熟達段階における「集まる場の価値」の違い
「集まる」と熟達段階
新型コロナウイルスの蔓延による緊急事態宣言の発令で日常生活がままならなくなるなか、新型コロナウイルス感染症防止対策として、企業ではテレワークが導入されている。企業のテレワーク実施率は、2021年3月において38.4%となるが(総務省, 2021)(※1)、コロナ禍前よりもコミュニケーションの量は減少し、職場の集まり方には変化がもたらされ、「集まる意味」が問い直されている(※2)。
リクルートワークス研究所(※3)は、集まることの価値についてまとめ、4つの価値があることを見いだしている。第一の価値は、集まることで相手との感覚や情緒を共有することができるという内容を表す感覚的・情緒的価値である。第二の価値は、集まることで情報の共有ができるという内容を表す機能的価値である。第三の価値は、自らコミットすることで同じ出来事を共有することができるという内容を表す経験価値である。第四の価値は、単純な情報伝達ではなく、意見を言い合うことで得られる文脈的価値(※4)である。このように、集まる場には複数の価値があり、それらが集まる意味を生み出していると推測される。
しかし、「集まる場の価値」は必ずしもすべての人に同じ意味を有しているわけではなく、それぞれの人によって異なると推測される。本稿では「集まる場の価値」に違いをもたらす個人の特徴として、熟達段階を取り上げる。熟達段階とは、特定の領域における実践的な経験を積み、特別な技能や知識を獲得した熟達者になるためのプロセスを表した段階である(※5)。熟達段階はドレイファスにより5つの段階に分類されている。すなわち、①初心者、②上級ビギナー、③一人前、④上級者、⑤熟達者である(図表1)。熟達段階では、認知能力による状況や特徴の把握の相違が仮定されており、熟達段階によって「集まる場の価値」や組織の状況の把握にも違いが見られると推測される。そこで、本稿では熟達段階による「集まる場の価値」への認識がもたらす影響の相違を検討する。熟達段階による「集まる意味」の相違を明らかにすることで、「集まり方」についての新たな視座が得られると予想される。
なお、「集まる場の価値」についての測定手法や得点化などの詳細は文末に記載する。
図表1 熟達の段階と認知能力
熟達段階と役職の有無ならびに就業期間
本調査における全体の熟達段階の割合と、熟達段階別に役職の有無の割合を算出した(図表2)。全体としては第4段階の割合が最も多く(31.89%)、第1段階の割合が最も少なかった(5.93%)。また、熟達の第1段階と第2段階では役職がない人の割合が70%を超えており、第4段階と第5段階では役職がある人の割合が60%を超えていた。
図表2 熟達段階と役職の有無
次に、現在の企業における就業期間を従属変数として、熟達段階を独立変数とする分散分析を実施した(図表3)。分析の結果、すべての水準の間に有意差が見られ、第5段階、第4段階、第3段階、第2段階、1段階の順で、就業期間は長かった。松尾(2006)(※5)では、熟達者段階になるには10年以上の年数を要することが指摘されていたが、本稿においては、就業年数が23年程度の回答者が熟達者段階にあると回答していた。以上の結果から、本稿で用いた熟達者段階に関する設問の妥当性が支持されたことを前提に以降の分析をおこなった。
図表3 熟達段階別の就業期間
熟達段階と「集まる場の価値」
次に、熟達段階による「集まる場の価値」の違いについて分散分析により検討した(図表4)。
その結果、第5段階の人、次いで第4段階の人が「集まる場の価値」を感じる機会が多かったと評価していた。第3段階から第1段階までの人は、「集まる場の価値」を感じる機会について統計的な有意差は見られなかった。すなわち、全体的な状況把握ができる「熟達段階の高い人」は、「集まる場の価値」を多面的に評価しているといえる。
図表4 熟達段階と「集まる場の価値」の関係
熟達段階による「集まる場の価値」が個人の充実感・満足感に及ぼす影響
次に、熟達段階ごとに「集まる価値」が仕事の充実感や満足感に与える影響を検討するために多母集団同時分析を実施した(図表5;詳細はAppendix1-1〜1-5)。
図表5 仕事の充実感・満足感への影響
まず、習得段階である第1段階から、上級者とされる第4段階までの段階では、「感覚的・情緒的価値」の機会があるほど、仕事への充実感が高まっていた。すなわち、その分野の第一人者になるまでの人は職場で情緒的な側面を共有する機会があるほど、仕事への充実感が高まっていた。
また、第2段階と第4段階では「感覚的・情緒的価値」の機会があるほど、仕事への満足感を高めていた。つまり、ひとり立ちして周囲の人から評価される段階までの人は情緒的な側面を共有する機会があるほど、仕事への満足感が高められていた。熟達者となる第5段階では「文脈的価値」が仕事への充実感を高めていた。つまり、熟達者は、仕事での意見を共有する機会のみが仕事への充実感を高めている。
一方で、第2段階では「機能的価値」が、また、第4段階では「経験価値」が仕事への満足感にマイナスの影響を与えていた。つまり、ひとり立ちの段階である人は情報がもたらされる機会があるほど仕事への満足感が下がり、上級者とされる段階の人は集まりに自らコミットする機会があるほど仕事への満足感が下がっていた。
熟達段階による「集まる場の価値」が企業の組織成果に及ぼす影響
最後に、「集まる場の価値」が企業の組織成果に及ぼす影響を熟達段階別に検討するために、多母集団同時分析を実施した(図表6;詳細はAppendix2-1〜2-5)。なお、本稿では調査項目のうち、「職場の業績の変化」「職場の一体感の変化」「企業文化や組織風土の継承」という3点を組織成果として扱った。
図表6 組織成果への影響
まず、第1段階では、「集まる場の価値」から組織成果への影響は見られなかった。つまり、仕事の習得段階にある人は、集まる場の価値を感じる機会が組織成果と関連していないと判断していた。次に、第2段階から第4段階は「感覚的・情緒的価値」の機会があるほど、職場の一体感が高まったと評価していた。すなわち、ひとり立ちする段階から上級者とされる段階までの人は、情緒を共有する機会があるほど職場の一体感が高まると評価していた。
また、第3段階と第4段階では、「経験価値」の機会があるほど、職場の一体感を高めると評価され、「文脈的価値」で職場の一体感が低くなったと評価されていた。つまり、成果をあげている段階と上級者とされる段階の人は、自らコミットする機会があるほど、職場の一体感が高まるが、仕事の意見を共有する機会は職場の一体感を下げると評価していた。
また、「機能的価値」は第3段階では職場の一体感を下げると評価され、第4段階と第5段階では、職場の成果を高めると評価されていた。つまり、情報がもたらされる機会は、成果をあげ続けている段階の人は一体感を下げると評価し、周囲から評価される段階や第一人者となる段階の人は組織成果を高めると評価していた。
最後に、第5段階では「感覚的・情緒的価値」の機会があるほど、組織成果が低くなったと評価し、「文脈的価値」の機会があるほど、組織成果が高まったと評価していた。すなわち、熟達者の段階の人は情緒を共有することで職場の組織成果が下がり、建設的な意見を言い合うことで組織成果が高まると考えていた。
熟達段階による「集まる意味」
本稿の分析から、集まる意味と個人の仕事充実感・満足感ならびに組織成果では、熟達者とそれ以外で異なる関連が見られた。具体的には、初心者から上級者までの人は、情緒を共有する経験が充実感を高め、組織の一体感を高めると考えていたが、熟達者は成果を低めると考えていた。一方で、熟達者は意見を言い合う機会が個人の充実感を高め、組織の成果を高めると考えていたが、それ以外の人はそのような機会は充実感や満足感とは無関連もしくは、組織の一体感を低めると考えていた。
熟達者は、状況に対するさまざまな知識や行動レパートリーを有しており、それに基づく直感的な意思決定ができることが指摘されている(※5)。また、熟達者は感情に左右されないコミュニケーションが可能であると推測される。
次にこれら一連の分析結果を基に考察を加える。情緒的な感情共有は組織の一体感を高めると考えられやすい。しかし、熟達者というその業種におけるプロフェッショナルになるほど、情緒的な感情共有だけではなく、建設的な意見を言い合いながら仕事の質を高めていくことが欠かせない。そのために、互いの意見を交換しあう「文脈的価値」を重視する傾向が見られたと推察される。一方で、熟達者以外の人は「情緒的な感情共有」を重視しているため、建設的な意見の交換がややもすると「言い合い」に見えてしまい、意見の交換では「一体感が低くなる」と予想していたと考えられる。以上のことから、熟達者とそれ以外の人々では集まる意味がもたらす影響に異なる評価をしており、画一的な見解を導くことは困難である。
また、情報をもたらす機会である機能的価値は、第2段階で満足感を低め、第3段階で一体感を低めると評価されていた。第2段階と第3段階は、個別要素の状況把握はできるが、全体的な状況把握ができていない段階である。つまり、「すでに仕事はできるようになった」と思っているが、「全体的な状況を見ることはできていない」段階と考えられる。したがって、自分の把握している範囲以外の情報を共有する重要性を過小評価していると推測される。そのために、情報を共有する機会を生産的ではないとみなし、満足感を低めたり、組織の成果が下がると評価していたと考えられる。
以上をまとめると、熟達者が把握している「集まる価値」とそれ以外の人が把握している「集まる価値」は異なっている。そのような認識の違いが、企業内における葛藤をもたらしていると考えられる。つまり、認識の相違がある前提に基づいて、組織成果や個人の適応を生み出す戦略を考える必要がある。そして、これからの時代に求められる新たな「集まる意味」を考えるうえでは、把握している状況の違いを考慮した形で「集まり方」を考える必要があるだろう。
(※1)総務省 (2021)情報通信白書令和3年版
(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd123410.html)
(※2)リクルートワークス研究所(2021a)コロナ禍で変わる職場の“集まり方”を調査
(※3)リクルートワークス研究所(2021b)「人が集まる価値」から考えるハイブリッドワークのあり方
(※4)リクルートワークス研究所では、文脈的価値ではなく、偶発的なコミュニケーションの機会である偶発的価値を見出しているが、本研究では内容を精査し、文脈的価値として扱った。
(※5)松尾 睦(2006)経験からの学習―プロフェッショナルへの成長プロセス— 同文舘出版
文責:医療創生大学心理学部専任講師 高田治樹
調査項目と分析方法
まず「集まる場の価値」については、「現時点における、職場のメンバーと集まる場についてお聞きします。それぞれ最も近いものを1つずつお選びください」と提示し、複数の項目に対して、「1.あてはまらない」から「5.あてはまる」までの5段階評価で回答を求めた。
「集まる場の価値」は、感情・情緒的価値、機能的価値、経験価値、文脈的価値の4つの下位側面により構成されると想定した。感情・情緒的価値の項目は「仕事から得た喜びをメンバーや同僚と共有する機会がある」などの4項目で構成され、感情を共有する経験の内容を表す。機能的価値の項目は「自分の仕事に役に立つ情報が得られる会議がある」などの4項目で構成され、情報がもたらされる機会を表す。経験価値の項目は「自分の意見や行動を求められる、全員参加型のイベント体験がある」などの2項目で構成され、自らコミットする機会を表す。文脈的価値の項目は「自身の仕事に対するスタンスや仕事にかける思いを共有する機会がある」などの3項目で構成され、仕事に関する意見を共有する機会を表す。それぞれの下位側面ごとに平均値を算出して、下位側面の尺度得点とした。
次に、「集まる場の価値」について平均値と標準偏差、歪度と尖度を算出した(図表7)。歪度は変数の分布における非対称性を表す指標であり、0に近いほど左右対称に近いことを表している。尖度は変数の分布の尖り具合を表す指標であり、0に近いほど中心に寄っていることを表している。
図表7から、すべての下位側面が理論的中間値である3よりも小さかったことから、「集まる場の価値」を経験する機会は全体として多くはないと考えられる。また、感覚的・情緒的価値と機能的価値の尖度が、経験価値と文脈的価値よりも小さく、標準偏差も大きかったことから、分布がより平板になっていると推測される。すなわち、経験価値と文脈的価値は、人によってその価値となる経験や機会にばらつきがあると考えられる。
Appendix1-1:第1段階(初心者段階)
Appendix1-2:第2段階(上級ビギナー段階)
Appendix2-1:第1段階(初心者段階)