株式会社ヤマウチ:社員が本当に使えるデジタル化が、主体的なリスキリングの出発点に

2021年09月10日

株式会社ヤマウチ 専務取締役 山内恭輔氏株式会社ヤマウチ
専務取締役 山内恭輔氏

宮城県南三陸町で水産加工業を営む「ヤマウチ」は、ECサイトで業績を大きく伸ばし、業務改善ツールの導入で「残業ゼロ」を実現している。ツールの導入をきっかけに、従業員の業務も定型的な作業から、顧客データの分析やECサイトへのアクセスを増やすための工夫、顧客とのコミュニケーション、新製品の開発といった自律的な内容に変わったという。同社はどのように、従業員のスキルを再開発したのだろうか。山内恭輔専務に聞いた。

ECサイト開設を機に全国の経営者と交流、多くを学ぶ

――家業に入り、最初に取り組んだ仕事がECサイトの開設だったそうですね。

僕は東京でカメラマンをしていたんですが、現社長の父に説得されて2005年に帰郷し、ECサイトの開設を担当しました。開設当初はWEBの知識がまったくなく、商品も売れませんでしたが、その後3年間、毎日睡眠2時間くらいで研究を重ねました。サイトをリニューアルすると売り上げが急増し、2009年にEコマースの賞を受賞しました。
転換点となったのが、受賞を機に全国の先進的な経営者たちと、交流するようになったことです。四国で経営者の勉強会に参加したり、九州の企業を視察したりして、たくさんのことを学びました。

――どのような学びがありましたか。

「顧客には方言で話した方が親しみを持ってもらえる」といった小さなコミュニケーションのコツから、ビジネスの新しい考え方、努力する姿勢まで多岐にわたります。なかでも最も大きかったのは、もうトップダウンでは会社がもたない、社員が自律的に働く組織にしなければ、と考えるようになったことです。
当時、当社はトップダウンで動いていたので、僕の席に指示を求める社員がひっきりなしに訪れ、出張中も社員からの電話が鳴り通し、ということがよくありました。しかし経営者の話を聞くうちに、社員が自ら考え、生き生きと働く環境を作るのが、経営者の責務だと思い始めました。

困りごとに特化したツール導入で、効果を実感。社員に説明も尽くす

――2012年、業務効率化ツールを導入しています。

社員に自律的に働いてもらうには、作業を効率化し、社員自身が顧客について考える時間を作り出す必要がある、と考えました。しかし皮肉なことにECの売り上げが伸びるにつれ、残業は増えてしまいました。特に2010年の冬は注文が殺到し、社員も疲弊しました。同じころ、BtoBの取引でも顧客の要求にうまく応じられず、実務的にもデジタル化を迫られていました。
とはいえ、高額なシステムを購入しても使いこなせないのでは、という迷いもありました。そんな時に知人が、低コストで導入できて操作も簡単なシステムを、目の前で動かしてみせてくれたんです。「使えそうだ」と直感し、その場で契約しました。

――従業員が新たなツールを使いこなすために、どのような工夫をしましたか。

まずシステムを使って、僕自身が、先ほどお話ししたBtoBの困りごとを解決するアプリを作りました。
魚市場の仲買人は、「あの商品を出荷できるか、今教えて」などと、スピーディーな対応を求めます。しかし当時は、営業担当者が不在で回答が遅れたり、何百件もの取引をこなすうちに、対応に漏れが生じたりしていたのです。
アプリでは、取引先とのやり取りや書類を1つの画面にまとめました。「見積書をすぐ下さい」などと要求された時、誰もがひと目で何を送ればいいか、分かるようにしたんです。

――従業員はすぐに、使いこなせるようになったのでしょうか。

最初のうちは「専務が変なことを始めた」という目で見ていたと思います。データの入力も面倒がってやってもらえず、半年くらいは、主に僕自身が入力していました。それでも「手が空いた時に入力してください」などと、粘り強くお願いを続けました。またツールを導入した狙いについても、社員に繰り返し丁寧に「業務量を減らし、残業をなくすことで、みなさん自身がお客さまのために何ができるかを考え、意思決定できる仕組みを作ります」と説明しました。
半年ほど経ってデータが蓄積されると、顧客対応が格段に速くなり、社員の意識が変わり始めました。今思えば、困りごとの解決につながる部分に絞ってツールを導入したので、社員も効果を実感できたのかもしれません。「デジタル化」そのものをゴールにしていたら、作業量が増え、目的を見失って失敗していたでしょう。

上司の「指示なし」職場を実現。失敗も「経営者目線」獲得のきっかけに

――業務を効率化したら、次は社員を自律的な人材へとステップアップさせる必要がありました。どのように進めたのでしょう。

ツールの導入によって業務時間が短くなり、繁忙期も含めて残業がゼロになりました。工場長が「こんなに休んでいいのか」と戸惑ったほどです(笑)。
しかし社員は真面目なので、空いた時間でギフト用の箱を折るなどの「作業」をしてしまうんです。そうではなく「お客さまのためにやりたいと思っていて、これまで時間がなくてできていなかったことに、取り組んでください」と伝えました。
オフィスをカラフルに改装し、おしゃれな椅子を置いて、おしゃべりのなかから仕事のアイデアが生まれるようなカルチャーづくりにも取り組みました。
「ショック療法」めいたこともやりました。僕が「責任はとるので、好きなようにしてください」と話して新しく作った会社に軸足を移し、月1度くらいしか出社しなくなったんです。

――どんな成果が表れましたか。

ECサイト担当の女性スタッフたちは今や、僕の指示をほぼ受けず、商品企画や価格設定などをこなせるようになりました。さらにサイトにレシピ動画をアップするようになり、閲覧数が飛躍的に伸びました。
時間に余裕ができたので、念願の商品開発部も作りました。メンバーたちがパッケージから味まで決めて開発した新商品が好調で、本人たちもやりがいを感じているようです。
先日、ある顧客から「冷凍メカブの量を、半分にしてくれると使いやすい」というメールが寄せられたのですが、社員がすぐに半量の商品を作り、ご本人に知らせていました。このように顧客の要望に対して、社員自身が解決策を考えることも、頻繁に起きています。

――社員の裁量に任せるなかで、失敗もあるのでは。

時にはあります。僕は社員に「お客さまのためにできることは、何でもしてあげて」「お客さまとどんどん長電話してください」と伝えているのですが、社員が仕事をスピーディーに進めようとして「お客さまのための作業」を省いてしまうことがあります。すると対応にきめ細かさがなくなり、顧客からお叱りを受けるわけです。
ただ社員は失敗を通じて、顧客が何を考えているかをイメージできるようになり、「経営者目線」を身につけていきます。ですから僕は極力介入せず、見守るようにしています。

社員主導のリスキリングが発動、背景に顧客の反応

――社員たちの「お客さまのために働きたい」という意欲の原動力は何でしょうか。

自分たちの取り組みに対する、顧客の反応です。ECサイトを通じて、多くの顧客から要望や感想を頂けるようになった点が大きかったと思います。
顧客のニーズに応えると、ますます多くの反応がメールなどで返ってきて、「もっと喜んでもらえるよう、スキルや知識を身につけたい」という社員の意欲が高まるという、好循環が起きています。

――スキルアップしたいという社員のニーズに、会社としてどのように応えていますか。

studio1.jpg先ほどお話ししたECサイト担当者には、プロが使うような撮影機材や撮影用スペースを用意し、写真や動画撮影のノウハウを教えました。Twitterの使い方やウェブライティング、SNSを使ったデータ分析のノウハウ、SEO対策などを教える勉強会も、社内で定期的に開いています。外から講師を招いて、売れるECサイトの秘訣などを聞くこともあります。また、社員のなかには自発的に、LINEを使ったマーケティングを学びたいと、仙台市まで社外の勉強会に行った人もいます。

ノウハウは抱え込まず、教え合うことが大事

――中小企業がデジタル化に必要なリテラシーやスキル習得を進めるにあたって、最も大事なことは何でしょうか。

中小企業同士が、ノウハウを囲い込むのではなく、教え合うことです。僕自身、いろんな企業の経営者に食らいつき、教えてもらってここまで来ました。その恩返しもあり、東北地方の企業がECを中心に地方ならではのコンテンツと発信力を養う勉強会を立ち上げ、運営しています。
南三陸においても同様です。南三陸の人は「美しい海とおいしい食べ物があって、幸せに暮らせれば十分」と考え、欲のないタイプが多いんですが、小さな町が生き残るには、地元企業が積極的に知識や経験を共有し、地域を底上げすることも不可欠です。
ですからたとえ社員が当社を辞めても、町内で再就職してスキルを伝えてくれればいいと思いますし、僕自身も、デジタル技術を使った業務効率化のノウハウを広めたいと思います。

聞き手:石川ルチア
執筆:有馬知子

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