ベルギーの「フレキシブル・ワーク」

2017年09月19日

WLB指標5位のベルギー、課題は通勤時間の短縮化

経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、ベルギーはワーク・ライフ・バランス(以下WLB)の評価が高い上位5カ国の1つ。38カ国を対象とした2016年の「より良い暮らし指標(Better Life Index;BLI)」調査では、OECDが不可欠と見なす11分野(住居、所得、雇用、コミュニティ、教育、環境、市民参加、健康、生活満足度、安全性、WLB)について測定している。ベルギーはオランダ(9.4)、デンマーク(9.1)、フランス(9.0)、スペイン(8.8)に次いで8.7と高いスコアを出している(1)。

 

図表 OECD より良い暮らし指標(BLI)WLB
出典:OECD Better Life Index 2016

ベルギーでは労働者の5%が超長時間勤務で、この比率はOECDの平均13%を大幅に下回る。超長時間労働の男性は7%で、女性の2%と比べると高い。また、ベルギーはEU加盟国で唯一、週間労働時間の上限を38時間に定めている(週40時間が最も一般的である)。フルタイム雇用の男性と女性はいずれも1日の65%、つまり15.7時間を私生活に費やしており、OECDの平均15時間をやや上回る。
とはいえ、全く問題がないわけではなく、ベルギーではWLBの分野で2つの問題が主に議論されている。1つは欧州で最も長いといわれる通勤時間、2つ目は職場における男女の不平等で、前者はテレワークなど、後者は職場と家庭とのバランスの改善を通じてどのように改善するかがテーマである。
ここでは、この2つの問題に対処する政府の政策と業界の傾向について概説する。

フレキシブル・ワークを奨励する政策・制度

EUは、労働時間指令(2003/88/EC)により労働時間に関する基本的な法的枠組みを提示しており、ベルギーの政策や制度もこれに準ずる。前述のとおり労働時間は週38時間。休日休暇は、計10日の祝日とこれに祝日に準じた休日、地域の休日が加わる。また、大半のフルタイム労働者は年20日の有給休暇を取得できる。ベルギーの有給休暇制度は11の形式からなる複雑な制度で、これには育児休暇(詳細は後述)と介護休暇、「タイムクレジット制度」などが含まれる。
「タイムクレジット制度」(労働協約第77Bis 2001年、労働協約第103 2014年)は、キャリア中断制度ともいわれるが、基本的に勤続2年以上の労働者は、取得理由を問われずに労働時間を短縮することができる。期間は1年から最長5年までだが、労働者が利用しやすい制度である。また、既存の雇用契約を保持したまま取得できるので、労働者は職を失うといったリスクを負わずにすむ(2)。

テレワークへの取り組み

ベルギーでは、交通渋滞による長時間通勤が深刻な問題となっている。労働者の通勤時間は平均53.2分で、長時間の渋滞は労働者のストレスを高め、余暇に悪影響を及ぼすという。通勤時間に関しては、日本の平均1時間19分(NHK放送文化研究所「2015年国民生活時間調査」)と比較すると短いものの、長時間通勤の生活への影響はどの国も同じであり、テレワークの導入は1つの解決策となっている。

2005年11月9日、全国雇用審議会(Nationale Arbeidsraad:NAR)はテレワークに関する労働協約を締結した。これがベルギーのテレワークの法的根拠となっている。この協約はテレワークを、「企業支給のIT設備を利用して、勤務地以外(たとえば、労働者の自宅)で定常的に職務を計画および(または)実行する方法」と定義している。
テレワークの具体例は、各労働者の雇用契約に組み込まれていなければならない。労働者の給与、成果および衛生に関しては、在宅勤務者が企業設備内で働く場合と同様の規則が適用される。しかし、協約には労働時間に関する規定が盛り込まれていないため、テレワーク労働者は時間外労働の報酬を請求することができない。

男女平等とWLB

ベルギーにおけるWLB分野の政策目標は、女性の労働参加率を高めることである。近年では、仕事と家庭生活の「組み合わせ」に注目が集まっている。家庭のニーズに合わせて「労働時間の柔軟性」を高めることと、女性と男性の産休および育児休暇を中心に「有給休暇制度を強化」することの2つの方向から政策が実行されている。

  • 「労働時間の柔軟性」をさらに向上させる
    労働時間の柔軟性の向上は、パートタイム契約の増加により、ある程度は達成されている。2013年時点のパートタイム労働者の比率は女性(42.5%)の方が男性(8.7%)よりも格段に高く、労働時間の柔軟性というよりも、労働時間の短縮そのものが、仕事と家庭を両立する唯一の方法であることを示しているという見方もある。労働時間の柔軟性を推し進めるテレワークやタイムクレジットの導入は進んでいるが、ベルギーには、フレキシブルな労働時間の法的根拠がまだ存在していない。労働時間の柔軟性の法的根拠となる労働協約などを策定しているところである。
  • 有給休暇制度の強化
    子供を持つ労働者が利用可能な有給休暇制度は、母親休暇、父親休暇以外にも、タイムクレジット・育児休暇がある。タイムクレジットは一般休暇以外に育児休暇があり、子供が12歳になるまで取得でき、手当もあるため人気が高い。また、養父母や授乳期の母親を対象とした特定の支給などもある。
  • サービスバウチャー
    ベルギー政府は、2004年に「サービスバウチャー」制度を導入した。これは企業または個人のいずれも購入可能で、政府の補助対象であり、掃除やガーデニングなど家庭内のサービスの支払いに利用できる。
    これらは、サービス業における失業とブラックな市場慣行の両方に対処するために導入されたが、効果は広範にわたり、労働者はより多くの時間を、家事よりも余暇に費やせるようになった。
  • 週4日勤務(週休3日)の導入
    経済省はブリュッセルの公共部門で、労働者に所得を減らすことなく伝統的な週5日勤務から週4日勤務に切り替える権利を与える「週4日勤務」を実験的に導入している。この措置は、高い技術を必要としない職業セクターの失業率の引き下げを目的とするものだが、WLBの改善という好ましい副作用を持つ。実験の結果はまだ公表されていない。

フレキシブル・ワーク導入による意識の変化と企業の取り組み

ベルギーでは、もともと労働時間に対しては総じて保守的であるといわれるが、フレキシブル・ワークの導入で最も変化がみられたのは、テレワークである。テレワークへの意識や行動、慣行が変化しつつある兆候がみられるという。2015年の調査では、ベルギーの管理職の10人に4人が週間労働時間の半分以上を勤務地以外で労働(テレワーク)していることが明らかになった。

このような流れを受けて、各企業もフレキシブル・ワークを取り入れている。
Randstad AwardおよびGreat Place to Work Awardなどをみると、優秀な取り組みをしている企業も多い。
たとえば、受賞企業の1つであるAccent Jobs社では、主に働く母親を対象に5つの支援制度を提供している。自宅に近いワークスペースの提供、家事サポートスタッフの派遣、月2回の半休取得、9月1日(学校の新学期開始日)のフレキシブル・アワー、ライフスタイルのコーチングなど、他にもさまざまな制度を取り入れ、情報共有の仕組みづくりをするなど包括的に支援している。またProximus社では、フレキシブル・ワークを推進する「Smart Working」制度を導入し、フレックス・デスク(デスクシェアリング、ホット・デスキング、遠隔地勤務)、フレキシブル・リワード(賞与、給与体系、休日の柔軟的アプローチ)、デジタルワーク・プレイス(テクノロジーを駆使した仮想の勤務環境を整える)など、通信会社としてのITソリューションを最大限に活かすことで従業員の99%が満足しているという。

また、ブリュッセルに本部を置く欧州委員会(EC)でも職員にさまざまな支援策を提供している。
WLBに関する制度では、転勤手当、育児手当、通勤手当など個人の状況に合わせた手当の支給や外国語などの研修の他に、1962年1月の欧州連合職員規則第31、2013年10月の規則723/2004でほぼ全員にフレキシブルな勤務形態を定め、2007年にはさらに遠隔地勤務、フレックスタイムを導入、ITを活用することで、職員は必ずしもオフィスにいる必要のない環境を整えている(一部の職種を除く)。また、2004年4月の規則723/2004では、職員が短時間勤務に転換する際の要件を定め、勤務時間が通常の50%を下回らないことを条件に1カ月から3年の短時間勤務を認めている。職員は短時間勤務の割合に見合った報酬を受け取ることができ、各種手当は適用されないものもある。

制度導入の効用は、WLBの向上、通勤費と通勤時間の削減、集中力と生産性の向上、ストレスの軽減、障害や健康上の問題の軽減、フルタイム勤務の継続、仕事環境の改善、服装の負担軽減、遠隔地勤務者の生活の充実につながるという。
タイムクレジットなど、誰もが容易にフレキシブル・ワークを取り入れられる制度の浸透は、ベルギー全体の働くことによる満足度を高めているようだ。

グローバルセンター
村田弘美(センター長)

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