英国の「フレキシブル・ワーク」

2017年08月21日

WLBキャンペーンの実施

1998年、EU労働時間指令(EU Working Time Directive)を受け、英国で労働時間規則(Working Time Regulations)が導入された。労働時間を週48時間に制限し、全般的に職場の労働時間を短縮することを奨励している。

英国政府は "就労者の仕事と生活の調和をはかる"ことを目的として、2000年にワーク・ライフ・バランス(WLB)キャンペーンを実施した。WLBの推進に取り組む大手企業22社と独立団体Employers for Work-Life Balanceを設立。望ましい雇用主像の設定や、150万ポンドを投じたチャレンジ基金の設立や、専門サイトの立ち上げ、WLB調査を計4回(2000年、2003年、2007年、2013年)実施するなど(下記参照)、「フレキシブル・ワーク」を国全体に浸透させるための取組みを行った。

フレキシブル・ワークを奨励する政府政策

「2002年雇用法 (※1)」を機に、英国ではWLB関連の法制度は急速に整備が進んだ。「2006 年就業家族法(※2) 」「2010年フレキシブル・ワーキング規制(※3) 」「2013年育児休暇規制 (※4)」などを次々に施行。女性の出産休暇、父親休暇の拡充、出産給付の導入、フレキシブル・ワーク制度利用権の対象範囲は介護者にも拡大された。以降も2014年の「子ども家族法案(※5) 」では、従業員に理由を問わず「フレキシブル・ワーク」への変更ができる権利の拡充、2015年には養子縁組み休暇、出産前立ち合い診断のための休暇など、次々に新しい制度を導入している。さらに、2017年に発効が見込まれている保育法案(Childcare Bill)では、低所得世帯向けではあるが、女性が職場復帰する際、無料保育時間を週30時間に延長するという。
また、2009 年4月には、法定年次有給休暇日数もそれまでの20日から28日へと増加している。

図表1 柔軟な働き方の種類
出典 英国の労働政策と人材ビジネス2014 (リクルートワークス研究所)

97%の職場でフレキシブル・ワークを実施(WLB調査)

英国政府は、過去4回、雇用主を対象としたWLB調査(※6) を実施している。調査によると、フレキシブル・ワーク制度の「提供率」および「利用率」は2007年まで増加傾向にあったが、それ以降は「利用率」、「提供率」ともそれほど増加していない。その一因は、現在ではフレキシブル・ワーク制度が確立されており、既にほぼすべて(97%)の職場で1形態以上のフレキシブル・ワーク制度を実施しているからだという。

2013年の調査(※7) では、最も普及しているフレキシブル・ワーク制度の形態は「一定期間の労働時間短縮」で、74%の職場で「利用できる」という。次いで「ジョブシェアリング(54%)」「フレックスタイム制(54%)」、「圧縮労働時間制(41%)」「学期間労働時間制(38%)」という結果であった。ジョブシェアリングを導入している職場は減少したものの、学期間労働時間制は増加するなど、全体的に10年前に比べてフレキシブル・ワーク制度を導入している職場は増えている。特に、公的部門ではフレックスタイム制の導入が増加している。

2013年の調査では、WLBや「フレキシブル・ワーク」に対する雇用主の姿勢は依然として前向きであることを示していた。56%の雇用主が、「フレキシブル・ワーク」は「非常に好ましい」、または「好ましい影響をもたらしている」と回答したのに対して、「悪影響を及ぼしている」という回答はわずか9%であった。

図表2 職場のフレキシブル・ワーク制度導入率(2003年、2007年、2013年)
出典 The Fourth Work-Life Balance Employer Survey (2013),BIS

フレキシブル・ワークを牽引するBT社の取り組み

英国では2000年以降、多くの企業が率先して新しいフレキシブル・ワーク制度を導入している。例えば、BT社では、テクノロジーを駆使して従業員が自由な場所で働ける「アジャイル・ワーキング」の活用や、ポータルサイト「Family and You」を開発、女性従業員の出産後の職場復帰率は97%超という。
また、2011年10月以降、英国では従業員が65歳に達した時点で雇用主が従業員に退職を強いることは、認められていない。2013年時点で、「60歳以上の従業員の割合が増えた」と回答した雇用主は、約17%と高齢の従業員への対応も必要に迫られているが、BT社では、さらに高齢の従業員がスムーズに退職できるよう5つの制度を提供している。「ウィンド・ダウン(パートタイム・ジョブシェアリング)」「ステップ・ダウン(職階の引き下げ)」「タイム・アウト(段階的サバティカル休暇)」「ヘルピング・ハンズ(フルタイム・パートタイムへの移行)」「イース・ダウン(就労時間、担当業務の段階的縮小)」などで、同社は高齢化社会における企業の在り方や、多様な社員が共存する制度を示している。

他にも働く時間、場所、休暇制度の自由度を高める取り組みは多い。EY社では、25種類のロールモデルを設定し、「フレキシブル・ワーク」専用の社内ポータルサイトで紹介している。労働時間では、Agent Marketing社では、欧州の大手企業でも増えつつある「1日6時間勤務制」を導入。働く場所では、American Express社が、場所を問わすに自由に働ける「BlueWork」を導入。同社はサバティカル制度やサマータイムの延長も可能とした。休暇制度では、Deloitte社が、勤務年数1年超の従業員に4週間の休暇の付与と手当を支給する「Time Out制度」を導入。iCrossing UK社でも、年次有給休暇とは別に、介護・育児のために1日2時間仕事を離れることを認め、職場復帰の際に相談相手となる「iFamily」制度も提供、管理職は「フレキシブル・ワーク」を職場で実践するための研修も受講をする。London Scool of Economicsでは、休職後の段階的な復帰を支援し、教鞭や事務管理を免除する。外務省では、パートナー転勤への同行や通学のために5年間の休職を認めている。
当初は、育児・介護のための休暇や復職のサポートなどが多かったものの、先進企業は、すべての従業員を対象とした「フレキシブル・ワーク」へとさらにステップを上げているようである。

従業員サイドから見た「フレキシブル・ワーク」はまだ不十分

一方、従業員によるフレキシブル・ワーク制度の利用率は、パートタイム勤務を除くと、各制度とも利用率は30%に満たない。「一定期間の労働時間短縮(29%)」や「フレックスタイム制(29%)」など、個人が自分で調整できる範囲にとどまる最も一般的なフレキシブル・ワーク制度の導入となっている。2007年から2013年までの期間において、「圧縮労働時間制」の利用率も増加している反面、「ジョブシェアリング」を含む他の種類のフレキシブル・ワーク制度の利用率は低下している。雇用主側が制度をつくってはいるが、実際にはあまり利用されていない。対象者が未だに限定的であること、代替者の確保、対象者全員が一度に休暇をとれる体制になっていないなど、残された課題は多いようだ。

図表3 フレキシブル・ワーク制度利用率(2000年、2003年、2007年、2013年)
出典 The Fourth Work-Life Balance Employer Survey (2013),BIS

モバイル・ワークの実施は3分の1、今後も増加する見込み

英国労働組合会議(TUC)によれば、恒常的な在宅勤務者は400万人を超えており、時々在宅勤務をする者も多数存在する。
英国のNPOであるWork Foundationが実施した調査によると、2014年の回答者の3分の1以上の従業員・職場でモバイル・ワーク(従業員が労働時間全般はまたは一部を社外で勤務する形態)を実施していた。さらに、半数以上の管理職または組織が「2017年までにモバイル・ワークを採用する予定」と回答しており、管理職と組織双方によるモバイル・ワーク採用率の累計は「2020年までに70%を超える見込み」であることも示した。

フレキシブル・ワークを推進する活動

英国では、WLBへの施策や制度化が進んではいるが、従業員の意識はまだ高いとはいえないため、多くの組織による啓蒙活動が積極的に行われている。最も重視されているのは、母親支援策だけを強調するのではなく、家族を重視した方針への進化である。これらには、高齢者を介護する従業員が抱える問題、休暇明けの母親や男性従業員向けの職場復帰の奨励、緊急休暇の必要性、予定外の家族の健康状態への支援を認識した方針が含まれる。さらに、組織が「フレキシブル・ワーク」を試み、そのメリットを数値化(病欠日数の減少、生産性の向上、在職率の上昇など)しようという動きも高まっている。

また、英国では孫の育児のために勤務時間を短縮するか、有給休暇を取得するという労働者が推定190万人にのぼることがグランドペアレンツ・プラスやセーブ・ザ・チルドレン等の共同調査で明らかとなっている。日本でも同様であるが、英国でも育児サポートを祖父母に依頼する親が増えているという。定年制がなく三世代が共存する職場では、孫のために休暇をとって育児に参加するのは当たり前ことで、段階的、自発的な定年制とともに、「フレキシブル・ワーク」の1つとして拡大していくだろう。

(※1)Employment Act 2002
(※2)Work and Families Act
(※3)The Flexible Working (Eligibility, Complaints and Remedies) (Amendment) Regulations 2010
(※4)The Parental Leave (EU Directive) Regulations 201
(※5)Children and Families Act
(※6)The Fourth Work-Life Balance Employer Survey(2013)
(※7)パートタイム勤務を含まない

グローバルセンター
村田弘美(センター長)

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