Vol.2 厚生労働省 職業安定局 高齢者雇用対策課 課長 五百旗頭千奈美 氏
社会全体で高齢者の活躍ステージをつくるために 企業に求められる視点とは
2021年4月に施行される改正高年齢者雇用安定法では、労働者を60歳まで雇用している事業主に対し、65歳までの雇用確保を義務づける従来の措置に加え、70歳までの就業機会を確保することが努力義務として制定された。なかでも「70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入」、および「70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度の導入」は、雇用によらない働き方として注目を集めている。成立の背景や運用における課題は何か。同法を所管する厚生労働省に話を聞いた。
健康で働く意欲の高い高齢者に、多様な就労機会を
少子高齢化により、日本の人口は既に減少局面を迎えている。「ただし現時点では、女性や高齢者の就業促進により、就業者数は6700万人ほどで1990年代の後半と同程度の水準を維持しています」と厚生労働省職業安定局高齢者雇用対策課課長の五百旗頭千奈美氏は指摘する。懸念されるのは世代別人口のボリュームゾーン、1970年代前半生まれのいわゆる団塊ジュニアが60代後半に入る2040年前後で、およそ2.4人に1人が60歳以上となる。「この時期に就業者数をどう確保するか。多様な就労参加の選択肢を設けて経済成長をしていけば、現在より640万人ほど少ない1990年頃の水準を維持できます。こう考えると、高齢者においても、今からより一層の社会参加ができるよう促すための環境整備が不可欠です」と五百旗頭氏は語る。
図表1:高齢者の身体機能等について
出所:厚生労働白書(令和2年)
高齢者の社会参加を促進するには、本人のコンディションも重要である。1998年から国が実施する「新体力テスト」によると、現在の65歳から79歳までの合計点はいずれのグループも男女とも上昇し「20年前の5歳下より身体機能が若い」という結果が出ている。また「高齢者とは何歳以上か」という質問の回答年齢も年々上がり、直近の2014年では「75歳以上」と答えた者が5割近くに達した。「意識も身体機能も若返っているのです。これにともない高齢者の就労意欲も高くなり、男女あわせた全体の約4割が65歳を超えても就業を希望しています。加えて『働けるうちはいつまでも』と回答した人も2割に上ります。希望する就業形態はパートタイム雇用が一番多いのですが、男性ではフルタイム雇用を希望する方が3割、自営業・個人事業主を希望する方が2割ほどいらっしゃり、多様なニーズが伺えます。また、男性の健康寿命は約72歳です。こうした状況を踏まえつつ、2040年頃の状況なども見据えて、改正法における努力義務の年齢の上限を『70歳』に定めました」(五百旗頭氏)
図表2:高年齢者の就労意向と就労希望年齢
高齢者の継続雇用における2つの課題
「働きたい」高齢者を取り巻く課題は、大きく分けて2つあるという。「1つは賃金の問題です。61歳時点の賃金水準を見ると、定年前の賃金を100とした場合、定年後の平均値は78.7です。従業員数1,000人以上の企業では70.9で、多くの企業が2、3割賃金を下げています。年功賃金型の処遇では、定年時の賃金は生産性より高い水準となりがちで、定年後に生産性見合いにするだけでも処遇が下がる事情が背景にあるでしょう。しかし、定年までは評価と待遇は一定程度連動していたのに、定年になった途端に、仕事内容や業績に関わりなく一律に賃金がカットされる。こうした扱いはシニア社員のモチベーションを下げる大きな要因になってしまいます」(五百旗頭氏)
図表3:60歳直前の賃金を100とした場合の61歳時点の賃金水準の分布
「もう1つは、期待される役割が分かりにくいことです。定年後の働き方は役職を解かれて同じ分野の仕事をする、キャリアチェンジをして新しい業務に従事するという2つに大別されますが、同じ分野の仕事でもプレイヤーになるとやはり以前のようには活躍できません。キャリアチェンジの場合はもっと大変です。プレイヤーとしての仕事でも、蓄積された経験知や人間力を活かしたチームへの貢献など、アドバンテージを活かせる役割や期待する行動をきちんと伝えることが大事です。高齢者が戦力として活躍していくためには、評価とフィードバック、処遇への反映等、モチベーションを高める仕組みが必要でしょう」
現実に即して言えば、これまで多くの企業にとって高齢期の雇用は、法的な要請に応じて致し方なく行うものだったかもしれない。働く側は不満を抱えながらも「あと数年だから無難に過ごそう」という諦めがあっただろう。しかし70歳までは長い。「高齢期の就業でWin-Winの関係を構築するには労使双方の試行錯誤と丁寧な対話が求められます。労使の多様な状況にできるだけ柔軟に沿える選択肢を用意する観点から、今回、雇用によらない2つの選択肢を設けました。それが『業務委託』と『社会貢献活動』です」
委託業務のイメージは専門職と完結型の業務
このような背景があるだけに、五百旗頭氏は、「特に業務委託については、決して大量の労働者を業務委託に移し替えることを想定したものではありません」と強調する。業務委託の移行者としてイメージするのは高度な専門職、もしくは「業務自体が自立して完結する仕事」だという。「一例を示すと前者は特許事務、後者は企業の中の研修講師などです。特許事務はかなり専門性の高い業務ですし、後者は営業や人事など、さまざまな職域でシニアが培った経験が活かせます」
「継続雇用の場合は企業の賃金体系の枠組みの中でシニア社員の賃金が決められます。しかし業務委託ではその枠を超えて、マーケットプライスも参照しながら報酬を決めることになるでしょう。さらに業務ニーズがあれば、70歳を超えて働くことも可能でしょう。継続雇用より高い報酬が期待できたり、長く働けるという意味では、とても可能性のある選択肢であると考えています」
「労働者性」が認められないかどうかが留意ポイント
五百旗頭氏が「選択肢」と繰り返すのは、改正法の業務委託はあくまで前に勤めていた会社との取引を想定しているからである。高齢者がゼロから仕事を開拓する、つまり〝営業活動〟をして業務を受注するのは極めてハードルが高いという現実的な見方をしている。「そういう意味では『フリーランス』という言葉で表現することには、しっくりしない感覚を抱いています」と五百旗頭氏。65歳以上の選択肢として元雇用先と業務委託をする場合、懸念されるのは偽装請負の問題である。
「業務委託は雇用によらない措置であるため、個々の高齢者の働き方について『労働者性』が認められるような働き方とならないよう留意する必要があります。特に定年前と同じ仕事をする場合、単純にそのまま業務委託に置き換えるのでは、多分に偽装請負の懸念が出てきます」
労働者を雇用するには、賃金や社会保険以外にも、法定外福利費や研修費などさまざまな費用がかかる。業務委託を恣意的に解釈して、そうした「目に見えないコスト」をカットすることもできるだろう。「単なるコストカットの手段として、労働者性の疑われる働き方をさせることは、高齢期の就業機会を多様に用意しようという改正法本来の趣旨から大きく外れてしまいます。業務委託は、個々の高齢者の能力やニーズと企業の業務ニーズが合致した場合に、双方がWin-Winの関係を築く選択肢。偽装請負といった問題のある形でこの選択肢が用いられることは防ぐ必要があります。企業側にはぜひともこの部分を正しく理解していただき、良い形で活用されるようお願いします」
企業価値の向上を図り地域社会との橋渡しを
もう1つの雇用によらない働き方、社会貢献活動については「有償ボランティア」を想定している。「この制度を新設したのは、対象が65歳以上で年金を受給している世代だからこそです。「仕事」以外の形で、やりがいを持って社会参加したいという人の選択肢です」と五百旗頭氏。
イメージするのは学校への出前授業、工場見学や企業展示場のガイド、企業ゆかりの地域の環境保全活動など、企業が社会貢献活動として取り組んでいるプログラムへの有償ボランティアである。「なぜ企業がそこまでやらなければならないのか、という意見も耳にしますが、今や社会貢献活動を行う企業にとって、その活動は単なるボランティアではないはずです。世界的にもSDGs(持続可能な開発目標)への取組の機運が高まる中、環境や社会に企業として貢献することは、企業価値を向上させる戦略的な取組と位置づけることができます。このような活動に、企業価値をよく知る元社員が参加することで、活動の質向上と魅力的な発信が可能となり、戦略的効果のより一層の向上が期待されます。また、副次的にも、シニア(元)社員の活動フィールドを、会社から地域社会に橋渡ししていく効果も期待されます。会社とシニア(元)社員、会社と地域社会。超高齢社会のステークホルダーの間にWin-Winの関係を築く選択肢として活用いただければと考えています」と五百旗頭氏。
「創業支援等措置」の中身を労使との対話で詰める
改正法では、70歳までの就業確保に際して業務委託と社会貢献活動の選択肢を設けることを企業の「創業支援等措置」と呼んでおり、①実施にあたり計画を作成する、②労働組合等の同意を過半数得る、③計画を周知する、④個別労働者と契約するといった手続きと留意事項が細かく定められている。業務委託の詳細や、社会貢献活動における有償ボランティアの価格設定なども、「労使の対話」の中で丁寧に話しあって決めることが求められている。そのプロセスには時間がかかりそうだ。
五百旗頭氏は冒頭、「団塊ジュニアがシニアとなる2040年前後」の就業者確保を課題として提示していた。「おっしゃる通り、今回の改正法の目的の1つは、社会全体で長期的に健康な高齢者が最晩年まで活躍できる〝受け皿〟をつくる、その一端を企業の努力義務として行っていただくということです。定年間際に身の振り方を決めるのはやはり難しいので、労働者側には40代、50代のうちから時間をかけて準備する、目的意識を醸成するという自律的な態度を培っていただき、企業側にはそのための研修を行う、キャリアチェンジのロールモデルを示すなどの取り組みを期待しています。65歳以上になれば、働くことへの考え方や意欲、体の状況等、個人差が大きくなります。複数の選択肢を組み合わせる等により、労使双方のニーズに合わせた運用ができるよう、制度設計を工夫していただければ幸いです。私たちも施行にともなうさまざまな政策課題の把握、改善を図ってまいります」(五百旗頭氏)