命は何か?」という問いかけは、私に強い影響を与えました。働いていた総合商社の社内制度でハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に留学し、MBAを取得した後にグロービスの立ち上げを決意するのですが、この問いかけがあったからこそ、起業の決意を固めることになったのだと思います。
刺激を受けたビジネス・スクール
芝生の上で描いた事業アイデア
HBSでの学生生活は、堀氏にとって刺激にあふれたものだった。実際の企業事例を題材に自らを経営者の立場に置き、戦略を立案するケースメソッド。優秀な学生の多くが起業を目指していること。キャンパスの芝生に寝転がっていた堀氏は、一つの事業アイデアに思い至る。
HBSはすごい。多数の優秀な卒業生を輩出し、経営に関する知を多く収集し、創造し、広めている。アメリカ経済、世界経済への貢献は非常に大きいと思いました。そして、こういうビジネス・スクールを日本に創れないだろうかと考えました。HBSのカリキュラムのエッセンスを、夜間と土日を使って短期間に、低価格で学ぶことができたら、どれだけ多くの経営人材を輩出できることか。そんなことを考えたら、ワクワクしてきたものです。
次世代の中心となる知識集約型産業での成功に必要な「ヒト」「カネ」「チエ」について分析を進めることで、日本にHBSのような経営大学院を創ろうという事業アイデアは、さらに肉付けされていきました。
まず「ヒト」。今後、複雑多様化する経営環境では、体系的な経営教育を受けていない経営者が成功するのは困難になります。私が起業した1990年代初めの頃、そうした教育を提供するビジネス・スクールは全米に数百ありましたが、日本には数校程度でした。ビジネス・スクールを設立し、企業のリーダーを育成する必要があると考えました。
次に「カネ」です。当時日本のベンチャー・キャピタル(VC)の数は、アメリカに遠く及びませんでした。とりわけ創業期や成長初期に投資し、経営支援まで手がけるアーリー・ステージ型VCは、日本にはほとんど存在しません。こうしたタイプのVCが、日本には必要でした。
最後に「チエ」です。企業経営に必要なのは「ヒト」「カネ」だけではありません。実行可能な戦略や計画に関するノウハウが求められ、そうした経営に関する知見を継続的に創造・発信する研究機関が必要ですが、日本では皆無に近かった。経営研究所を設立し、チエを発信する仕組みが必要だと考えました。
こうして「グロービスはヒト・カネ・チエのビジネスインフラを構築し、社会に創造と変革を促す」というビジョンが形づくられました。「ヒト」についてはグロービス経営大学院、「カネ」についてはグロービス・キャピタル・パートナーズ、チエについては「グロービスMBAシリーズ」の刊行などといった形で、実現していきました。
グロービスの起業に先立ち、私も祖父のように、起業家としての「吾人の任務」をまとめました。「起業家として、志をもつ多くの仲間とともに、創造と変革を行う。それを通じて、世の中をより住みよい社会に変えたい」と書き記したのです。私はお金ほしさやハングリー精神で起業を決意したわけではありません。あくまでも、社会に価値を創造する起業家になることが「吾人の任務」ではないかと気づいたから、この道を歩み始めたのです。
堀氏はリーダーの資質として、冒頭に挙げた「明確な志」のほか、「事業を実行する能力」そして「多くの人を巻き込む力」が必要だと説く。
新たなビジネスモデルを作り、それをもとにしてプロダクトやサービスを構築する。その中で必要なお金を調達しながら、戦略を描き、意思決定を下していく。これが「事業を実行する能力」です。「明確な志」が1つめだとすれば、それが2つめです。そして3つめは、多くの人を巻き込み、説得し、その人たちが一緒になって働いてくれるようにする力。大きくいうとこの3つが、リーダーに求められる資質でしょう。
ビジネスでの成功の次は、
「日本のかたち自体を変えたい」
1992年、渋谷の小さな貸し教室で始まったビジネス・スクールは、現在は在校生1300人を超す日本最大の経営大学院に。グロービス・キャピタル・パートナーズはファンド運用額累計500億円、投資社数累計約120社というVCへ成長した。ビジネスで成功を収めた堀氏は、新たなステージに進んでいく。
グロービス経営大学院をアジアナンバーワンの大学院にすることを目標に掲げています。これは実現のめどが立ってきたと感じています。ただし、時間がかかります。大学院の評価は卒業生の活躍で決まりますから、時間の短縮はできません。大学経営のためのチームは出来上がっているので彼らに任せておけば、私の能力は3、4割くらいを割けば大丈夫であることが見えてきました。
そうなってくると、自分のなすべきことは「ヒト・カネ・チエのビジネスインフラを構築する」、それだけでいいのだろうかと思うようになりました。一方で世の中を見ると、バブル経済の崩壊まではジャパン・アズ・ナンバーワンといわれていたのが、日本はずっと右肩下がりが続いています。
一生懸命、社会を創造、変革するといい、ビジネスとして人材や産業の育成に取り組んできたが、それだけでは間に合わない。日本のかたち自体を変えなければならないと思い始めました。どのようにしたらそれが実現できるのか、考え続けましたが、私は起業家なのだから、まずできることから始めようと思うようになりました。第1に、同じ志をもつ政治家の応援を始めました。今も、党派に関係なく、10人くらいの方々を応援し、選挙のたびに応援演説をするなどしています。第2に、自分が考えていることを、積極的に発信するようにしました。通常、ビジネスパーソンは政治的な発言は控えるべきだといわれますが、そんなのは関係ない。第3には世界での日本のプレゼンスを高めるため、国際的な場に、なるべくたくさん参加するように努めました。ダボス会議やフォーブスのグローバルCEOカンファレンスなどでスピーカーを引き受けたのです。
ダボス会議に参加しているうちに気づいたのは、「これからの社会を変えていくのは、この会議のような、多様なステークホルダーが集まるプラットホームだ」ということでした。政治家、ビジネスパーソン、学者、NPOの人、アーティストやスポーツ選手、そしてメディア。立場を超えたリーダーたちが学びあい、議論する場として2009年に始めたのが、「G1サミット」です。「G1サミット」で各界のリーダーと議論を重ねるなかで、日本が進むべきビジョンを、政策提言などで示していこうと考えるようになり、それを形にしたのが「100の行動」です。
こうしてビジネスの枠を超えた社会変革への取り組みを始めた堀氏。行動を起こしてみてわかってきたのは、社会を変えていくためには、3つの要素が必要だということだ。
世の中を変えていくためには、3つの要素が必要だと思います。1つめは、ビジョンや思想です。歴史上の革命や維新を見ると、たとえば明治維新は、尊皇攘夷運動から始まっています。フランス革命でいえばルソーをはじめとする啓蒙思想、ロシア革命ならレーニン、マルクスらの社会主義思想などが例に挙げられるでしょう。2つめは、変革を推進するリーダーたちのネットワークです。そして3つめは、ビジョンや思想を伝播していく力です。私が取り組んでいる活動でいえば、1つめのビジョンや思想の部分が、「100の行動」に該当します。2つめのリーダーのネットワークに当たるのが、「G1サミット」です。3番目については「100の行動」や「G1サミット」の内容を、メディアなどを通じての発信に努めています。
TEXT=五嶋正風 PHOTO=刑部友康
プロフィール
堀義人
1962年茨城県生まれ。
京都大学工学部を卒業し、住友商事株式会社に入社。ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。92年、株式会社グロービス設立。96年、グロービス・キャピタル、99年、エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。現在、経済同友会幹事等を務める。08年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設し、13年4月に一般社団法人G1サミットの代表理事に就任。11年3月大震災後には復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、代表理事を務める。