第1項 「働き方改革」の裏側で、放置されてきた「働く意識」の問題
「働いていて辛いこと、大変なことは何ですか?」
これは、日本の中学生が、職場体験で真っ先に大人たちに質問することだ。また、「サラリーマン」という仕事はないのに、ひとくくりにして「サラリーマンにはなりたくない、しんどそう、辛そう」と言う。聞くと、町中で出会ったビジネスパーソンの印象や、疲れた表情の保護者から、「仕事は辛いもの、しんどそう」というメッセージを受け取っているようだ。そしてそうした印象は日本国内に留まらない。「幸福」を描いたドキュメンタリー映画、『HAPPY しあわせを探すあなたへ』では、世界中の幸せな暮らしが描かれる中で、日本だけは長時間労働、過労死、満員電車で疲れきった都会のサラリーマンの姿が対比的な映像として紹介されている。
日本で長時間労働が社会問題化したのは、1970、80年代にまでさかのぼる。日本特有の事象と言われる「過労死」がその筆頭であり、日米構造協議の論点になったこともある。
労働時間が減り、働き方改革が進んでも、満足できない日本人
たしかにこれまで日本人は長時間働いてきたが、その状況にも変化がみられている。総務省「労働力調査」から、週労働時間が60時間以上の労働者(長時間労働者)の割合をみると、2001年は、まだまだ長時間労働者が多く、週労働時間が60時間以上の労働者(長時間労働者)の割合は、13.0%であった。2018年は6.9%と前年から-0.7ptと大きく低下し、長時間労働者の比率は着実に低下している(図1)。
図1 長時間労働者の割合
そして、2019年4月からは、働き方改革関連法案の施行により、月45時間以上の残業は原則禁止となった。今後、長時間労働者の比率はさらに低下するだろう。
さらには、テレワークや時短勤務、有給休暇の取得促進、地域限定勤務など働き方のバリエーションは格段に増えた。ところが、従業員の満足度はあがっていない。リクルートワークス研究所で調査したところ(「働き方改革に関する調査」2017)、会社で実施している働き方改革に対して56.3%が不満もしくはやや不満という回答を持っていることがわかった。その理由は「早く帰れと言われるため、仕事が終わらない」「残業代が減ってしまった」などである。
図2 会社で実施している働き方改革への満足度
図3 働き方改革に不満を感じる理由(複数回答)
放置されてきた「やりがいの低下」「達成感や充実感の低さ」という問題
では、私たち日本人は、「働くこと」について、どのような意識を持っているのだろうか。
「仕事のやりがい」について尋ねた内閣府「国民生活選好度調査」(2008)をみると、「仕事のやりがい」について、「十分満たされている」「かなり満たされている」を合計した割合は、1981年をピークに1999年まで下がり続けており、2008年はやや持ち直したが18.5%とピークの状態(31.9%)からは程遠い。
図4 「仕事のやりがい」の変化
内閣府の「国民生活に関する世論調査」では2001年から「働く目的」を尋ねているが、いずれの項目もあまり変化のないまま推移している(図5)。2018年のデータでは、「お金を得るために働く」が53.9%で、18.6%は「生きがいをみつけるために働く」、14.3%は「社会の一員として務めを果たすために働く」。8.9%は「自分の才能や能力を発揮するために働く」だ。この傾向は20年近くそれほど変化していない。
図5 「働く目的」の変化
また、単年度の調査であるが、2019年「フリーランス白書」(n=1030)では、会社員に対して働く環境や仕事上の人間関係など、詳細の満足度を尋ねている。
図6 就業環境の満足度(各項目単一回答)
これによると、就業環境については「非常に満足」と「満足」を合計すると42.3%、プライベートとの両立が43.7%であり、項目の中では比較的スコアが高い。その一方で、達成感や充実感は30.7%であり、就業環境についての満足度に対して、仕事から得られる達成感や充実感は低いことが示されている。
これら一連のデータからは、これまでに課題となってきた長時間労働や有給休暇の取得率、柔軟な働く制度の導入など、働く環境は改善されてきていることが明らかになった。しかし、そこで働く人の意識は変化しておらず、データからは、やりがいの低下、達成感や充実感が低いことなどの問題は放置され続けてきたことが示されている。
コラム:心の問題は実は個人にとっても企業にとっても大きな問題
放置されてきた「働く意識」の問題は、実は個人にとっても企業にとっても大きな問題だったことが近年の調査や研究で明らかになってきている。働くことでの充実感や達成感が低いことは、個人の健康上の問題のみならず、家族の健康や企業業績にも影響するとした多くの問題が指摘されている。
次項では、どうすればこうした状況を改善できるのか、近年の研究で明らかになってきたことを紹介する。