西川コミュニケーションズ株式会社:経営者がDXの方向を示し、学びを支援することが、リスキリングする組織を創る

2021年10月26日

portrait.jpg西川コミュニケーションズ株式会社
代表取締役社長 西川栄一氏

創業100年を超える老舗企業、西川コミュニケーションズ(愛知県名古屋市)は、電話帳など紙媒体の印刷事業から、AIソリューションの提供、3Dコンピュータグラフィックス(3DCG)を使ったビジュアルの制作など、デジタル技術を活用したビジネスへの転換を果たしてきた。それにともない、印刷部門の技術者や紙媒体のデザイナーをプログラマーや営業職に配置転換するなど、人材のスキルチェンジも進めている。従業員にまったく畑違いのスキルを学び直してもらう際の苦労、そして成功の秘訣を、西川栄一社長に聞いた。

何度も経営の大波を潜り抜け、スキルの学び直しに行きつく

――電話帳印刷から、デジタルマーケティングやAIソリューションへと事業転換を進めるなかで、従業員の仕事はどのように変化したのでしょう。

第一の転換期は、印刷技術の進化によってもたらされました。鉄製の活字を組む活版印刷からワープロなどのデータをフィルム版に打ち出すオフセット印刷へ、さらにデータを直接印刷機に出力するDTPへと変わるなか、活字拾いの職人らの仕事がなくなり、工場の守衛などへ異動してもらいました。
2度目の転換期が1985年、日本電信電話公社の民営化でNTTが発足したのにともない、収益の7~8割を占めていた電話帳印刷の仕事を失った時です。消費者へ直接アプローチするダイレクトマーケティングへと事業を大きく転換し、印刷部門から営業職などへの異動が必要になりました。最後の波が目下起きているデジタル化で、コロナ禍もあってペーパーレス化の波が加速しています。
何度も危機に直面しながら、リストラなどもせず事業を続けてこられたのは、経営陣・従業員ともに困難のなかで「生き残るためにはどうすればいいのか」と自問自答を繰り返し、自然にスキルの学び直しに向かったためだと思います。

――従業員を従来の仕事と異なる部署へ異動させる時は、どのような手順を踏むのですか。

ソフトランディングで進めます。常日頃から、変化に対応するため準備しておくことの大事さを繰り返し述べ、今就いている仕事を否定はしないけれど、早めに新しいスキルも身に着けておこう、と伝えています。
チラシなどを制作していたデザイナーを異動させる時は、デジタルに興味のある人なら3DCGの部署に移し、プログラマーとして育成します。デザインを通じて顧客と関わる中で、マーケターでもやっていけそうな人には、営業への異動を提案しました。いずれも本人の意思を優先し、希望者から異動させたので、従業員の抵抗はあまりありませんでした。
一方でウェブ制作によって、当面はデザイナーの仕事を維持できるというオプションも用意し、現在は3分の1程度が元の部署に残っています。

社員の学習を会社がバックアップ 外部の教育機関も活用

――なかには、スキルチェンジに後ろ向きな人もいるのではないでしょうか。

スキルを身につけるのを億劫に感じたり、目の前のお客さまにきちんと対応したいというピュアな気持ちが強かったりして、学び直しに積極的でないメンバーもいます。ただ彼らが「取り残された感」を抱きつつも腐らず働いてくれるのは、こちらが丁寧に説明することで会社の意図をある程度理解し、最後は心でつながりたいという経営者の思いを感じ取ってくれているからだと思います。もちろん彼らがスキル転換に意欲を示せば、その時点で機会を提供します。
ただ経営者として、「社長は冷たい」と言われようとも、やるべきことはしなければなりません。過去にはそう腹をくくる場面も、何回かありました。

――デザイナーからプログラマーへ転じた方もいるそうですね。畑違いのキャリアチェンジに取り組めたのはなぜでしょうか。

当社には、デザイナーからプログラマーに転じたり、企画営業からAIプランナーになったりした社員もいます。人事責任者からは、従業員の多くが新たなスキルの獲得に前向きになれたのは、会社が「社員の成長を全面的にバックアップする」というメッセージを、強く発信してくれたからだと聞いています。
学び直しに必要な書籍の購入費や、講習会の参加費なども負担しますし、必要であれば高額であっても外部研修などに送り出します。社員からはここまでしてくれるなら、大変だけれど頑張ろうという気持ちになれると聞いています。

――具体的にはどのように学ばせているのでしょうか。

column1_8_1.jpgまず、従業員個人が部署異動を希望した時、会社が身につけてほしいスキルに関する教育プログラムを用意し、学んでもらいます。さらなるスキル獲得を希望する人には、専門学校に通ってもらうこともありますし、外部講師を招いて学びの場を作ることもあります。資格取得にあたって、チームを作り励まし合って、脱落者を出さないようにする工夫もしています。また各部署で知見のある人が旗振り役になり、自主的な勉強会を開くケースもあります。

社長の資格取得が、従業員への見えない「圧」になる

――AIの知識を身につけてもらうため、どのようなプロセスを踏んだのでしょう。

2018年にAIを成長戦略の中核に据え、全従業員に「AIに使われるのではなく、使う人間になろう」と話しました。当社は毎年、従業員に3冊ほど本を配るのですが、AI関連の本もラインナップに入れ、AIで時代が変わるというメッセージを打ち出しました。
さらに私自身がAI関連の資格「G検定」を取得し、スキル獲得の重要性をアピールしました。「みんなもとろう」と号令をかけることで「社長もとったし、とらないといけないかな……」というムードが生まれ、営業と企画IT系の社員70人ほどが合格しました。
ITの総合的な資格「ITパスポート」については、全社員の合格を目指しており、社員同士が励まし合いながら、ボトムアップで取り組んでいます。
資格取得には、営業に必要な知識を身につけるなど実務的なニーズもあります。しかし最大の成果は、従業員が会社の変化についていくため、自分も変わらなければ、と認識したことでした。

――会社で価値を創出してもらうためのスキルと、従業員の学びの方向性を一致させるには、どのようにすればいいでしょうか。

将来中核に据えたい事業の「旗印」として、新しい部署を立ち上げる、取得してほしい「推奨資格」を設定するといったことで、会社の方向性を従業員に示します。それらに関心を持った社員をピックアップし学びを促すことで、会社と社員が足並みをそろえて能力を開発できます。
会社の求めるスキルを可視化する「スキルマップ」も作りました。まずロジカルシンキングやチームワーク、リーダーシップといった全従業員に求めるスキルを共通分野として提示しました。事業転換にともない情報リテラシー、AIリテラシーを追加したほか、管理職のマネジメント能力など、職責ごとに必要なスキルも記載しています。

学習をやめたら給料も下がる時代。学び続け、生活を守って

――日常業務で忙しいなか、学びを習慣化する工夫はありますか。

column1_8_2.jpg従業員一人ひとりの成長のタイミングを見極め、「そろそろかな」と思ったら上手に褒めて学ぶ気にさせる、というアナログな取り組みの繰り返しに尽きます。
また「学ぶのは大事だ」としつこく言い続け、「勉強し続けなければ評価されず、昇給も遅れてしまう」という空気を、社内に醸成することも有効だと思います。
実際、多くの資格を取得した若手社員を、運用で早く昇給させることもあります。高いAIスキルを持ち、転職すれば年収1000万円も夢ではない若手もいるので、早めの昇給で少しでも報いたいという気持ちもあります。

――社長自身はどのように、学ぶ習慣を身につけたのでしょうか。

先代である父は「印刷だけでは生き残れない」と考え、東海地区のベンチャーファンドの取りまとめ役を務めるなどして、新しい知識や技術を吸収していました。イノベーションを起こそう、と常に考える父の姿から多くを学びましたし、私自身も社外で得た情報を、積極的に社内で実践しようとしています。社員も私の提案を積極的に受け入れてくれて、父のDNAが引き継がれていると感じます。
また経営者向けのリアルの勉強会やオンライン講座、海外視察なども意識的に行って、知識のシャワーを浴びるようにしています。

――企業経営者、そして従業員はなぜ、学び続ける必要があるのでしょうか。

学びをやめた時点で収入が下がる、という時代がすでに来ているからです。ただでさえ時代を先取りして、戦略的に効率よく学ばなければ取り残されるのに、学ぶことそのものをやめてはお話にならない、という強力なメッセージを、社員に発信してきたつもりです。
私の言葉を、窮屈に感じる社員もいるでしょう。しかし従業員には、学ぶことで自分の生活を守る意識を持ってほしい。会社側もできる限り、従業員の希望に沿った学習機会と必要な費用を提供するつもりです。

聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子

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