心理的安全性が個人の成果と組織成果に及ぼす影響
心理的安全性と職務特性ならびに集まり方
コロナ禍において、組織の「心理的安全性」が改めて注目されている。心理的安全性とは、「関連ある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気」を表す(Edmondson, 1999)。心理的安全性は、ワークエンゲージメントやモチベーションなどの個人の成果だけでなく、多様なアイデアの創出などの組織成果とも関連することが示されており(国分, 2021)、職場の集まり方を考える際にも必要な特性であると考えられる。
本コラムでは、コロナ禍における心理的安全性の機能に着目し、以下の3点について検討する。
- 心理的安全性が、職務特性※に応じて「仕事への充実感」と「仕事への満足感」ならびに個人の成果に及ぼす影響について分析する。
- 心理的安全性が、組織成果(「職場の業績の変化」「職場の一体感の変化」「企業文化や組織風土の継承」)に及ぼす影響を分析する。
- 「集まり方」の変化が「心理的安全性」の変化を媒介して、組織成果に及ぼす影響を分析する。
特に、(3)の分析によって、「心理的安全性」に対する「集まり方」の効果を明らかにできると予想される。
※職務特性とは…
職務特性は仕事における性質を表す概念である。Hackmanら(1975)の職務特性モデルでは、職務自律性や職務多様性、などの職務の複雑性が、モチベーションや職務満足を高めることを仮定している(浅井, 1996)。本コラムでは、職務特性を「職務多様性(新しいことへの対応に迫られることが多いこと)」「職務自律性(自身の判断で仕事を進めることができること)」「役割明瞭性(仕事の責任と権限が明確であること)」「評価明瞭性(評価の基準が明確であること)」「仕事の相互依存性(職場のほかのメンバーとの仕事の関連性)」という5つの側面に分けて検討する。
心理的安全性と職務特性の組み合わせが仕事への充実感と満足感、個人の成果に及ぼす影響
心理的安全性と職務特性の組み合わせが「仕事への充実感」と「仕事への満足感」ならびに個人の成果(「自身の成果」「自律的なマネジメント」「学びの意欲」「他者への信頼」「他者からの信頼」)に及ぼす影響を検討するために階層的重回帰分析を実施した(図表1:詳細はAppendix2~Appendix6)。
図表1 仕事の充実感・満足感ならびに個人の成果への影響
まず、心理的安全性は、仕事への充実感を促し、コロナ前後での個人の成果を増やしていた。したがって、心理的安全性が高い職場であるほど働く人々は仕事を充実させ、さまざまな個人の成長を感じていると推測される。
また、役割明瞭性は仕事への満足感を高め、他者への信頼を増やしていた。また、評価明瞭性は、仕事への充実感を高め、学びの意欲を増やしていた。ただし、役割明瞭性と評価明瞭性は心理的安全性との組み合わせの効果が見られた。具体的には、心理的安全性が低い職場では、役割明瞭性が高いほど自律的なマネジメントが増加し、評価明瞭性が高いほど、仕事への満足感が高まっていた。すなわち、自由な意見が言いづらい職場においては、仕事での責任や権限を明確にすることで満足感が高まり、業績の評価基準を明確にすることで自律的なマネジメントがしやすくなることが明らかになった。
さらに、心理的安全性は自律的なマネジメントに対して職務多様性との組み合わせの効果が見られた。具体的には、心理的安全性が高い職場では、新しいことへの対応が求められる職務であるほど、自律的なマネジメントがしやすくなっていた。
一方で、職務多様性と仕事の相互依存性は、仕事への満足感を抑制していた。すなわち、新たなことへの対応が多かったり、職場のほかのメンバーと関連したりする仕事であるほど、仕事への満足感が低くなることが明らかになった。
集まり方が組織成果に及ぼす影響を心理的安全性が媒介する過程
心理的安全性は組織成果に影響するが、特定の集まり方について心理的安全性はどのような媒介効果を持ち、組織成果をよくするのだろうか。集まり方が組織成果に及ぼす影響を「心理的安全性」が媒介する過程を検討するために、共分散構造分析を実施した(図表2:詳細はAppendix7,8)。まず、赤色のセルに見られるように、公的な集まりの「意思決定・合意形成のための会議」と非公式の集まりの「自分の仕事にアドバイスや意見をもらう機会」によって心理的安全性は促進されていた。一方で、青色のセルに見られるように、公的な集まりの「ランチや飲み会」と「目の前で怒られたり、褒められたりする先輩を見て、その姿から学びを得る機会」によって心理的安全性は抑制されていた。また、心理的安全性は、3つの組織成果を高めていた。
次に、心理的安全性の媒介効果を検討した結果、「自分の仕事にアドバイスや意見をもらう機会」は、直接、組織成果を高めるだけではなく、心理的安全性を媒介して、組織成果を高めてもいた。一方で、「目の前で怒られたり、褒められたりする先輩を見て、その姿から学びを得る機会」は、組織成果を高めるが、心理的安全性を低めることで、組織成果を低める可能性が示唆された。
図表2 集まり方が組織成果に及ぼす影響を心理的安全性が媒介する過程の模式図
心理的安全性のまとめ
まず、本コラムの分析においても、これまでの研究と同様に、心理的安全性は個人の成果や組織成果を高める重要な要因であることが明らかにされた。気兼ねなく自分の意見を発信できる雰囲気が職場にあることで、自己開示が促されると考えられる。自己開示とは、自分自身に関連する情報を他者に伝達する行為(安藤, 1986)である。自己開示には円滑な対人関係の構築や感情表出によるストレス発散などのさまざまな機能があることが示されている。つまり、心理的安全性が高い職場では自己開示を促し、その結果として、仕事への充実感や個人の成果を高めていたと考えられる。また、心理的安全性の高さは活発な議論を生み出すために、組織成果も高めていたと推測される。
次に、職務特性では、役割明瞭性と評価明瞭性が仕事への満足感や学びの意欲を高めていた。業績や目標だけではなく達成すべき課題が明確であるほど達成感を抱きやすいと考えられる。特に、心理的安全性が低い職場では評価明瞭性が仕事への満足感を高め、役割明瞭性が自律的なマネジメントを高めていた。心理的安全性が低い職場は自分の意見が言いづらい職場であるために、主体的に行動することが難しく、何をすべきかという指示に基づく行動が起きやすい職場であると考えられる。そのような職場であるからこそ、目標や役割を明確にすることで行動しやすくなったと判断していたと推測される。
一方で、心理的安全性が高い職場は、意見を言いやすい職場である。職務多様性が高い仕事ではさまざまな仕事に対応する必要があり、自身のすべきことを自身で管理することが求められる。そのため、新たな意思決定や判断を求められることも多くあると考えられ、職場のなかでの発言や確認が欠かせない。
さらに、心理的安全性は非公式に自分の仕事にアドバイスをもらったり、意思決定や合意形成のための会議があることで高められる一方で、ランチや飲み会などの機会や先輩が怒られたりする場面に遭遇することで低められていた。仕事に関するアドバイスを受けたり、意思決定の会議に参加したりすることは、自分が受容されているという感覚をもたらすと考えられる。そのために、心理的安全性を高めていたと推測される。しかし、ランチや飲み会は自発的な場合だけではなく、半強制的な機会になる可能性もある。また、先輩が怒られたりする場面を見ることは、自身の意見を萎縮させると考えられる。そのため、ランチや飲み会の機会があることや先輩が怒られたりする場面に遭遇することで心理的安全性が低まっていたと考えられる。
最後に、本コラムでは心理的安全性の媒介効果が部分的に認められた。これは、「心理的安全性が高まるような集まり方」を作ることに意味があるということである。心理的安全性が高いということは組織を自身の居場所として考えていると推測される。集まった場所は、必ずしも居場所となるわけではなく、集まった場所を居場所とする取り組みが、ほかのメンバーからの受容を生み出し、萎縮せずに意見を言える雰囲気を生み出し、個人の成果と組織成果を高めると推測される。
以上をまとめると、本コラムでは、仕事への充実感や満足感ならびに個人成果と組織成果を向上させるうえでの心理的安全性の重要性が明らかにされ、受容感をもたらす集まり方を提供することで心理的安全性が高められる可能性があることが示唆された。
引用文献
安藤清志 (1986). 対人関係における自己開示の機能 東京女子大学紀要論集, 36, 167-199.
浅井千秋 (1996). 職場集団へのコミットメントとその規定因に関する構造モデル:百貨店従業員の場合 実験社会心理学研究, 36, 89-102.
Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44, 350-383.
国分さやか(2021). 職場における心理的安全性の要因についての考察 立教ビジネスデザイン研究, 18, 65-75.
リクルートワークス研究所 (2018). 職場の心理的安全性を高めるために人事は何ができるか?(https://www.works-i.com/column/works03/detail042.html)
文責:医療創生大学心理学部専任講師 高田治樹
データと分析方法
【本データの特徴】
職務特性の特徴を表すために、本調査の回答者が所属する組織での職務特性の度数分布を算出した。
Appendix1:職務特性の度数分布と記述統計
職務特性に肯定率(ややあてはまる+あてはまるの割合)は、職務自律性で69.8%と最も高く、次いで評価明瞭性で62.8%であった。一方で、役割明瞭性の肯定率は45.7%であり、仕事の相互依存性の肯定率は46.3%と半数を切っていた。したがって、本調査における職務特性は、職務自律性と評価明瞭性が高く、役割明瞭性と仕事の相互依存性が低い職務特性であった。
【分析方法】
Appendix2:個人の適応感への影響
Appendix6:心理的安全性と役割明瞭性の組合せの効果