Vol.5 K.S.ロジャース株式会社
社員と業務委託、双方の魅力を兼ね備えるフリーランス正社員制度「ジェネシス」
エンジニアが最大のパフォーマンスを発揮する環境を構築
K.S.ロジャースは2017年設立の日本のIT企業。CTO(最高技術責任者)レベルの人材を有するエンジニア集団として、創業直後のスタートアップから大手企業の新規事業まで、事業計画の策定や戦略立案、開発、CTOポジションでのハンズオンとフルスタックで支援する、いわゆるスタートアップスタジオ事業を主軸の1つとしている。商圏は全国規模で、顧客には錚々たる企業が名を連ねている。
同社の最大の特色は、創業以来、フルフレックス、フルリモートワークの働き方を実現していることである。登記上の本社所在地は神戸にあるが、オフィスはなく、社員は全国どこででも、さらには世界各地に居住しながら仕事を行っている。もちろん就業時間も自由である。「このような働き方を設定したのは、それまでの私の成功体験が大きかった」とCTOの民輪一博氏は語る。
民輪氏は大学院在学中に起業した会社にCTOとして参画。さらに、2社目を立ち上げた後、K.S.ロジャースを設立した。「以前からフルリモートを経験し、CTOとして働くには何ら不足がないと感じていました。就業形態や通勤時間の縛りがないと生活の質も向上します。エンジニアが最大のパフォーマンスを発揮するために、もっとこの自由な働き方を広めたいと考えたことも、当社を立ち上げた理由の1つです」(民輪氏)
身分はあくまでも社員のまま、自由な働き方を実現する。この方向性を推し進めた同社が新たな雇用制度として、2020年8月に導入したのが、フリーランス正社員制度「ジェネシス」である。
正社員として一定時間働き、そのうえで業務委託に従事
「ジェネシスとは簡単に言うと、社員と業務委託の中間に位置する制度です。正社員は安定性があるものの、拘束時間が長く一定以上の報酬は見込めません。逆に業務委託は、頑張り次第で高い報酬が期待できますが、安定性に欠けます。ですから当社では安定か報酬か、そのどちらかを選ぶのではなく、どちらも実現できる制度設計を検討しました」と民輪氏。法律上の定義は「短時間正社員」に分類される。K.S.ロジャースでは、期間の定めのない労働契約を締結していること、所定労働時間が他の正社員の所定労働時間に比べて短いこと、の2つが短時間正社員の対象要件となる。この要件を満たしたうえで、「賃金の算定方法・支給形態」、ならびに「賞与、休日、定期的な昇給や昇格の有無等の労働条件」などの規定は同じ職種のフルタイム正社員と同等とした。
ただし社会保険は適用外で、稼働時間と給与はフルタイム正社員のおよそ半分に留めなければならない。週単位で見ると、ジェネシスの社員として週に「20時間以上30時間未満」の条件を満たせば、週に何日働くかは本人の判断に任されている。「当社の場合、各種ツールで時間管理や情報共有を行い、業務達成状況はアウトプットベースで判断しています」と民輪氏。規定時間以上は業務委託の扱いとなり、その業務内容も独立・完結する案件に切り分けている。もちろん業務委託は他社からの受注、つまり副業も可能だ。
自社に深くコミットする人材をどれだけ増やすか
働く側、特にハイスキル人材にとっては「正社員として一定の安定」が保証される魅力的な制度であるが、一方で企業側のメリットは何なのか。「当社に深くコミットする人材を増やすことです」と民輪氏は明言する。同社では事業特性上、フリーのエンジニアに外注する割合も高いが、「社員と業務委託者の比率自体を重視しているわけではなく、むしろ雇用形態にかかわらず、その人がどれだけ当社にコミットしてくれるか、モチベーション高く当社の仕事に取り組んでいただけるか、ということを重視しています」。
現実に複数の会社の業務を行う立場になると、働く意欲が湧くかといった情緒的な部分も含め、「間違いなく本人のなかで優先順位がつけられる」という。最も優先したい取引先として自社が選ばれるために、ロイヤルティを醸成する有効な制度の1つとして「ジェネシス」に期待している。同社では、社員を含めすべての関係者について、同社へのコミット具合やモチベーションの高さを定量化する仕組みを築いており、ピラミッド階層としては現在、高・中・低の順に2対1対7の割合で分布しているという。「これを3対2対5に向上させるのが当面の目標です」と民輪氏は語る。
複数の「顔」を持ち、海外でも活躍するジェネシス社員
制度開始から間もないこともあり、現在、ジェネシス社員は2名。そのうちの1人はこれまでフリーランスのエンジニアとして同社の業務を請け負っており、「業務委託のときは与えられたタスクをこなすだけでしたが、ジェネシス社員としてプロジェクトを渡され、全体をマネジメントするようになったのは大きな変化です。フリーランスではなかなかプロジェクトマネジメントまで経験できないので、キャリアの上で財産になりました」と語る。
民輪氏も「基本的にプロジェクトマネジメントのような案件は経験者でないと頼みにくいのですが、『やってみたい』という彼の希望に応えて業務を任せられたのは、やはり育成やフォローがきちんとできる自社の社員ならではのことです」と付け加える。本人もスキルアップのために通信大学に通っており、「時間をうまく使いながら、社員・フリーランス・学生それぞれの立場を楽しんでいます」と笑う。
もう1人のジェネシス社員もフリーランスから転身。官公庁や金融をはじめ10社以上のベンチャー支援など豊富なキャリアを持つエンジニアだが、現在はベルリンに在住し、業務の99%が同社の案件という。「社員になるとやはり〝圧倒的当事者意識〟と言いますか、仕事を自分事と捉えて主体的に動くようになりました」と語る。ベルリンは趣味の海外旅行で訪れた際、夫婦で気に入って住むことにした。これも同社のワークスタイルだから実現できた。偶然に選んだ地だが、ベルリンは今「スタートアップの聖地」と呼ばれるほどITベンチャーが多く、かつてのシリコンバレー以上の活況を呈している。「業務の残り1%はそうした企業のお手伝いです。徐々に拡大し、いずれはヨーロッパに影響のあるITサービスを展開できたらと考えています」と意気軒昂である。なおフルタイム社員も含めると、同社ではベルリンの他、ルーマニア、フィンランド、アメリカなどに数名が居住。国内も北海道から沖縄まで多岐にわたっている。
地域格差を解消。働き方の「新しい社会インフラを作る」
エンジニアが働きやすい環境を追求する過程で、同社の事業もビジョンもステージアップしている。事業に関してはコロナ禍を機にリモートワークが進んだことが追い風になり、創業からリモートワークを行う同社の知見を期待する依頼が相次いだ。最近では静岡県浜松市と連携して地場企業のDX推進事業を支援している。2020年にはこうした領域の諸案件を整理し、ライフスタイルテック事業として新たな柱とした。リモートワーク導入のハンズオン支援とともに、地方の宿泊施設やコワーキングスペースなどのオンラインマッチング予約システムといったプラットフォームや、リモートワークや副業・フリーランス人材を活用したプロジェクトマネジメントのためのSaaSを開発、提供するものである。3年後にはスタートアップ10社の投資を目指すなど、その勢いは増すばかりである。
事業発展の源泉となる人的資源についても見通しは明るい。独自の育成メソッドもそうだが、公募求人は専門媒体のみにもかかわらず、採用倍率20〜25倍の採用枠に毎回1000人以上が応募するなど採用環境にも恵まれている。応募が殺到するのはフルフレックス、フルリモートの自由な働き方が特に若手エンジニアに「刺さる」からで、ジェネシス導入によりさらに訴求力は高まるだろう。選び抜いた人材を「社員の総CTO化」というレベルにまで育成すれば、好循環はますます加速する。
関西出身で、今も神戸に住む民輪氏がフルリモートワークの会社を起こしたのは、もともと関西の活性化を期して、居住地を選ばず優秀なエンジニアを集めたい、という思いがあったからであった。一定の成果を上げた現在、同社の仕組みはエンジニアのみならず広く人材採用、さらにはスタートアップや新事業の拠点づくりにおいて、首都圏の一極集中を緩和し、地域格差を縮める有効な「社会インフラ」になると確信している。2021年度に策定された企業ビジョンは「新しい社会インフラを作る」。その推進の一翼を担うのが、「起源」という名を持つ社員フリーランス制度である。同社ではさらなる働き方の進化に向け、制度について各専門家とともにブラッシュアップを進めている。