【研究報告】変容する日本企業の「メンバーシップ」
リクルートワークス研究所では、2021年7月に3日間のオンライン・シンポジウムを開催しました。以下に、7月9日に行った「DAY2 新たな人事施策『アルムナイ』と『職業コミュニティ』」の研究報告の動画とサマリーを公開します。
変容する日本企業の「メンバーシップ」(研究報告)リクルートワークス研究所 千野翔平
研究報告資料:「変容する日本企業の「メンバーシップ」」
メンバーシップ型自体にも進化の余地がある
昨今、企業が迫られている経営課題として、イノベーションの創出、DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用したUX(ユーザーエクスペリエンス)の創出、さらにコロナウイルス感染症の影響によって事業基盤の強化や再編などに迫られている企業も少なくありません。また、多様な働き方の実現や採用難を打開しようとする動きも見られます。
こうした課題に対して今まで以上のスピードが求められるため、従来のようなメンバーシップ型(クローズドなコミュニティ)では状況を打開することが難しくなってきました。これからは、より組織をオープンにしていくことが求められています。こうした流れを受けるかのように、最近ではジョブ型雇用への関心が再度高まっています。
しかし、私たちはこのメンバーシップ型自体も進化の余地がまだまだあるのではないかと考えています。つまり、メンバーシップ型は保ちつつも、人材が組織の境界線を越えることによって、事業基盤の強化を図ったり、新たな事業を創出したりすることが可能だからです。
組織の壁を越えたネットワークの重要性
弊所が2020年に取り組んだ「マルチリレーション社会」プロジェクトでは、多様な人々とのネットワークを生かしながら価値を創出していく「リレーション経営」を提唱しています。
特徴は次の3点です。1点目、パーパスによって多様なステークホルダーを引き付けるというものです。企業の存続志向、拡大志向といったものから、社会価値と経済価値の両立を目指したパーパス経営が重要になってくると考えています。
2つ目は、多様なステークホルダーとの共創という点です。企業の周りには、株主、顧客、パートナーあるいは社員などといったステークホルダーがいます。このステークホルダーとのリレーションをしっかりと育みながら、新しい価値を作り上げていくということが重要になってくるのです。
3つ目は、外部環境の変化に対応するという点です。1人が1つの役割から複数の役割を担っていく社会(例えば、ある時点では社員だった人が別の時点ではパートナーになったり、あるいは顧客になったりすること)では、企業はこれらの人々と豊かなリレーションを作っていくということが変化に対応していくことにつながります。
ここから言えることは、組織の壁を越えて知のネットワークを作ることを狙った人事施策を進めていくことの重要性です。
知のネットワークをつくるための5つの提案
では、どのようにして知のネットワークをつくっていけばいいのか、ここでは5つの提案をします。まず1点目は、すべての人を創造の主体者として捉え直すということです。企業の中でイノベーションを生み出す役割を担うのは、一部の特別な人々だとするのではなく、これからは、社員やアルムナイ、顧客、取引先、株主、地域などといった、多様な人々のネットワークを活用して、その人たちに主体的に発言、行動してもらうのです。
2つ目は、人材と互恵的な関係を結ぶということです。企業は個人に対して主体的な取り組みを期待する一方で、しっかりと金銭、環境、関係性の3つの観点からの報酬を提供して、ともに価値を作っていく工夫が必要です。
3つ目は、定着の定義を変えるということです。言い換えれば、定着の定義を広く捉え直すことが重要です。人手不足が常態化する中で、企業が人材を抱え込むことは困難になってきています。このような背景も踏まえると、一度退社した人ともネットワークを保ち続け、互いが必要とするタイミングでネットワークを活用できる状態をつくっておくということがこれからますます重要になってきます。
4つ目は、参加型の組織風土を築くということです。すべての人を創造の主体者として捉え直すという時に、その人たちに主体的に発言、行動してもらうということが重要です。その時に企業としては、心理的安心の場を作ったり、あるいは組織のサイロの壁に人々を閉じ込めない組織設計にしたりすることが必要です。
最後の5つ目は、個人の思いが集まるプラットフォームになるということです。これは、人々が抱えている問題意識を発信・行動してもらうことによって、事業として投資をしていく仕組み重要です。こういった機会を提供していく中で人々を引き付けて、ネットワークをより強固なものにしていくのです。
知のネットワークを活かすコミュニティ「アルムナイ」「職業コミュニティ」
企業の知のネットワークを作るうえで、メリットのあるコミュニティとして、今回は、アルムナイと職業コミュニティに着目しました(今回扱えなかった他コミュニティについては、Day1、Day3で取り上げています)。
アルムナイについては、昨今、企業が人事施策の一つとして取り入れ始めています。例えば、企業では、アルムナイと協働してイノベーションを実現したり、人材獲得難を解消したりしています。一方、個人から見ると、アルムナイ・ネットワークから新しい情報を獲得したり、アルムナイ同士でつながって仕事の連携・紹介が行われたり、独立や起業に至るケースも見受けられており、企業にとっても個人にとってもメリットのある取り組みであることが分かりました。
職業コミュニティでは、社員一人ひとりの業務スキルが高まることや、そこから得られた外部企業とのネットワークがイノベーションにつながるケースが生まれています。個人から見ても、新しい情報を獲得して、自己理解を深めるということに役立っていますし、専門性を高めるということにも役立っています。さらには、今、自分が取り組んでいる仕事の意味や意義を再認識できることが分かってきました。
こうしたメリットがあるにもかかわらず、いまだ企業では十分にこのようなコミュニティが生かせているわけではありません。変容する日本企業のメンバーシップの中で、これから外部の知を活用していくことが期待されます。
執筆:千野翔平