Vol.1 中央大学大学院 戦略経営研究科 教授 佐藤博樹氏

シニアフリーランスの資質形成のキーワードは「変化対応行動」と「パーソナルダイバーシティ」

2020年12月17日

超高齢社会においてシニア活用が注目される中、新たな働き方として政府が推奨するのがフリーランス(業務委託)である。シニアがフリーランスになるという選択を成功させるには、どのような視座が求められるのだろうか。具体的な制度設計を考える前提として、『人材活用進化論』(日本経済新聞出版)などの著書があり、多様な人材活用やダイバーシティ経営に深い知見を持つ、中央大学大学院戦略経営研究科の佐藤博樹氏に個人および企業の意識のあり方について伺った。

エンジニアなど専門性の高い分野ほど、
フリーランス転身の可能性大

フリーランスに転身しやすい職種として挙げられるのが、エンジニアやクリエイター、学術・法務など専門性の高い仕事である。報酬も1案件あたりいくらと交渉でき、契約を結びやすい。「確かに専門一筋の高スキル人材はシニアでも引く手あまたです。1人で行う実務の質が高く、社内フリーランス的な活躍をしてきた人ほど業務委託に移行しやすいでしょう」と佐藤氏も同意する。「むしろシニアの活用で問題なのは、管理職に就いて長い人です」

「本来、管理職の役割の遂行には、テクニカルスキルではなく、コンセプチュアルスキル(概念化能力)やヒューマンスキルが必要になります。例えば、担当職から課長に昇進すると、自分で業務を遂行するのではなく、コンセプチュアルスキルを活用して戦略を立案し、それを部下に遂行してもらう立場になるため、部下マネジメントのためにヒューマンスキルが不可欠になります。他方、フリーランスは、自分1人で業務を遂行するテクニカルスキルが必須ですが,管理職を長く続けると、テクニカルスキルを継続して磨く機会がなくなります。そのためシニア世代の管理職は、フリーランスへの転換が困難になります」

フリーランスになるには、第三者に訴求でき、評価される自分の「強み」としてのテクニカルスキルが必要だ。そのためには仕事人生の節目節目で、今の自分の強みと今後身につけるべきスキルを考える、いわゆる〝キャリアの棚卸し〟をする必要がある。「これは若い頃から意識的にやらなければなりません。極端な断じ方をすると人生100年時代、定年後のシニアフリーランスまで見据えて仕事をするならば、管理職にはならずに、専門職や担当職としてテクニカルスキルの向上が期待できるキャリアを選択するほうが望ましいことになります。今後の企業は、管理職以外の専門職としてテクニカルスキルを向上させられるキャリアを社員に提示することが大事になります」

「変化対応行動」が自らの活路を切りひらくカギ

刺激的な言葉だが真理ではある。現行の法制度では社員が希望すれば、企業は65歳までの雇用機会の提供が義務となっている。しかし、65歳になる前に定年や役職定年により、管理職の多くは役職を解かれて収入が落ち、勤労意欲が著しく低下するというデータもある。「しかし役職を解くというのは役割が変わっただけのこと。管理職とは〝管理職としての役割〟に過ぎません。時を経て再び〝新しい仕事の役割〟が与えられたというだけのことです」と佐藤氏。

「さらにこれまでの実務で培ったスキルを活かせる仕事ができればモチベーションは落ちません。スキルを100%活かすのはさすがに管理職が長いと無理でしょうが、これまでのスキルや経験を6割ほど発揮できれば、収入に関係なく仕事満足度を維持できるという調査結果(※)もあります」
図表1:アンケート調査では、「50代までに獲得したスキルが十分に活用できれば、60歳以降は仕事内容が変化しても意欲高く働くことができる」という傾向が明らかとなった。

img_01.jpg出典:一般財団法人企業活力研究所「これからのシニア人材の活躍支援の在り方に関する調査研究報告書」より 

とはいえ管理職としての経験が長い場合では、業務遂行に必要なテクニカルスキルが低下している。仕事に関係する情報も、新しく吸収しなければならないことばかりである。そこで求められるのが「変化対応行動」だ。「社会や経済、ビジネスの変化に常に関心を持つ知的好奇心、新しいことを学び続ける学習習慣、そして予測できない変化にも果敢に対応するチャレンジ力。この3つの特性を備えた行動を私は『変化対応行動』と呼んでいます。担当する仕事に必要な知識やスキルを身につけるだけでなく、自ら活路を切りひらくための原動力になります」

図表2:「変化対応行動」の構成
img_02.jpg(出典)佐藤氏らが作成

多様な「役割」を経験してライフキャリアを充実させる

「変化対応行動」を獲得できるようになるには、個人と企業の意識が変わらなければならない。個人の行動改革のキーワードは「多様な役割」を遂行することだ。「実は、健康である限り働きたいと希望するのは、ほとんどが男性です。仕事イコール人生であり、それ以外の役割の選択肢がないと思い込んでいるからです」と佐藤氏。一方、女性は仕事以外にも、趣味のサークルメンバー、地域社会の構成員であるなど多様な役割を担っています。男性が仕事役割をアイデンティティの絶対的な核に据えるのに対し、女性の多くは、多様な役割を柔軟にこなしている。

また海外を見ると、ドイツでは退職年齢が平均62歳と比較的早いが、リタイア後にボランティアなどの社会活動に取り組む人が多く、働く人と合わせると日本の高齢就業者の比率と同じくらいである。「つまり日本の男性の場合は他の選択肢を考えられず、やむを得ず働く人も少なからずいると推測できます」と佐藤氏。

仕事のキャリアだけでなく、総合的に自分の生き方を設計すること。「すなわちライフキャリアの形成がこれからの時代には必要になります」と佐藤氏は語る。地域活動に「住民」として参加する、ビジネススクールで学ぶ「学生」になる、といったさまざまな役割をできるだけ多く経験することが「変化対応行動」の獲得につながっていく。「さらにこうした経験は、例えば定年後にNPO団体を立ち上げるといった形で新しい仕事にもつながります。一人ひとりの中にある多様性を尊重する、パーソナルダイバーシティがこれからの重要なキーワードです」

「変化対応行動」を促進するダイバーシティ経営

変化対応行動のできる社員は、フリーランスとして成功しやすいだけでなく、企業経営にとってももちろん望ましい人材である。その育成のために企業ができることは、職場においてチャレンジの機会を増やすこと、またそのための学びや斬新な発想を歓迎し、失敗してもマイナス評価にならない企業風土をつくること、そして社内外の多様な人々との交流を促進することだと佐藤氏は語る。「こうしたダイバーシティ経営の取り組みが、働く人々の変化対応行動の向上に貢献することは間違いありません」

さらに仕事役割だけでなく、仕事以外の場でさまざまな役割を担う機会をつくることも、社員が多様な価値観を受容し、異なる環境への適応力を高めるために有益である。「ですから働き方改革とは、単に労働時間を削減することではありません。削減によって生まれた時間を社員たちに返し、やりたいことに取り組んでもらう。仕事を効率的に進めるにあたっての自己管理能力の向上も含めて、働き方改革と生活改革が同時に進行しないと、変化対応行動の維持・向上は図れません」

シニアフリーランス(業務委託)制度をどれだけの企業が導入し、実際にシニア人材がどれほど活躍できるか、今はまだ不透明な状況にある。佐藤氏の話からわかったのは「役割」にこだわらず、長期的にデュアルキャリアの形成を意識しながら自分の強みを研ぎ澄ませられる人、もっと言えば仕事だけでなく多様な経験を通して視野と興味を広げられる人、すなわち変化対応行動のできる人が、フリーランスとして資質的にふさわしいということである。そして変化対応行動を促すには、社員一人ひとりがキャリアを考えられる仕組みを構築するなど、企業の取り組み姿勢も大きなカギを握っている。

佐藤博樹 satou.jpg
中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授
東京生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員、法政大学経営学部教授、東京大学社会科学研究所教授などを経て、現職。東京大学名誉教授。
著書として、『人材活用進化論』、『人事管理入門(第3版)』(共著)、『新しい人事労務管理(第6版)』(共著)、『新訂・介護離職から社員を守るーワークライフバランスの新課題』(共著)、『ダイバーシティ経営と人材活用―多様な働き方を支援する企業の取り組み』(共編著)、『働き方改革の基本』(共著)など。
兼職として、内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経済産業省・新ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長、民間企業との共同研究であるワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト共同代表など。