【講演】自己決定と幸福の鍵としての「つながり」
リクルートワークス研究所では、2021年7月に3日間のオンライン・シンポジウムを開催しました。以下に、7月1日に行った「DAY1 企業社会のゆらぎとキャリアの孤立は「共助」で越える」の講演の動画とサマリーを公開します。
自己決定と幸福の鍵としての「つながり」(講演) 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 兼 慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長 前野隆司氏
健康・幸福で社会的に満ち足りた「ウェルビーイング」あふれる社会へ
私はキヤノンで9年間、カメラのモーターやセンサーを作っていましたが、その後慶應大に移ってロボットの研究を始めました。2008年からは、主に幸せに生き、働くとはどういうことかを研究しています。
「幸せ」を英訳すると、ハピネスと思う人が多いかもしれません。実は身体的、精神的、社会的に良好で、満ち足りた状態である「ウェルビーイング」が一番大きな概念です。その中の精神的なウェルビーイングが幸せであり、ハピネスは嬉しい、楽しいといった感情を表す一番狭い概念です。社会的なウェルビーイングをつくる活動が福祉なので、ウェルビーイングとはつまり健康、幸福、福祉を指すことになります。
ウェルビーイングは健康以外にも、環境や貧困、働き方などさまざまな課題に関わる、非常に大きな枠組みです。 理念や夢、チャレンジ精神を持ち、自分の力で生きていく主体性や仕事へのエンゲージメント、思いやりを持ち助け合う「共助」も含まれます。
人々がやりたい仕事を見つけて生き生きと働き、お互いに助け合う「ウェルビーイングにあふれた社会」をつくりたい、という思いで研究をしています。
幸福度が高い人は、低い人より7~10年、長寿だという研究結果があります。 口角を上げて笑うと免疫力が高まるため、結果的に健康で、長寿を保てるのです。うつや大腸がん、ドライアイなどのリスクが減ることも明らかになっています。幸せになることは、リスク回避の方法でもあるわけです。
年齢との関係を見ると、40~50代が最も幸福度が低下します。一方、90~100歳の人は「老年的超越」という、我欲が薄れて物事に対して寛容な、極めて幸福度の高い境地に至ることも分かっています。老化は衰えるだけでなく、幸せにもなれると考えれば、希望が湧きますね。日本は世界一の超高齢化大国ですが、言い換えれば幸福大国にもなれるわけです。
私たち一人ひとりが、人生 100年時代の生き方を考える時代が来ています。幸福度が低下する年代も助け合ってより良いキャリアを築き、やりがいと幸せを感じ続けながら、老年的超越を迎えたいものです。
幸福な社員からは、イノベーションも生まれやすい
働くことと幸せについての研究を見ると、幸福度が高い社員は、低い社員に比べて創造性が3倍高いという結果が出ています。幸せな人は、イノベ―ションに関しても3倍のアイデアが出るのです。米国の調査によると、幸せな社員はそうでない社員に比べて生産性が約30%、売り上げが37%高く、欠勤・離職の割合も低いとされています。
お金や物、地位など、他人と比較可能な財を得る「地位財型」の幸せは長続きしません。例えば課長に昇進した時は嬉しいでしょうが、そのうち喜びは薄れ、早く部長になりたいと思い始めます。次から次へと欲しくなるのです。
では非地位財型の、長続きする幸せとは何でしょう。私が研究した結果、4つの因子が寄与することが分かりました。
1つ目は、自己実現と成長です。主体的にキャリアを切り開き、やりがいを持ってワクワク生き生きと働いている人は幸せです。逆に「やらされ感」を抱いて働く人は、幸せを感じられません。ある学生が調べたところ、ビジネスパーソンの3人に1人が、1年間に一度も仕事でワクワクを感じていませんでした。一方、毎日ワクワクしている人も1~2割いました。皆さんはいかがでしょうか。
2つ目が、つながりと感謝という共助の関係。他人のために何かしようという利他の気持ちを持つことです。
3つ目が前向き・楽観的であること。「何とかなる」と思えばチャレンジ精神も高まります。
そして4つ目が、独立し、自分らしくありのままでいること。他人と比較するのではなく、「こう生きたい」という思いを元に、自立した人生を生きることです。
特に2つ目の「共助」は、他の3つの因子に大きく関わります。人とつながり、多様な人と意見交換する中で、自信が生まれ「自分は社会で生きていける」という基盤がつくられるのです。それがあって初めて、自己実現やチャレンジ、独立に向けて動き出せます。
別の研究によると、学歴、世帯年収、自己決定のうち、最も幸せに影響するのは自己決定でした。受動的でいるより能動的に行動する方が、不幸になる人が少ない、ということも分かっています。
米国の調査会社の研究では、上司が部下に全く関心を払わず、仕事を命じるだけの場合、部下が問題行動を起こす確率は4割に達しました。欠点ばかり指摘する上司だと22%、部下を励まし「君がいて助かった」と共同体感覚を培う上司の場合、1%に低下したのです。
誰もが欠点と強みを持っていますが、強みに着目すれば、職場は個性にあふれ、さまざまなことを成し遂げられる集団になります。職場の多様性が重要なのは、社員の幸福に寄与するためでもあります。
多様な人同士が影響を与え合うことが、キャリアの共助です。他人と関わる中で自分のやりたいことを悟ったり、協働したりすることで、幸せな社会が実現します。
コミュニティも「おせっかい」の共助再生を
私が神奈川県のある自治体で調査したところ、単身世帯の人は幸福度が低い傾向がありました。孤独、孤立は幸福を大きく損なうため、日本や英国が担当相を設置して対策に乗り出したのは理にかなっています。特にコロナ禍では、外出自粛などが求められて平素よりさらに孤立に陥りやすいため、一人暮らしであってもなるべく人とコミュニケーションを取っておく必要があるでしょう。
日常的に近所付き合いをしている人は幸福度が高く、あいさつすらしない人は低いという結果も出ました。あいさつを重視する職場は、幸福度が高いという別の調査結果もあります。誰とも会わずにいると、他人の顔を見た時に元気そうか悩んでいそうかも分からなくなってしまうので、あいさつ程度でもした方がいいのです。
また、ボランティアのような利他的な活動に、定期的に参加する人は幸福度が高く、興味のない人は低いことが分かりました。利他的な活動をすると、自分の時間が奪われて損だという人がいますが、実は利己的で自分勝手な人ほど、不幸せな傾向が強まります。ごみ拾いでも電車で席を譲るのでも、寄付でもいいのですが、他人のために行動し感謝されることで、愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンやセロトニン、が出て幸せになれるのです。共助とは、公助と自助の足りない部分を補うために取り組むのではなく、自分が幸せになるための行動です。
かつての日本には、コミュニティにおせっかいな人がいて、病気になったらおにぎりを持ってきてくれる、といった人間関係がありました。そんな「ムラ社会」がわずらわしくなり、都会でお金を稼いで幸せになった気でいるのが現代社会です。しかし独りぼっちでお金を稼いでも、幸せは長続きしません。
日本も英国も米国も、孤独病だと言われます。現代病である孤独病をなくし、支え合う社会を取り戻すべきです。憲法でも、幸福権は基本的人権の一つです。人と人がつながり助け合って、それぞれのやる気や主体性を高め、キャリアを自己決定する社会をつくっていこうではありませんか。
執筆:有馬知子