フランスの「フレキシブル・ワーク」
フレキシブル・ワークを奨励する政策
フランスでは、失業問題が深刻化した背景の1つとして労働市場の硬直性が指摘され、近年ではその対策として、デンマークなどで効果を上げた「フレキシキュリティ」の考え方を取り入れている。また、1998年に導入した週35時間制は、大手企業が有給休暇の日数を増やすなどして、ワーク・ライフ・バランス(以下WLB)の意識を高めた。インターネットやモバイルの発展もあって、テレワークやコワークといったフレキシブルな新しい働き方が市場に浸透し始め、政府もこのような流れを受け、デジタル技術を活用した新しい仕事のあり方に対応できる法的枠組みを整備している。
週35時間制の効果
週35時間制は失業対策としての効果はなく、 その後の相次ぐ法改正で骨抜きになり、さらにフランスの国際的競争力を弱めて雇用の疎外要因となったとの批判もある。しかし、週35時間制を導入したオブリ第1法が、各企業の労使交渉に委ねる方針を採用したことにより、企業単位の労使交渉・合意が急増し、現在の「企業内交渉を通じたフレキシビリティ拡大」という流れのきっかけをつくった。同法は、法定労働時間短縮を通じて、雇用主側の労働時間管理など、大きなフレキシビリティへとつながった。
フランス型「フレキシキュリティ」
「フレキシキュリティ」は、就労者が失業した際のセキュリティ(手厚い失業手当)を保障し、積極的な再就職支援を行いつつ、雇用者側にとってのフレキシビリティ(解雇規制の緩和)を高めて労働市場の流動性を高めようとする政策である。
フランスでは、2008年に「協議による労働契約解消(rupture conventionnelle)」が導入され、規制の厳しい解雇の手続きを経ずに正規雇用契約を解消できるようになった。
また、「労働法典改正法案」では、明確な理由なく解雇されたケースについて労働裁判所の申し渡す補償金額に一定の歯止めをかけることを目的とする措置が盛り込まれた。
就労活動個別口座の導入
これと並行して、転職や複数の雇用などによる断続的で多元的なキャリア展開の広がりに対応するための「就労活動個別口座(以下CPA : Compte Personnel d'Activité)」を2017年1月から導入した。労働者側からの能動的なフレキシビリティを、企業側が積極活用できるという仕組みへと進展している。転職・職業訓練・失業などによるキャリアの中断、新たな就労形態の登場、雇用と自営の境界線上に位置する雇用形態の普及など、就労形態が多様化してモビリティが拡大し、過去のような直線的で連続的なキャリアに代わり、断続的で多元的なキャリアが増加している。同時に、キャリアの断続によって社会保障などの権利が失われることがないよう新たな制度を整えることが必要になった。
ポータビリティを重視したCPAの仕組み
労働者が獲得する社会保険や権利をポイント化して自分のアカウントであるCPA上に貯蓄し、より柔軟に活用できるようにする。基本原則は、キャリアの断続にかかわらず継続する権利の「ポータビリティ」である。初職段階でCPAが開設され、以降はずっと同じCPAを保有する。
オンラインで自分のCPAアカウントを一貫して管理(ポイント数、取得理由、ポイント利用の選択肢、さまざまなシミュレーション・アドバイス・支援ツールへのアクセス)できるのが特徴である。一部の権利については「ポータビリティ」がすでに認められて専用アカウント(職業教育個人口座、重労働予防個人口座)が稼働している。CPAではこうしたアカウントやその他の権利を一本化して共通ポイントとして管理する(図表)。
貯蓄したポイントは、職業訓練、起業支援、転職支援、育児・転居支援、サバティカル休暇、家族関連の休暇(子供の病気、親の介護など)、社会活動休暇、パートタイム移行時の減収分補填、年金などに活用できる。
図表 専用アカウントの例
キャリア転換制度
キャリアを断続的、多元的に展開していく権利の保障として、「就労者イニシアチブによるキャリア転換の安全化(mobilité volontaire sécurisée)」制度が、雇用の安定化に関する2013年6月14日の法律で導入された。従業員300人以上の企業で、勤続2年以上の労働者は、転職・研修・各種活動を目的とした、労働契約の一時中断、終了後に企業に復帰するか、あるいは最終的に退社するかを決める権利を認められる。復帰の場合は、労働契約中断前と同じまたは同等の地位・報酬を保障される。雇用主が就労者の求めを2回拒否した場合は、就労者は職業訓練個人休暇(CIF:Congé Individuel de Formation)を利用できる。
副業・マルチプルジョブへの対応と「個人事業主」制度
フランスでは個人の多重労働契約は合法であり、自由である。2000年代以降は「個人が複数の雇用者の下で就労する」ための法的整備が進められた。資格を持つ個人とその能力を必要とする企業の間のマッチングを組織化したもの、また、企業側が個別に労働契約を結ばなくてすむための仕組みとして、2005年に「シェアタイム就労管理企業(※)」という専門企業の概念を導入した。また、専門能力を持つ個人によるフリーランスの契約を肩代わりし、個人に給与所得者としての地位を保障する「ポルタージュ・サラリアル」の利用も増加し、2008年に明確な法的規定が導入された。
「労働生活の質と職業上の平等の向上」へ向けた労使間合意
「労働生活の質(以下QWL:Quality of Working Life)と職業上の平等の向上」に関する業界間全国労使合意が2013年に調印された。3年間の試験的合意であったが、業界や企業単位での労使間交渉を通じて具体的措置の導入を目指す足がかりとなった。「一人の人間としての労働者に対して真に配慮する」「(企業内の)建設的な関係」が明記され、WLBや男女平等の重要性にも明確に言及し、現代的視点からのQWL向上を打ち出している。すでにラ・ポスト(郵便)、アレバ(原子力)、タレス(防衛)などの大企業がQWL合意を締結しているが、「仕事の環境、組織、作業場所の整備といったQWLの一環をなす側面について、従業員に真の意見表明の場が与えられたことに大きな意義が認められる」(タレスの労働組合CFDT代表)という。具体的には、従業員の意見を活かす形で、オープンスペース内の就労人数の制限、テレワークをしている従業員に対するインターネット接続を切る権利の保障、ストレスを検知するための観測システムの設置といった措置が導入された。しかし、同合意は、精神的・社会的なリスクの予防や、託児所、スポーツスペースの設置といった措置を盛り込むだけに終わり、雇用の質や仕事における充足感にまではまだ踏み込めていない場合が多いとう声もある。しかし、近年は国を挙げてテレワーク導入を促進するなど、徐々に改善は進んでいるといえる。
(※)シェアタイム就労管理企業(ETTP : Entreprise de Travail à Temps Partagé)
中小企業のための2005年8月2日の法律により導入。高資格の就労者を、こうした就労者を常時雇用する体力のない企業向けに出向させる(フルタイムまたはパートタイム)。就労者はETTPとの間で正規労働契約を結び、出向先企業内で社員と同等の給与や便宜を保障される。
グローバルセンター
村田弘美(センター長)
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