日本アイ・ビー・エム株式会社 人事 福利厚生 課長 作田 航氏
ダイバーシティー先進企業が先駆ける、週休3日・4日の働き方
グローバルカンパニーの一員としてダイバーシティーを推進する日本IBMは、働き方改革が叫ばれるかなり前から、社員の多様なワークスタイルの実現に取り組んでいる。最新の短時間勤務制度では、誰もが週休3日どころか週休4日で働くことが可能になった。制度の概要や導入の背景、運用の実際などについて人事 福利厚生 課長の作田航氏に聞いた。
6割・8割勤務の枠組みで働き方を柔軟に選択
日本企業が週休2日制を導入しはじめたのは1980年代、本格的に普及したのは官公庁が完全週休2日制に切り替えた1992年前後とされるが、日本IBMは1972年から実施。以降、フレックスタイム制の導入(1989年)やモバイルワークの整備(1997年)など、時間や場所を固定せず柔軟に働ける数々の人事施策を他社に先駆けて展開してきた。2004年には「短時間勤務制度」を導入。昨年まで適用対象事由は基本的に「介護・育児・障がいへの対応」に限られていたが、2022年1月から対象事由を撤廃し、上記以外の事由でも利用できるようになった。新しい人事施策「New Way of Hybrid & Personalized Working(ハイブリッド&パーソナライズされた新しい働き方)」の一環で、「すべての社員が個々人の能力を存分に活かしながら働ける職場環境をつくるのが究極の目標です」と作田氏は語る。
短時間勤務制度の大枠は、1週間に働く時間をフルタイムの6割または8割に留めるもの。同社の1日の所定労働時間は7時間36分なので、フルタイムだと週5日で38時間になるところ、6割勤務を選んだ場合は週に22時間48分、8割なら30時間24分を確保すればいい。この範囲で勤務日数を減らすか、1日当たりの労働時間を短縮するかは自由に選べる。6割勤務の1日フルタイムだと3日間勤務、8割だと4日間勤務になり、週休4日・3日が実現する。土日および祝日の休みは固定だが、ほかの2日または1日の休みをどの曜日にするかも自由である。
週5日勤務を選んだ場合は、フルタイムと比べて6割・8割の時短勤務となる。制度の趣旨から時間外勤務は基本的に禁止で、管理の面から労働時間はある程度固定しているが、始業時刻と終業時刻は、たとえば週5日8割勤務の場合、「9時から16時」「10時から17時」といった複数の選択肢を示しており、社員それぞれが自らに合った形を選ぶ。週休3・4日も含め、きわめて柔軟に勤務パターンを選択することができる。
制度の利用開始にあたっては給与計算の関係もあって一定の申請期限があるが、最大利用期間は原則設けておらず、年に一度、再申請する形で更新し続けられる。なお、育児が理由の場合は、子どもが中学に入学するまで利用可能である。
給与も勤務時間に応じて減り、6割勤務(週3日または5日時短)を選んだ社員はフルタイム社員の60%、8割勤務(週4日または5日時短)なら80%の水準となるが、社会保険や福利厚生は制度を利用しなかった場合と同様に適用される。パフォーマンス評価の基準についても短時間勤務制度の利用有無にかかわらず同等の扱いとしている。「勤務時間が減ったからといって必ずしもパフォーマンスが下がるわけではありません。当社の評価制度はパフォーマンス重視ですので、制度の運用にあたってはさまざまな側面で成果を測りつつ、短時間勤務制度の利用が決して不利益にはならないということを社員に周知するよう意識しています」と作田氏は語る。
制度の概要
- 1週間の所定労働時間(38時間)の6割または8割で勤務可能。「週3日(6割)」「週4日(8割)」「週5日・労働時間フルタイムの6割」「週5日・労働時間フルタイムの8割」から選べる
- 2022年1月から申請理由は原則不問
- 給与は6割勤務者がフルタイム社員の60%、8割勤務者が80%
- 社会保険、福利厚生は制度を利用しなかった場合と同様に適用
- 時間外労働は原則禁止
育児利用が中心だが、仕事面でのさらなる価値提供を意識して学ぶ社員も
短時間勤務制度が生まれたのは、女性社員の活躍推進に資する施策の提言を目的に、1998年に女性社員による諮問委員会「Japan Women’s Council」が発足したのがきっかけである。女性幹部の育成や、仕事と育児の両立策など、さまざまな取り組み目標を掲げて検討した成果の1つとして2004年に制度化された。2019年からは男性社員もメンバーに加わり、ダイバーシティー推進の観点から適応対象事由を撤廃した。
ただし現在は新制度になって間もないこともあり、「今のところ利用者は、従前と同じく育児目的の女性社員が中心です。社員間にまだ周知が行き届いていないこと、また制度を認知していても利用しやすい環境かどうかという点が若干のハードルになっているかと思います」と作田氏。今後、こうした点の改善を図ることを念頭に、現在の利用者にヒアリングを行っている。「利用者から届いた声では、『仕事を辞めざるを得ないと思っていたが、制度を知って留まることができた』『柔軟な働き方が可能になったことで、自己啓発に時間を充てられるようになった』といった内容が多いようです」(作田氏)
なかでも同社が好事例として紹介するのが、博士号を取得したデータサイエンティスト。現在はフルタイム勤務に復帰しているが、当時は週休3日を選択し、休みのうち1日は大学院に通った。改定前のことで、3人目の子どもの誕生と重なり育児を取得事由としたが、業務の質向上に直結することから上司も後押しした。「IT業界はテクノロジーの進化がすさまじく、特にAIによりビッグデータを効果的に分析するデータサイエンティストに求められる専門性は急速に高まっています。そして大学院は最新の技術を研究する場です。高い技術力を磨き、顧客企業に期待を超える価値を提供することにつながる選択として歓迎しました」(作田氏)。もちろん育児にもしっかりと向き合ったことから、仕事・家庭・学びのすべてを充実させた理想例として社外にも広く発信している。
短時間勤務を始める社員をきっかけに、業務の見直しが進む
もう一例は、コンサルタントとして活躍する女性社員。6割勤務を選択して週休4日で働いている。休みのうち土曜・日曜の2日間はかねてより興味のあった薬膳を学ぶため専門学校に通い、月曜・火曜は農作業をしたり茶道を嗜んだりと趣味を満喫している。パートナー企業やチームとの協働が欠かせないコンサルタントが4日連続して休むのは影響が大きいように思えるが、「今までのやり方では業務が回らないことはチームメンバーも織り込み済み。取得にあたりどのような工夫ができるか、チーム内で話し合う良い機会になったと聞いています」と作田氏。「制度の利用をきっかけに、部署やチーム全体が改めて業務を見直し、より効率的なやり方を見つけようと意識が変わるのも制度の効果だと感じています」(作田氏)
さらにこの社員の場合、協働するメンバーが海外の現地社員であることも理解が得られやすい要因だった。「もともとほかのメンバーが自分とは違うスケジュールで動いているのは当然のうえ、海外の人間にとっては、週休3日・4日という働き方は、それほど抵抗なく受け入れられるようです。そこはグローバルカンパニーという点も有利かもしれません」(作田氏)。一方で、顧客企業の反応も好意的だった。「以前は当社の制度が先行しすぎていたせいか、正直に言ってご理解いただくことが難しかったのですが、コロナ禍によりお客様の環境も変化し、より多様な社員のニーズを踏まえたうえで人事制度を設計される企業が増えてきました。彼女の説明にも『面白いね』と二つ返事で承知してくださいました」と作田氏。日本IBMが先駆ける「先進的な働き方」が、他企業に普及する土壌も徐々に形成されつつある。
- 所定労働時間帯は9時から17時36分(1時間休憩)だが、フレックスタイム制や裁量勤務制で働く社員が多いため、勤務時間を柔軟に調整できる企業文化が根付いており、短時間勤務制度も浸透しやすかった。人事評価も基本的にパフォーマンス重視で、短時間勤務制度を利用する社員についても不公平にならない評価基準となっている。
- 制度発足の背景から現在も「育児・介護」による利用者が多いが、業務のスキルアップや自己啓発目的に利用する社員もいる。対象事由を撤廃した現在は、社内への周知徹底と取得しやすい環境づくりが課題。
- 制度を利用する社員をきっかけに、部署内・チーム内の業務のあり方を改革する機運が生まれた。コロナ禍により多くの企業で働き方が変わったことから、顧客の理解も得られやすくなった。
プロフィール
作田航氏
人事 福利厚生 課長
略歴
・2016年:日本アイ・ビー・エム株式会社に人事 新卒採用担当者として入社
・2019年:同 人事 福利厚生 担当者
・2021年:同 人事 福利厚生 課長