オランダの「フレキシブル・ワーク」
「オランダに学べ」といわれたポルダーモデルの成功
オランダでは、「オランダの奇跡」といわれたポルダーモデル(オランダモデル)の成功が広く知られている。オランダの経済は80年代前半まで長い低迷期にあったが、1982年のワッセナー合意以降、10数年かけて、経済の活性化や失業率の改善などに成功した。日本でも「オランダに学べ」という社会現象につながり、男性・女性の働き方の見直しや、ワークシェアリングの導入を検討する企業も多くみられた。オランダの政策アプローチには、労働時間調整に関する権利、パートタイム労働者の差別的取り扱いの解消、家族の育児・介護のための休暇、そして仕事と介護の両立を支援し、高齢労働者が可能な限り仕事を続けられる環境を整える政策イニシアチブが含まれており、さまざまな施策がとられている。
フレキシブル・ワークを奨励する政府政策
オランダの制度の重要な要素は「フレキシキュリティ」という概念で、これは柔軟性が高い労働力に対する雇用主側のニーズ(従業員数の変更など)と、安定した収入、社会保障、就労継続に対する労働者側のニーズのバランスをとることを目指している。
労働時間調整法とフレキシブル・ワーク法
1999年に、柔軟性と保障法(Wet Flexibiliteit en Zekerheid)が議会を通過した。その後整備された法規も、同法と同じく労働の柔軟性と保障という基本原則に準拠している。
2000年の労働時間調整法(Wet Aanpassing Arbeidsduur)では、勤続年数が1年以上の従業員は、労働時間の延長や短縮を申請することが可能とした。勤務先に提出する申請書には変更の開始日、時間の配分、合計の労働時間を記載する。たとえば、週休3日制に変更したい場合には、勤務する曜日を記載し承認を得る仕組みである。数年間、短時間勤務をして、その後フルタイム勤務に戻ることも可能である。
雇用主側は、中期的に労働投入の調整ができない、また、労働時間を削減することで業務の安全性が損なわれる場合、また、代替要員の確保が非常に困難な場合などは、申請を拒否できる。
2016年1月に発効したフレキシブル・ワーク法(Wet Flexibel Werken)では、労働時間数の変更に加えて、勤務時間帯と勤務場所の変更についても従業員から申請できるようになった。これにより労働時間数と、在宅勤務をする従業員の柔軟性がさらに高まったという。
フレキシブル・ワーク法の成立以降、多くの労使間の団体労働協約(CAO)において、フレキシブル・ワーク規定が盛り込まれるようになった。フレキシブル・ワーク法案が提起された当初は、フレキシブル・ワーク規定が盛り込まれたCAOは16%、勤務スケジュールを組む際に育児・介護義務など従業員の個人的環境が考慮されることを保障する規定を盛り込んだCAOは4%にすぎなかったが、法律を制定した影響は非常に大きい。
フレキシブル・ワークを促進させた法制度、休暇制度
2000年の労働時間調整法以降の主な法制度には、下記のものがある。
- 2001年「就労および育児・介護法」(Wet Arbeid en Zorg)では、有給の勤務と育児・介護の両立をする従業員への支援として、多種多様な休暇制度が導入された。それ以降、同法の規定範囲も拡大し、現在、出産休暇、父親休暇、育児休暇、養子縁組休暇、里子休暇、短期介護休暇、長期介護休暇、特別休暇、緊急休暇まで広がっている。さらにこの法令では、給与総額の一部を非課税で貯蓄するライフコース貯蓄制度(levensloopregeling)も規定している。
- 2005年「長期介護休暇をとる法的権利」が盛り込まれ、さらに育児休暇に関する税額控除も認められた。
- 2009年「育児休暇期間」が13週から26週に倍増された。
労働時間調整法の有効性について、2008年に社会保障・雇用省は、雇用主502社を対象にした調査レポート「EFFECTIVITEIT VAN DE WET AANPASSING ARBEIDSDUUR(労働時間調整法の有効性)」を発表した(※)。レポートでは、過去2年間に従業員からの労働時間調整申請に対処した雇用主は9割、そのうち、却下した申請は4分の1であった。申請が却下されても提訴した例はほとんどなく、雇用主、従業員とも、労働時間数については交渉の余地があると考えている。
2011年のOECD(経済協力開発機構)レポートでも、バランスがとれている国として世界第3位にランクされている。広範囲にわたって法規が整備され、多くの場合、それらよりも労働者にとって有利な条件が盛り込まれている。労使間の団体労働協約(CAO)がこれを補完していることから、労働条件が向上しており、国全体での取り組みは浸透しているようだ。
ING、Philipsなど企業におけるフレキシブル・ワーク
国が定めるフレキシブル・ワークの法制度を受けて、企業側も高次な取り組みを行っている。
多国籍銀行のINGでは、勤務時間や場所を従業員が自ら決定できる制度として、「New Approach to Working」プログラムを取り入れている。2012年にスタートした制度だが、現在では5,000人超の従業員がリモートワークを利用できるようになった。従業員は取り組みたい仕事を選び、自宅でも、オフィスでも、それ以外のどこでもINGのネットワークに接続し、働く時間や場所を自由に選ぶことができる。また、短時間勤務、サバティカル、健康をサポートする「Energy@ING」プログラムなど、さまざまな施策によって、働き続けることができる。「New Approach to Working」の導入により、営業費も削減された。
Philipsは、世界で10万人超の従業員を抱える電子機器会社。2005年から、リモートワークなどフレキシブル・ワークに積極的に取り組んでいる。同社は「Connect Suite」というSaaS(サービス型ソフトウエア)、PaaS(サービス型プラットフォーム)、IaaS(サービス型インフラ)など、さまざまなクラウド・サービスを導入している。
代表的な「Philips à la Carte」制度では、報酬や制度を選択できる。たとえば、給与月額の25%を上限に、休暇の購入、積立(後日使用可能)、株式、ライフコース貯蓄、自転車通勤補助制度、自転車付属品、在宅勤務、労働組合費、通勤費などに姿を変えて受け取ることができる。時間を換金することも可能である。未消化の休暇・残業に対する休業時間の付与、未取得蓄積休暇や休日の代休を換金することもできる。
勤務時間や休暇などを自由に選べる、「換金」も可能
他にも先進的な取り組みをする企業は多い。たとえば空港会社のSchiphol Groupの「New Approach to Working」では、従業員はフルタイム勤務の週労働時間を、36時間、38時間、40時間から選べ、さらに在宅勤務と自由に組み合わせることもできる。休暇制度においても、毎年、所定外の休暇時間を104時間まで購入でき、4年に1回使用できる最長4カ月のサバティカル休暇のために貯蓄するという選択肢もある。同社の自由な働き方を支えているのは、徹底したICTサービスである。VDI(仮想デスクトップ・インフラ)やSBC(サーバー・ベース・コンピューティング)などのテクノロジーを用いた新たなハイブリッド・ポータルを導入し、それらの構築を行ったICTサービス・プロバイダーが、24時間体制でバックオフィスおよびフロントデスクの管理やサービス・デスクのサポートを行っている。
オランダでは国を挙げてフレキシブル・ワークを推進しており、それに積極的に取り組む企業は、"理想的な雇用主"や"魅力的な雇用主"や"高学歴の専門家を対象とした好きな雇用主"などのアワードで上位にランキングしているなど、雇用ブランディングにも成功している。また、特徴として、未消化の休暇を「売買」できる制度が散見される。他にも、労働時間を個人の状況に合わせて1年単位で設定できるなど、個別契約化が進んでいる。
グローバルセンター
村田弘美(センター長)
[関連するコンテンツ]