Vol.3 株式会社タニタ

社員の個人事業主化で企業と個人を元気に。タニタの「日本活性化プロジェクト」

2021年01月13日

2017年1月から希望する社員が退職し、個人事業主として業務委託契約を結んで働く仕組み「日本活性化プロジェクト」をスタートした株式会社タニタ。経営本部社長補佐の二瓶琢史氏にプロジェクト導入の背景を伺った。

目的は、〝自立人材〟との長期的な関係構築

体組成計や活動量計など健康関連の計測機器をはじめ、レシピ本や一般向けレストラン「タニタ食堂」などで知られるタニタは、2017年1月から希望する社員が退職し、個人事業主として業務委託契約を結んで働く仕組み「日本活性化プロジェクト」をスタートした。社長の谷田千里氏がかねてより持っていた構想を具体化した同プロジェクトについて、当時の総務部長であり、現・経営本部社長補佐の二瓶琢史氏は設立の背景をこう説明する。

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「谷田は先代から受け継いだ最大の資産を『タニタで働く人』と考え、優秀な人に働き続けてもらうために大きく2つの課題を考えていました。1つは会社経営には波がつきもので、業績が悪化すると人材が流出するおそれが高いこと。もう1つは『人財』と呼ぶにふさわしい人がモチベーションを高く保てるような働き方ができる環境をいかに提供するかということです。業績悪化で辞めざるを得ないときには自ら危機を凌げる力を養えるような、人材の育成のためには、主体的に仕事をして十分に報われる仕掛けを用意したい。この課題は、突き詰めると会社と個人の関係性に帰着します。雇用にとらわれず会社と個人の関係を見直すと、実は社員の個人事業主化が最も合理的であるという結論に達しました」
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所期の目的が「働き手の成果に報いながら、タニタに引き続き貢献してもらうWin-Winの関係性を築くこと」であるため、開始当初のプロジェクトの対象は同社の社員である。部署や勤続年数などの制限はなく、全社員を対象に移行者を募る。希望者と会社間で合意した場合は退職し、雇用関係を終了したうえで、改めて個人事業主としてタニタとの業務委託契約を結ぶ。

委託業務は「基本」と「追加」の2本立て。成果報酬で収入増も期待

気になるのは業務内容と報酬である。「業務内容については、原則的にその社員が個人事業主になる前年に担当していた仕事をそのまま『基本業務』として委託し、契約します。同じ人が同じ仕事を続けるのですから、報酬も社員のときに支払っていた残業代込みの給与や賞与をベースに算出したものを『基本報酬』として支払います」と二瓶氏。さらに個人事業主になると新たな仕事を頼まれるケースも想定される。その分は「基本業務」と別立てで「追加業務」として扱い、報酬も「成果報酬」として上積みされる。また基本業務であっても想定以上の成果を上げた仕事は、その成果に対して報酬が支払われるようなケースもある。「こうした仕組みにより『報われ感』や『やる気』が醸成されると期待しています」(二瓶氏)
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社会保障費相当額も組み入れて「基本報酬」設計

個人事業主になると心配なのは社会保障である。独立すると会社が加入していた厚生年金や健康保険から抜け、自分で国民年金や国民健康保険に加入し直さなければならない。強制加入であるこの2つ以外にも、労災・傷病手当や退職金などに代わる保険にも入っておきたい。総収入から社会保障費と経費、税金を引いた手取り収入が社員時代より減ってしまうなら、個人事業主への移行はリスクが高いと考えるのは当然である。

この点についてタニタは、これまで会社が負担していた社会保障費相当額を基本報酬に組み入れて、報酬を設計する仕組みにした。「個人事業主はこれを原資の一部にして、強制保険はもとより、さまざまな民間保険を組み合わせて自分や家族に必要な社会保障を構築します。この作業は社員時代にはない負担ですが、逆に言えば自分で社会保障を考えることが、自立に向けた覚悟を促すことになると期待しています」(二瓶氏)

契約を複数年にすることで業務の安定性を確保

業務委託の契約期間は原則3年間。最初に3年契約を結んだうえで、1年ごとに業務内容や報酬額を見直し合意すれば、新たに3年で契約を更新する。「実質的には1年ごとの契約ですが、常に残り2年分契約がある状況にすることで、仮に不更新になったとしても、会社としてはいきなり業務を放り出されるリスクを回避できます。働き手から見ても、急に仕事がなくなり、収入が途絶えることを防げます。会社も個人も次の態勢を整える2年の猶予があることで、安心感があります」(二瓶氏)
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運用上の課題解決に向けて〝互助会〟を設立

ほかには経費の問題もある。個人事業主の多くはこれまで通りタニタの仕事をするのだが、コピー用紙やパソコン、文房具などの備品は、個人事業主である以上、本来であれば有料となるか、あるいは持ち込む必要が出てくる。だが会社の備品を使用するつど使用料を払ったり、自分が使うコピー用紙を持ち込んだりするのは現実的ではない。その他、個人事業主となったプロジェクトメンバーには確定申告や社会保険の知識・ノウハウが少なく、税理士などの伝手(つて)もないなど、実際に運用する過程でいくつかの課題が浮かび上がってきた。

こうした課題を解決するため、タニタでは相互扶助の団体として「タニタ共栄会」を設立した。個人事業主になったメンバー全員が会員となる。タニタ共栄会がタニタと包括契約を結ぶことにより、メンバーは会社の施設や備品を社員と同様に利用できるようになり、会社の各種イベントに社員と同様に参加できる仕組みとなっている。これ以外にも、「確定申告について共栄会が契約する税理士法人のサポートが受けられる」「社会保障関連の情報を得られる」などのメリットを提供している。

なお会社の備品使用料については、共栄会からタニタに一括支払いする仕組みである。この備品使用料を含む共栄会の運営費は、メンバーが年間報酬額の1%を会費として拠出するほか、有志者の寄付金で賄われている。

社員の1割強が移行。管理職の個人事業主化にも期待

プロジェクトが始動した2017年、社内公募に手を挙げ個人事業主に移行した社員は8名。以降、2020年までの4期で24名に達している。タニタ本体の社員(約220人)の内、1割強が「個人事業主という生き方」を選んだことになる。次の第5期には既に10名前後がエントリーしており、増加傾向にあるのは間違いない。
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移行者の職種は、営業・企画職、事務・管理職、技術・開発職と幅広いが、一般に個人事業主に馴染みやすいのは「1人で仕事をする専門職」と思われている。「確かに個人事業主化というと専門職の話であると受け止められがちですが、マネージャー向けの取り組みとして捉えるのが正しいと私は考えています」と二瓶氏。

部長職を委託されてマネジメントを行う、プロジェクトリーダーとしてメンバーを統括する。「会社はそうした組織運営にかかる費用をすべて報酬として支払い、受託者はそのバジェット内で自由にリソースを集めて運営するというのが、実際にはまだそこまでできていませんが、ひとつの理想形と考えています。〝自分の財布〟で物事を進めることが、仕事を『自分事』にする一番の原動力だと思うからです。そうなれば組織のダイナミズムも生まれるし、会社としても効率的な運営ができます」。二瓶氏自身も第1期メンバーに手を挙げ、現在は個人事業主として「日本活性化プロジェクトの推進」と「社長補佐」業務を請け負っている。

最大の変化は、「自分の仕事」としての意識が高まったこと

一方、働き手の実感はどうなのか。第1期メンバーであり、技術者としてアプリ開発などを手がける武藤有悟氏にこの3年を振り返ってもらった。

「最初の1年は、個人事業主として稼がなければ、との思いがあり、追加業務も積極的に引き受けていました。ただオーバーワークになると、基本業務のほうに影響が出ることがわかってきたので、2年目は試行錯誤、3年目でやっと自分のペースがつかめてきた感じです。個人事業主になって変化したのは、特に追加業務において『自分の仕事』という意識が高まったことです。社員時代より質の向上や効率的な仕事の進め方を考えるようになりました」(武藤氏)

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追加業務は、所属部門以外から依頼されることもある。その成果報酬は、基本的にそのつど依頼元の部門長との話し合いで決める。武藤氏の場合、移行前の1年間は仕事が緩やかで残業も少なかったことから「基本報酬」はそれなりの額だったという。「その分、『追加の仕事をください。ついてはこれくらいの報酬ではどうですか』という交渉がしやすく、私も委託する側も案件ごとに納得のいく〝相場観〟が形成されました」と武藤氏。

現在は1人でできる業務のみ請け負っているが、今後はプロジェクト単位で引き受けることも視野に入れており、管理者としてどう成長し、どうメンバーにアプローチするかが自身の課題だという。なお個人事業主の場合、マネジメント研修などの自己研鑽費は経費に計上できる。

収入は全員が社員時代より増加

肝心の収入面の変化だが、3期メンバーまでの期ごとの手取り金額の平均を前年と比較すると、社員時代の給与・賞与所得を100%とした場合、いずれも120%前後の水準で上回っている。「会社としても人件費に対する業務委託料の総額は、微増(2017年)→微増(2018年)→微減(2019年)と推移しており、トータルな会社負担はそれほど変わっていません」(二瓶氏)

個人事業主側からすると、一番取りやすい収入増の方策は「追加業務」を増やすことである。「仕事の幅を広げるには常に第一線のスキルが求められます。そのプレッシャーが良い意味で作用し、スキルの向上やより高い成果につながることも期待しています」と二瓶氏。なお、メンバーは他社の業務を受託することも可能だが、タニタとの競合を防ぐため、概要を報告して行うこととなっている。

タニタではどれぐらいの割合の社員が個人事業主化すると考えているのだろうか。「今の日本の価値観では、自然に個人事業主に移行するのは多くて2割程度ではないでしょうか」と二瓶氏。いち早く個人事業主となった二瓶氏自身も、退職届を出すときはさすがに手が震えたという。「社員でなくなる」という事実はそれほどに重い。「ですから個人事業主化はあくまで選択肢の1つ。社員の選択肢を増やしたという点に意義があります」(二瓶氏)

個人事業主の世代は50代が年々増加

タニタの社員は副業ができないが、個人事業主になれば複数の業務をこなすこともできる。また個人事業主には定年がない。基本的には出退社時間や働く場所も自由である。今のところ両者の具体的な違いはこうした点で、「社員でなくなったからといって、いわゆる『外の人』のように扱われることはなく、周囲の社員の対応は移行前と特に変わりません」と武藤氏。むしろ繁忙期などに追加業務を頼む際も、かえってビジネスライクに発注してもらえるようになったという。「個人事業主側は発注が思うように来ないとき、原因を考え、ニーズに応えようと努力する。それが結果的にサービス改善につながる、という副次的効果も見られます」(二瓶氏)

移行者の年齢は20代から60代まで幅広い世代にわたるが、ボリュームゾーンは30代から50代である。「特に50代以降が相対的に増えているのは、やはり定年後を見据えて今後の生き方を考える時期だからでしょう。加えて、今まで築いた知識やスキル、人脈も含めて『こういうことならできそうだ』という見通しが立ちやすいからだと思います」と二瓶氏。

改正高年齢者雇用安定法の施行により定年後の業務委託制度、いわゆるシニアフリーランスのあり方が注目される中、タニタの取り組みは1つの指針になりそうである。

二瓶琢史氏 経営本部 社長補佐(右) IMG20201029121642.jpg

武藤有悟氏 生産戦略本部 量産設計センター 技術4課(左)