第1回 「社会脳」 藤井直敬 氏
職場の関係性をリセットする場や習慣をもつ
【プロフィール】
藤井直敬(ふじい・なおたか) 医学博士、(株)ハコスコ代表取締役社長、デジタルハリウッド大学大学院教授、(社)VRコンソーシアム代表理事。東北大学大学院にて医学博士号取得。マサチューセッツ工科大学(MIT)研究員を務めたのち、2004年より理化学研究所脳科学総合研究センターにて社会脳の研究に従事。2014年(株)ハコスコを起業、仮想現実体験プラットフォームサービスを展開している。
探求領域
社会脳とは、他者との関係性を行動に反映させる脳機能のこと
脳機能の研究というと、普通は、一つの脳だけをターゲットにして、例えば視覚、聴覚、意思決定、感情がどのような仕組みで処理されているかを調べるのですが、僕は、自分自身を振り返って、悩みの多くが他人との関係性の中で生まれていて、ひとりだったらなんでもないことが別の人がいるだけで行動のレパートリーがものすごく狭められることが、前からとても不思議だった。またそういう自分が嫌だったので、他者との関係性がどういう風に脳の中で処理され、どう自分の行動に反映されるのかを知りたいと思った。それで社会脳に取り組むようになりました。
上下関係を決めるのは下の猿
ある時、おもしろい発見がありました。ある2頭の猿の実験です。猿は、初めての相手に対しては、どんなに体格差があろうと必ず互いを威嚇しあいます。2頭の真ん中に餌を置けば、我先に餌を取ろうとします。ところがしばらく続けると、ある時必ず、どちらかが折れる。その瞬間、上下関係が決まり、折れた猿はもう二度と手を出さない。猿を3頭にして2頭ずつ組み合わせを変えて実験すると、猿は相手に応じて上下関係を決め、取る、取らないの行動も切り替えます。
探求領域×「生き生き働く」
人も同様。下が勝手に抑制をかけ行動を狭める
おもしろいと思いましたね。それまで私は、社会構造は強い方が作るのだと思っていました。「俺のを取るんじゃねえよ」とね。ですがこれを見ると、下の猿が諦めることで上下関係が決まっている。もしかして、人も同じで、他人が来たらできないことが増えるのは、自分が勝手に抑制をかけ、行動を狭めているのではないかと気づきました。それで人に対してこの実験をやってみた。二人の人に、あらかじめこちらが強い、こちらが弱いと設定し、チョコレートをそれぞれの外側に一つずつ、そして間に一つ置きます。間に置いたチョコレートは強い方が取る。ところがずっと続けていると、弱いと決められた方は、だんだん嫌な気持ちになってくる。「なんで私が我慢してるんだっけ?」。これはあくまでゲームで、本来人格には上も下もないのです。なのに、勝手に自分の人格が貶められたように思ってしまう。会社で働くということもまさにそういうことではないかと思うのです。ルールとして役職の上下があり、どちらが指示を出すと決まっているだけなのに、自分から勝手に人格と連動させて嫌な気持ちになったり、抑圧を感じたりしている。
「生き生き働く」ヒント
会社とは異なる関係性があれば、抑圧状態が固定化されない
そんな風に抑圧を感じている状態だと、「生き生き働く」のは難しい。社会脳の視点で一つ言えるのは、会社での関係とは異なる関係性を、いくつか持っていると健康的だということです。抑圧状態は、常に続くと固定化されてしまいます。長い間奴隷だった人を解放しようとしても「このままで幸せだから」と言って逃げようとしなかったという話がありますよね。会社での抑圧が固定化されてしまうと、自分の本来の人格がキープできなくなり、生活全般が抑制されるようになっていきます。副業がいいと言われるのはそこですね。副業ですから、やることは多くの場合、得意なことかやりたいこと。それを相手からお願いされるという関係性でやるわけですから、日頃の抑圧をリセットするには非常にいい。別の世界を持つといいと言われるのはそういう理屈だと思いますね。
自らかける抑制が少ない「お節介」人材が、会社を回している
よく会社には、言わなくてもいいこと、やらなくてもいいことにすぐ手を出すお節介な人がいますよね。「やって悪いことあるんだっけ?やるなとは言われてないし、やった方がみんな喜ぶし会社もうまく行く」と軋轢を気にしない人。実は組織を動かしているのはそういう人たちで、とても大事な存在です。社会脳的にいうなら、彼らは、自分の立ち位置や相手との関係性の中で、自分で勝手に制約をかけてしまうことが少ないんですね。また、普通の人間と違って、「昨日ダメでも今日もダメとは限らない。チャンスは常に生まれている」というメンタルセットを持っている。だからやりたいことが達成されるのも早いし、生き生き働ける。こうしたメンタルセットは、どんな人でもある程度鍛えることは可能でしょう。「今ならいけるか?」と周りを常に見回す態度、それを判断する経験を繰り返せばいいのです。まあ多分、最初のうちは「ああ今じゃなかった!」と失敗することもありますが、だんだんチャンスの見つけ方がわかってくるでしょう。
抑制をリセットする瞬間や習慣を、意図的に作ることが大切
(株)ハコスコでこれまでやってきたのは、脳の錯覚を利用したVR(仮想現実)コンテンツ配信サービスです。安価に導入できるスマホを用いた段ボール製のVRスコープや、OculusなどのヘッドセットにVR映像を配信して、見えているものが現実なのか架空なのかわからない世界をつくるお手伝いをしてます。それを使ったサービスの一つとして、若手エンジニアのココロとカラダを整えるための「GoodBrain」というサービスを9月から始めます。業務をちょっと抜けてオンラインのVR映像で瞑想したり、オフラインのヨガなどのワークショップに参加したりすることで、抑圧からリセットされる瞬間・習慣を日常生活に意図的に組み込もうというものです。職場での関係性は変わらなくても、リセットと抑制を行ったり来たりする習慣があれば、職場の関係性が絶対ではないことに気づけます。友人、家族、恋人などさまざまな関係性があり、その中のどこに自分の価値があるかも考えられるでしょう。そんなところから、問題がある関係性を変えるチャンスも意外と見えてくるのかもしれません。
社会の構造は、瞬間瞬間で変わる。
だから今だから行けるチャンスだってゴロゴロ転がっている。
「意味」なんてその瞬間に考えればいい。
僕はそんな風に思うようにしています。
好き勝手にやっているだけに見えるようですが(笑)。
――藤井直敬
執筆/荻原美佳(ウィズ・インク)
※所属・肩書きは取材当時のものです。