【研究報告】希望の選択が難しい日本。突破口は「キャリアの共助」
リクルートワークス研究所では、2021年7月に3日間のオンライン・シンポジウムを開催しました。以下に、7月1日に行った「DAY1 企業社会のゆらぎとキャリアの孤立は「共助」で越える」の研究報告の動画とサマリーを公開します。
希望の選択が難しい日本。突破口は「キャリアの共助」(研究報告)リクルートワークス研究所 大嶋寧子
研究報告資料: 「希望の選択が難しい日本。突破口は「キャリアの共助」」
キャリアの自立を求められる時代に、キャリアの挑戦を諦める人が多い事実
リクルートワークス研究所は、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」をミッションに研究活動を行っています。その一環として2019年度には、「多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会」としてのマルチリレーション社会について、2020年度には希望の選択が難しい日本の突破口として、キャリアの共助に着目した「『つながり』のキャリア論」をとりまとめました。本日は、主に2020年度の研究からご報告します。
今の日本では、就業者のうち7割は退職経験があり、雇用者の約4割は正社員以外です。また、雇用者の約4割はシニアや女性であるように、働く人も多様化しています。こうしたなか、一人ひとりが自分の価値観に向き合い、キャリアを選択していく「キャリアの自立」を強く求められるようになっています。
しかし現実は、キャリアの自立にはほど遠い状況にあります。リクルートワークス研究所の調査によれば、「自分に合った仕事の見つけ方が分からない」「自分が人生やキャリアでどうしていきたいか分からない」「自分の能力や専門知識の市場価値が分からない」という状況に当てはまる人や、はっきり否定できない人が約8割を占めています。また、就業者のうち約4割に当たる人が、転職や起業、学びなどキャリアの挑戦に関わる行動のいずれかを諦めていることも分かりました。
個人ではなく、社会の視点でキャリアの挑戦の難しさを解き明かすことが必要
人が何かを主体的に選択するためには、前提として、その選択によって良い変化を起こせると期待できることが必要です。しかし世界価値観調査によれば、日本は他の国と比較して「これからの人生に選択の自由やコントロールがある」と答える人の割合が突出して低く、自分で変化を起こせる期待を持ちにくい状況にあります。個人が自分のキャリアについて希望の選択をしていくためには、社会全体で生じている問題に向き合う必要があります。
そのような問題とは、個人がひたすら自助を求められる一方で、その自助を支える共助や公助が弱い状況が出現していることです。人が社会の中で生きていく以上、支え合いとしての共助、あるいは公的なサポートとしての公助の力を得ながら自助努力を発揮していく姿が望ましいはずですが、現在はそれとほど遠い状況にあります。
会社という共助の後退で、キャリアの孤立社会が生まれている
なぜそのような状況が生まれているのでしょうか。これまでの日本社会では、自助・共助・公助のうち、最大の共助である企業が、安定した雇用や賃金、キャリアパス、そして居場所までを提供してきました。その一方で、会社以外にキャリアを支え合う関係性を持ちにくく、国際比較で見ると日本人は周囲から仕事やキャリアへの後押しを得ていません。また安定した雇用の裏側で、失業した時の所得補償や公共職業訓練など働くことに関わる公助も弱く、OECD(経済協力開発機構)の統計によればOECD加盟国平均の3分の1程度の規模に止まります。
そして今、企業がこれまでのように雇用や賃金、キャリアパス、居場所などの多様な価値を個人に対して提供する役割を手放しつつあります。その結果、共助も公助も弱い、いわば「キャリアの孤立社会」が出現しているのです。
「キャリアの共助」が突破口となる
私たちはこのような状況の突破口として、キャリアを支え合う関係性、すなわち「キャリアの共助」が重要だと考えています。そのように考える1つ目の理由は、リクルートワークス研究所が行った就業者への調査で、会社の外にキャリアの共助を持つことが、自分の未来に自信を持ったり、好奇心を持って活動したり、自己決定をしたりとしようする姿勢と関わりを持つと明らかになったことです。
2つ目の理由は、日本には共助に「社会からの大きな期待」と「伸びしろ」があることです。内閣府の調査によれば、共助や支え合いの活動経験者がない人は4人のうち3人に上ります。一方で、共助や支え合い活動の経験のない人の約6割は、今後共助や支え合いに関わる活動を希望していますし、2021年にリクルートワークス研究所が行った「働く人のボイス調査」によれば、望ましい社会像として最も多くの人が挙げたのは「個人同士の助け合いにあふれる社会」で、その割合は4割に上りました。
海外でも共助が個人のキャリア選択に関わっている
3つ目の理由は、海外で共助が、個人のキャリア選択を支えていることです。例えば、アメリカは雇用が非常に流動的な自己責任の社会というイメージがありますが、近年、巨大IT企業で労働組合の結成が相次いだり、古くからある労働組合が地域のコミュニティと連携し活動の幅を広げたりというように、共助の価値が見直されています。また、オンライン上で働く人同士がつながり、会社に対して声を上げていくプラットフォームが登場し、支持が広がっています。
一方デンマークは、平均勤続年数が7年と流動的であることや、その社会を充実したセーフティーネットや職業訓練が支えていることで知られています。しかしそれだけではなく、職業別の労働組合が失業した人や企業横断的なキャリアを考える人の相談に乗ったり、職業訓練機関と連携し、それぞれの人に合った訓練機会へとつないでいます。
日本で広がる、6つのキャリアの共助
実は日本においても、キャリアの共助が生まれ、広がりを見せています。その一つが労働組合です。労働組合は日本的雇用の「三種の神器」の一つと言われるほど日本社会で重要な役割を担ってきました。しかし組織率は17%まで低下し、従来のような賃上げや雇用維持以外にどのような役割を果たすべきかが問われています。こうしたなか後半のパネルディスカッションに登壇いただくMitsui People Unionのように組合員のキャリア支援など新たな役割を模索し、高い支持を得る労働組合が登場しています。
それ以外にも、同じ職種や業界、問題意識を持つ人が集い学び合い、成長や共創の機会を生む「職業コミュニティ」が増えているほか、社会課題解決の場であるだけでなく、安定した事業運営を実現し、キャリアの選択肢としての存在感を示す「NPO(民間非営利団体)」、企業から転職、独立した人のコミュニティである「企業アルムナイ」、地域に愛着や思いを持つ人の集まりとしての「地域アルムナイ」、そして2020年12月に法制化され、雇用でも自営でもない第三の働き方としてこれから期待されている「共同労働」など、キャリアを支え合う多様な場が広がっています。
キャリアの共助が提供する多様な価値とは
キャリアの共助が個人に多様な価値を提供していることも分かってきました。その中心は孤立の解消や安心な居場所の提供ですが、そのほかにも個人や職業人として成長する機会や視野を拡大する機会、キャリアの選択肢の発見、時には新たな仕事の機会をもたらしています。
そのような事例として、介護付き有料老人ホームの管理職として働くAさんのケースをご紹介します。管理職として視野を広げる必要性を感じていたAさんは、ふとしたきっかけで、介護の未来を考える多様な人のコミュニティである「未来をつくるkaigoカフェ」に参加しました。介護に直接携わる人に加えて、医師や看護師、施設長など多様な立場の人が関わるこのコミュニティで真剣に語り合ううちに、Aさんはたくさんの刺激を受けます。そして他の事業所の新たな取り組みを自分の事業所で取り入れているほか、管理職の経験が足りないままマネジメントを担う若手の苦労に気づき、若手のための気軽なコミュニティを立ち上げるなどのアクションを行っています。
また、新潟県出身で、東京で就職したMさんは、しだいにUターンを考えるようになり、情報を集める中で、オンライン上のコミュニティ「フェイスブック新潟県人会」に参加します。そこでUターン制度の情報や、先に独立した人の話を聞いたことが後押しとなりMさんはUターンに踏み切り、現在は歴史ライターとして活躍するほか、同じ関心を持つ人たちとのコミュニティを自ら立ち上げ、運営しています。
キャリアの共助の価値を認め、誰もが積極的に関われる社会を創ろう
これまでご紹介してきたように、日本では今、つながりが薄く、希望の選択が難しい孤立社会が出現しています。しかしそうした孤立を克服するために、さまざまなキャリアの共助が生まれ、広がり始めているのも事実です。
これからの日本で、多様なキャリア選択を可能にしていくためには、多くの人がキャリアの共助の価値を認識し、もっと積極的に関わっていくことが重要です。そのような多様なつながりを通じて、個人が希望の選択に踏み出すことができ、その価値を会社や社会に持ち帰れることは、国、地方、そして企業にとっても大きなメリットがあるはずです。
執筆:大嶋寧子